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34 魔術師は目撃し理解する、少女の怒りと哀しみの力を

 神よ、敵を斬り払うための刃をワタシに。

 そして、力を。群れ来る敵を打ち砕くための、更なる力を。どうか。



◆◆◆



 もう魔力なんざすっからかんで、炭杖も焼炎筒も使い切っちまったが。


「大丈夫だ! 安心しろ! 案の定、南端のここいらじゃ水も大人しいもんだ! ここまでくりゃ、あとはちょいと冷てえ思いをするだけだぜ!」


 諦めねえ。諦めねえぞ。


「筒だ! 空の筒つかんで跳び込め! おお、よし、酒樽もいいな! 中身ぶちまけてひっつかめ! 慌てんな! 空見て浮かんでりゃいい! 大丈夫だ! 人間ってのは浮くようにできてんだから!」


 頭が、ついてんだ。考えることをやめなけりゃ、できることなんざ幾らもある。


「そうだ! 見ろよカッコイイだろが! 赤い外套の魔法部隊は、強いんだぜ! ここにゃ化物どもを来させねえから、ちょいと夜間水泳でもやってこい!」


 化物、か。黄目がやべえってのは死ぬほどわかってたつもりだが、『黄金』め、そん中でも飛び抜けた化物だったな。何だよ、あの雷の嵐は。桁違いの魔力。


 悟るぜ。あれは、あの『黄金』はきっと、世界を滅ぼすために存在してんだ。


 今も空を覆う黒雲……傲慢に世界を見下ろして、どんなふうに壊してやろうかと唸り声を上げてやがる。グツグツと、死を煮詰めたみてえな色だが。


 死ぬのなんざ怖かねえぞバカヤロウ。いつか必ず死ぬんだ。承知で生きてんだ。


「大丈夫! エルフの姫さんは味方だ! 何とかなる! 何とかなるから……生きてりゃ何とかなるから! 生きろお前ら!」


 だがよ、死なせたくねえ奴らがいる。殺させるなんてとんでもねえって奴らが、ここにはごまんといるんだ。もう、全員は無理になっちまったけどよ……シラ……それでも、まだ助けられる奴らがいるんだ。諦めねえぞ。


「なあ、オデッセンさんよ」

「あ? 何だ包帯男。黙って寝てろ。担架も人手も足りねえんだ。順番だ順番」

「いや、その順番、いらないって話なんだが」


 何を言い出すかと思えば、こいつ……何たらパインとかいう、砦から来た軍官。擲弾騎兵に運ばれてきたときにゃもうほとんど死体だったが、こういう奴は生き意地しぶといからな。身動きもできねえくせに、舌はまだ動くってか。


「火瘤弾だっけ? あれさ、一個くんないかな」

「もうねえよ。あと燃焼魔法舐めんな。いきなり使えるもんかよ」

「ありゃ。それは楽しくないな……今度こそは吸血獣とって思ったんだけどなあ」

「その今度はまたにとっとけや。怪我人は怪我人らしく、運ばれとけ」

「えー」

 

