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38 ドラデモ的ゲームの夢と悪夢のリアルと

 神よ。ワタシが全てを捧げ、ワタシに全てを与えた神よ。

 その心に安らぎを。激しさを今は静めて、どうかワタシと……。



◆◆◆



 ん……? 今、誰かに呼ばれたような……何だろ?


 随分と疲れている。身体が重くて、頭がぼうっとする。咳がないから大丈夫だとは思うけど……何が大丈夫なんだっけ? ま、インフルかノロじゃなきゃいいや。


 ゆっくりと目を開けると……随分とレトロな天井だ。照明もないとか。


 カーテンを揺らす風。遅い朝にして早い昼って感じかな?


 ベッドもまた質素というか何というか。硬い。枕も何だかなあ。寝具と靴だけはしっかりとお金使わないとダメなのに……って、わわ、小っちゃい女の子がベッド脇からうつ伏せ寝している。何その、居たたまれない看病スタイル。


「ん……クロイ様」


 随分と綺麗な子だなあ。銀髪がサラッサラだよ。華奢な首に巻かれた包帯が痛々しい。ちゃんとした姿勢で寝なきゃダメじゃん。


「クロイ……様?」


 きょとんとしちゃって可愛いな。その剣、本当に大事にしてるんだね。少し歪んじゃったっぽいけど……なあに、撃破ボーナス割り振っておけば大丈夫さ。効果永続だしね。


「え、わ、お父さんの剣が……綺麗になった? それにあったかい……すごく」


 っていうか、妙に焦げ臭いな。外から漂ってくる。何だろう。火事とかじゃないといいんだけど……うわあ、もろに火事の後って感じじゃん。窓の外。


「クロイ様なのに……もしかして……」


 ひどいもんだなあ。


 あっちもこっちも建物が崩れていて、まだ煙の上がっているところも多い。あれは北門かな。えらいことになってますな。そっちの石の山は《石塔》やら《石盾》やらの跡か。片付け超大変そう。地盤沈下とかしないといいけども。


 丁寧なノックの音。どうぞ、と答えた声が妙な感じだ。喉に触れる。んん?


「やあやあ、お目覚めになられたようで何よりです。昨晩は勝ち鬨の最中に倒れられまして心配至極でしたよ。エルフの秘薬様様ですなあ。ヤシャンソンパイン君の時にも痛感しましたけども。さて、すぐにも何か温かい物を運ばせましょう。ちょうど僕も小腹が減ったところでして」


 ひと息でよくもしゃべるなあ。小腹っていうか下っ腹が出ている感じだけどな。


「そうそう、一晩の間にも色々と動きがありましたので、ご報告しますね。ああ、ご無理はなさらず楽な姿勢でどうぞ。訓練の方も今しばらくはご自重あれ」


 楽な姿勢か。確かに何とも身体がだるい。特に腕なんて……随分とまあスベスベだけども。何だコレ。超いい肌触りなんですけど。


「まずヴァンパイア軍ですが、完全に撤退した模様です。周囲の山林に潜む一骨とてなく、それどころか周辺地帯からも引き上げたようですね。エルフによりもたらされた情報ですから、ある程度は疑問符をつけておくべきですが……事実かと」


 うーむ。何だ、この手は。指が長く細く、たおやかで綺麗で、そのくせ手のひらには豆やら青あざやらが多い。爪も割とボロボロだ。


「そのエルフ軍ですが、なんと軍事同盟に関する打診が来ています。現場判断とはいえ竜帥の権限による提言ですからね。どういう経過をたどるにせよ、おおよそ想定の範囲内に収束していくものと思われます。暫定的には、駐屯継続ですね」


 どうも、身体のあちこちがこんな風だなあ。傷ついているっていうか、痛んでいる感じ。何でこんなことに……ああ、そうか、戦い続けているからか……。


「問題は、むしろ人間の側かもしれません」


 そうか……クロイちゃんなのか、この身体は。いつだかの夢を思い出すなあ。


「僕、ウィロウ卿、アンゼ殿とそれぞれに伝手を使って動いていますが……何しろ事が事ですからね。ほんの少し判断を誤るだけで、大変な混乱が生じることとなるでしょう。あるいは内戦という最悪の事態も起こりえます。慎重を期さねば……」


 じゃあ、この光景は、ドラデモの中の出来事なのかな?


 目の前でよくしゃべる小デブはあの腹黒神官で、剣を抱えた女の子は従僕のシラちゃん。うん、そんな感じだよな。


「おい! クロイの奴が目を覚ましたってうわ押すなひょわあああっ!?」


 今まさにダイナミック集団入室してきた面々は、先頭で転がったおっさんが魔術師で、押した若いの二人はイケメン騎士の有力部下かな? イケメン騎士は悠然としていていかにもイケメンですねわかります。でも何でミイラ男みたいなのをお姫さま抱っこしてんの? 美魔女っぽい人が呆れてるよ? 渋い軍人なんか渋面よ?


