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50 兵長は熱戦し待機する、吸血との決着の朝を前に

 火を見る。熱く揺らめくものの、奥を。

 ワタシがいる。ワタシたちがいる。神も、そこにいる。



◆◆◆



 夜のしじまを破って、打ち鳴らされる鐘。燃え上がる幕舎。咆哮と絶叫。


 来るとわかっていて、なお激戦となる。これがヴァンパイアか。


「兵長! ザッカウ兵長! 西からまた新手が!」

「おう! そっちも油撒け! 篝火を蹴倒せ!」


 殺気と熱気とへ向けて怒号する。槍をつかんでいる。


「火は味方だ! 俺たちは炎だ! 各小隊、ぶちかましてやれ!」


 燃え盛る火炎の壁を踏み越えて、たたらを踏んでいる照らされヴァンパイアを、刺す。何突きも後に続く。身動きもとれまい。年若い小隊員が背後に駆け寄った。鉈で首を断った。


「やった! やりましたよザッカウさん!」

「よおし! 手柄だぞ! だが喜ぶのはまだ早い!」

「はい!」


 義勇兵上がりは咄嗟の呼び方が直らないな。だがどいつもこいつも勇敢だ。


 横合いから野獣の雄叫び。三十骨ほどがまとまって馳せ来る。動きから察するに雷使いか。いかん、魔法が来る。


「退避! 火の中へ!」


 手近なところで燃える幕舎の、その轟々と逆巻く炎へと身を投じる。目は閉じている。直後に何かが弾ける音。身を焼く火熱。耳を貫く雷音。胸を裂く悲鳴。


 何人やられた。誰がやられた。ああ、お前か……手柄を立てた直後に……まだ息のあるやつもいる。痺れる体で、それでも必死に槍を握るお前たちを、俺は絶対に見捨てない。やらせるものかよ。


 飛び出すや、視界の端に何かが閃いた。おお、お前たちは。


 ウサギだ。角刀を得物とする戦友たちが三十骨へと躍りかかった。足元を狙い、手の指を狙い、隙あらば首をも狙う猛攻だ。ヴァンパイアをも怯ませるほどの。


「今だ! 押し出せえ!」


 言って突撃する。ひりつく頬を夜気がひっかいていく。目の前の、戸惑いながらも一羽を殺ったヴァンパイアの顔面へ、貫きの一撃。すぐに引き抜いてもう一撃。股ぐらに深く入ってしまった。抜けない。


「うおおおおっ!」


 鉈を抜いて跳びかかる。もう一骨へ。誰かの槍を受け止めた腕を断った。もう片方の腕が伸びてきたが、兜に触れるなりビクリと跳ねた。つかまれやしない。


 ふん、熱いだろうが。さっき、火で炙っておいたからな。


「くたばれ!」


 喉へ鉈を叩きつける。黒ずんだ血が飛び散って、濃く臭った。いや、獣油もかぶったのか。誰かが油壺を投じたようだ。火がさらに勢いを増す。


「ぐおおおっ!!」


 吠える。ウサギの援護を受けて、槍の狭間で、ヴァンパイアを相手に格闘戦だ。火を浴びながらの肉弾戦だ。熱い。熱い。熱さがむしろ身体を動かす。無茶苦茶に鉈を振るう。


 馬鹿め。ヴァンパイアの馬鹿どもめ。


 跳んで火に入る吸血の獣、とは軍官もよく言ったものだ。


 ここはどこもかしこも燃えていて、夜も闇もない。水も風もなく、雷などあるはずもない。土とて火に覆われていて……つまりは火炎を呼吸する俺たちの戦場だ。


 思い知れ、ヴァンパイア。


 これが火魔法《耐火》の力だ。


 俺たちが『火防歩兵ひぶせほへい』として習得に専念した魔法だぞ。神の加護によってただでさえ火傷をしにくくなったところへ、この魔法だ。心荒ぶる爽快な火炎浴だ。俺たちは火事場でこそ戦える。


「突け! 打ちのめせ! ヴァンパイアどもを焼き殺せ!」


 最初の勢いさえしのいでしまえば、後はこちらの思うままだ。対陣から三昼夜もあったからには、陣内の火の仕掛けは万端整っている。


 火の向こう側から聞こえてくる、馬蹄の音。つくづくマリウスは差配が巧妙だ。ヴァンパイアの侵入をさえぎるのではなく、間断をつけさせるというのだからな。そして敵のまとまりを崩し、それでいて散らしきらないさじ加減……絶妙だ。


 おう、鐘の音が変わった。敵に後続なしか。


 軍官の読み通り、この夜襲は敵の一部の先走りということだな。


「よおし! お前ら! 油を断やすな! 火を絶やすなよ!」


 声を張り上げ、見つける端から敵を叩く。陣中くまなく油断なく。敵を殺し、仲間を殺されもして、戦い抜く。打たれても打たれても、槍を繰り突く。刺し貫く。明け方を待つまでもなく、戦闘の喧騒が静まっていく。火の勢いも鎮まっていく。