「何ですか、皆さんそろって。クロイ様はお疲れなのですから、騒々しいのはいただけませんねえ」

「あたしが汁麺をこさえていたら、我も我もってな勢いでねえ」

「おや、まだ昼餉までには時間がありますのに」


 お前が言うな的なことが口々に叫ばれた。あはは。そりゃそうだ。美魔女がお盆に乗せた碗は三つ。小さいのはシラちゃんで、中くらいのがクロイちゃんだろ? で、特大かつ聖印つきのは誰んだって話だよ。托鉢用だとしたら超強気な碗だよ。


「俺たちは別に食い気で集まったんじゃないぞ、まったく」

「それはどうだろうね。オリジス兄上はいつでも腹ペコだから」

「マ、リ、ウ、ス!」

「後にしろ二人とも。御僧、クロイ様に報告は」

「だいたいのところは申し上げたところですよ」

「もがもが」

「おや、我が朋友はついに口まで怪我をしたのですか?」

「……悪いが俺が巻いた。暇なのかピーチクパーチクうるさくてな」

「おお、ザッカウ殿の手技でしたか。正しい判断だと拙僧は支持しますよ」

「っつうか、おい、クロイは大丈夫なのかよ。昨日の今日だ……ぞ……」


 ああ、楽しいな。笑っても笑っても、どんどん笑いがこみ上げるよ。


 これが開拓地なんだ。開拓地の皆なんだ。このうどんも凄くおいしい。実は食べてみたかったんだよね。こんなにあったかい味だったんだなあ。


 夢、だな。


 うん。夢だ。これは素敵で楽しい、ゲーマーのための夢だ。


 現実の色々に疲れて、どうにもならない日々にうんざりして……流されるよりなくなっているくせに、それでも何かをやりたくてたまらないから、起動する。やり込む。目に見えて結果が出るから、のめり込む。充実する。


 ゲームなんかに本気になっちゃって、なんて言うやつもいるけどさ。


 でも、現実逃避とは違うんだよ。だって真剣だ。だから感動が本物だ。この心ひとつで生きているんだから、喜びも悲しみも、怒りも、全部が真実なんだよ。


 主流な考えじゃないんだろうなあ……でもいいさ。脇役でもいいんだ。


 ゲーマーは、いつだって、主役を応援する気満々だもの。


「神……様……?」


 シラちゃんの声。うん、そうだね。この残酷極まるドラデモ世界じゃ、人間に必要なものはまさにそいつさ。鬼神とかいうやつ。今んとこまだ弱いっぽいけど。


 でも、期待はできると思うから。


「希望はある」


 力強く断言する。うむ。鬼神パワーが足りない分は、不肖いもでんぷんがプレイヤースキルを駆使してフォローするもの。ね、クロイちゃん。


「……うん」


 おお、返事されたよ。自問自答風だけど、もう()()()きているからね。ちゃんと聞こえたよ……ああ眠い……夢の中でも眠いとかどんだけー。


 でも、いい夢だ。本当にいい夢だなあ。


 うぐぐ……いい夢だったのにさあ。


 気づきたくないほどに、頭が痛い。込み上げる吐き気もやばい。そして何よりも尿意が。尿意がもうダメだあ! うわ、胃も容赦なくロッケンロール!


 ト、トイレはいつもひとつ! でも今は! どどどどうずれば!!


 神よ! うおおおお!


 どう、にか……どうにかした……人間なんとかなるもんだ……というところで、何という残酷な現実が目の前に広がってやがるんだ。


 寝落ちじゃん。


 これ完璧に酔っ払いの寝落ちプレイじゃん。しかも録画しちゃってるし。


 最っ悪だ。ドラデモのガチ勢を自称しておきながら、戦争イベント前に飲酒とかワロえない。アホじゃん。とんでもなくギルティじゃん。


 いや、そもそも……どんなだったっけ。戦争イベント。


 ええっと……無茶突撃して、何か助かって、《コール》系使って巻き返して……やばい物凄くうろ覚えだ。トイレが衝撃的すぎて、記憶もがっつりレインボーした気分だ……頭もガンガンするし……ううう。


 クロイちゃんは……何だってそんな、皆に囲まれて祈られてるん?


 え、何かイベント? 違うよね? だ、大丈夫だよね?


 とりあえず観戦モードにしておくとして……ここは録画内容をチェックしなきゃだよなあ、どう考えても。自らの罪と向き合うのだ、いもでんぷん……うう。


 んん? 何だこのアイコン。メール通知? メーラー起動してたっけ?


 なんじゃらほいっと…………何だ、コレ。


 読めないし。


 っていうか何語だし。アルファベットの上や下にコンマとかついてるし。


 こういう時は、一部コピペしてスペース開けて「何語」って検索。インターネットは便利だよね……ルーマニア語って何でやねん。そんな取引先ないんですけど。


 ま、まあいいや。翻訳サイトさん、出番です!


 ……は?


 何さ、この内容。 


 希望とは未来に対してつく嘘である、って…………何なのさ。


 何で……何だって、こんなにも……腹が立つんだ。吐き気も吹き飛ぶくらいに!

第一部、完。

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