 新たな鐘の音……敵は退いたのか。俺たちが、今この瞬間は、勝ったのか。


「各小隊! 点呼しろ! 奇数小隊は周辺警戒だ! 偶数小隊は負傷者を集めて方陣を敷け! 火の準備も忘れるなよ!」


 俺の槍は、ダメか。柄が折れてしまった。代わりは、死んでしまったお前のものを貰うぞ。その闘志、忘れん。鉈ももう一本貰っておこう。お前の勇気も忘れん。


 神よ。人間の、戦の、火の神よ。


 勇者たちの魂にどうか安らぎを……デ、アレカシ。


「おお、兵長、いい具合に焦げてるな」


 軽口と共に軍官のお出ましか。内腿を怪我している割には軽快な足取りだ。やはりこいつは逃げる気がないだけだな。


「護衛が少ないぞ、軍官殿。せめて五十人は引き連れろ」

「危ない時には兵隊の中へ逃げ込むさ。それより、ウサギたちのことを教えてくれないか。どれくらい当てにできそう?」

「頼もしい戦力だ。押しとどめる力はないが、攪乱に長ける」

「なるほど。ヴァンパイア相手にそれなら、黒狼を任せられるかな」


 言われてみると、不思議だ。今の戦いでは黒狼を一匹も見かけなかった。いればもう少し苦戦しただろう。


「ざっと数えた感じ、今夜の奇襲は四百骨から五百骨といったところだった。それなりの数だけど、所詮は粗忽者の勝手働き。眷属獣を伴えるわけないのさ」


 足元に寄ってきた一羽を抱き上げて、軍官め、実に嬉しそうに背を撫でる。


「君たちは陪臣じゃないもんな。神に直接仕えているんだし、独自の祈りも捧げているし……君たちの流儀がある。戦いの作法ってやつが」

「……狼は群れを尊び、統率者に逆らわない」

「その通り。末っ子君のお陰で敵さんの狙いも何となく見えてきていたけど、これで確信できたよ」


 今夜に至るまでの、数度に渡るマリウスの牽制と挑発……馬の横腹を晒しての戦場巡回にもヴァンパイアは食いつかなかった。


「あっちの指揮官は使徒に準ずる何者かで、ここで長く戦いたがっている」

「自軍の性質をわかっていないようだがな。統率も甘い」

「神院や王城でよく見かけたよ。実績と立場が不釣合だと孤立する。実力と権限が不均衡だと混乱する。二つ合わせりゃ独善的な迷惑者の出来上がりだ。上手くいかない原因を外に求めて、始終イライラとしてさ」

「……放っておけば自ら崩れるか?」

「そうなれば楽なのだけど、魔神はそこまで甘くないみたいだ。なし崩しに決戦とならなかったのがその証左だろ。そんな神の権威をもってして、何者かは何事かを企んでいる……」


 ふん。軍官の細めた目は、敵陣を見ているようで見ていないな。何か遠くを……あるいは今でないいつかへと思考を飛ばしている。察することもできないが。


 この男が謀略屋だということは、わかった。戦争屋の中でも一等血生臭い類だ。


「『黄金』討死の因縁の地もすぐそばだっていうのに、ここ。『万鐘』を恐れるのならもっと離れた場所でいいのに、ここ。ここで長く戦いたい……何の意味が……己の野心なのか神の意志なのか」


 死なせられないな。練兵で鍛え上がる俺やマリウスとは違って、こういう男は替えが利かない。死にたがりの気があることも見逃せない。


「今からでも、民を開拓地へ退避させられないか?」


 その指揮を軍官が執ればいい。戦うだけならば……勝つことにこだわらないのならば、どうとでもなるものだ。


「いや、むしろ逆だな。明日にもこっちから仕掛けよう」


 何を言っている……いや、何が見えている。この男には。


「どうにも嫌な予感がするんだ。特大級にさ。敵の狙いを暴けない以上は、もうさっさと決着をつけないとまずい気がする……この戦いにこだわること自体が、罠のような気さえしてきたんだよ。私は」


 罠。繰り返しこの男が主張するそれは、杞憂ではないのだろう。そして、この男を不安がらせるほどのものといえば、俺には心当たりが二つしかない。


 クロイ様の身に関わること。人間の存亡に関わること。


 場合によっては、どちらにも危険が及ぶのかもしれない。


 答えを出せないままに損害の報告を聞く。


 今夜の戦死者は五十八名。街へ下げる必要のある負傷者は百四十名。合わせておよそ二百名。火計を仕込んで迎撃してもなお一割の犠牲者が出た。ウサギも何十羽とやられているだろう。ヴァンパイアと乱戦を繰り広げることの、これが現実だ。


「勝てるか?」


 聞いてしまった。益体もない問いだ。逃げ出せるわけもないというのに。


「勝てるとしたら明日の朝だけじゃないかなあ。奇襲失敗の動揺を広げる方向で、こう、グイグイと押し込むしかないと思う」

「ヴァンパイアへの力攻めか。剛毅な話だな」

「それができないじゃあ、結局、俺たちに未来はないんだよ。きっと」


 軍官め。肩をすくめる程度の所作で、酷薄なことを言う。ここぞというところで己の命の見切りが早いのが、この男の大きな短所だな。死にぞこないの危うさだ。


 やってやるさ。


 攻めに攻めて、マリウスだけでなく、この男も生き残らせてやる。これからの戦いに必要であろう男へ己の志を託せるのなら……戦争屋冥利に尽きる。


 武器の手入れと交代休息を指示し、朝焼けを待つ。


 死地を染める朱の色を、まんじりともしないで、待ち続ける。

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