 折角助かった命だ。自爆なんてさせられねえ……とも言ってらんねえか。戦いの喧騒がもうすぐそこじゃねえか。担架の連中はもう戻せねえな。


「弾の代わりと言っちゃなんだが、短剣を渡しとく。上手く使え」

「いらない。っていうか使えない。見てわかってほしい」

「お、おう。そりゃそうか」


 クソが……とどめ、刺してやんなきゃか。生きたまま喰われるよりは、いっそ。


「ふうん。オデッセンさんの切り札って、短剣じゃなかったのか」

「……どういう意味だ」

「だって、最期に何か仕出かす気満々じゃん。弾ないんなら、血かなってさ」

「ほお? 鋭いことを言うじゃねえか。確かに、血には魔力が宿る。だが精製しなきゃ触媒としちゃ不安定すぎるんだ」

「へえ。精製したやつが切り札か」

「……ほんと鋭いな。こいつだ」


 巾着袋を膨らませる、白くて臭い、粗塩のようなもの。火塩。


 こいつの主な原料は、人の脾臓だ。名門騎士の部下が、怪我でもう助からねえって時に志願してきて……俺がこの手で処置して、精製した代物。


「正直な話、制御できる自信はねえ。それどころか魔力切れだかんな……死ぬ気でやって、発動させるのがやっとこだろうよ」

「なるほど。正真正銘の自爆ってわけだ。いいね」

「いいわけあるか、ボケ」

「いや、いいさ。結果は私が見届けるよ。だから頑張れ」


 頑張れ、か。そりゃ最強の真理だな。結局のところ人生なんざそれが全てだ。


 さあて……来やがった。


 あっちゃこっちゃで戦いは続いているっつうのに、戦えねえ奴らを嗅ぎつけてきやがった、下劣なコン畜生ども。黄色い目のヴァンパイア。おいおい何十骨もか。


「よし! ここは、この魔術師オデッセンさんが任されたぜ! 皆、跳び込め! 助け合って浮いとけ! そんで助かれよな!」

「あ、私はいいんでお構いなく。水につかったら多分死ぬし……え?」


 ん、何だ。えって何だよ。よくしゃべる奴が黙ると気になるだろうが。


 まさか水堀の側からも敵が…………え?


 騎兵。


 装備からして、砦からの援兵の……だがその色は何だ? 黒くて、内側から赤く灯ってて、表面もチロチロと燃えてて……まるで赤熱する炭みてえじゃねえか。


 もう一騎現れた。更に二騎。いや、もっと、続々と……何なんだこいつら。どっから出てくるんだ。こっちにゃ民と負傷兵くらいしかいねえはずなのに……軍の総力をもって逃がすべき奴らしか…………あ。そうか。そういうことか。


 ああ、ほら、やっぱりだ。


 クロイ。


 燃える黒馬にまたがり、黒髪をなびかせ……うお、目が凄えことになってんな。ついに火を放ったってか。魔力が漏れ出てんぞ。灼熱の赤色のやつがよ。


 赫怒の眼差し……今までよりも熱く、深く、激烈な。


 つまるところ、物言わぬ赤熱の騎兵たちは、お前さんそのものじゃねえか。


 炭火みたいなもんっていえば、何のことはない、お前さんの二つ瞳だもんなあ。黒い硬質の奥底に炎を秘めててさ。敵を見つけりゃ見過ごしゃしねえんだ。


 だから、ほうらな。やっぱり。


 騎兵が突っ込む。百騎からの、赤く燃える騎馬突撃だ。黄目を蹴散らしていく。まあ、反撃もされちゃいるな。何騎か倒されて、それでも全滅させたか。


 いや、違う。違うぞ、こいつは。


 倒された騎兵は一度消えて……また現れるんだ。クロイの傍らに、すぐに再び馳せ参じるんだ。赤々と燃えながら、何度でも甦り、クロイが睨みつける敵を滅ぼさんと戦う……こいつらは。こいつらが。こいつらこそが。


 聖典で言うところの、不死の軍勢なのか。


 とんでもねえ。とんでもねえとしか、言いようがねえ。そもそも言葉が出ねえ。


 クロイ。クロイよ。


 三百騎からの不死の騎兵を従えて……お前さんはまた戦うんだな。一戦士としてとんでもなかったお前さんが、今度は、とんでもねえ部隊を率いて戦うんだ。


 その瞳に、人間全部の怒りの熱さと……哀しみの深さまで感じさせてよ。


「諸君……見事だ。見事な戦いぶりじゃないか」


 おう、軍官は笑うのか。涙を流して笑うんだな。唇が震えてんぞ。


「……あんたの番は、まだみてえだな」

「楽しみだ。これは楽しみだな。是が非でもまた戦わないと」

「そうだな。あの中に交ざるにゃ、戦えなきゃなるめえよ」

「贅沢な人生だ。生き甲斐と死に甲斐、どっちも素敵なんて」


 まったくもってその通りだな。生を諦める必要がなく、死に望み絶える必要もねえんだから。泣けるし笑える人生だ。生まれてきた意味もあろうってもんだぜ。


 ああ、クロイが征く。


 耳長のさげすみに囲われ、しいたげに射られて、ここはひどい所だぞ。黄目のおごりにふたされ、あざけりになぶられて、ここはむごい所だぞ。


 まるで人間の世界を小さくまとめたみてえな、この理不尽極まる戦場へ……お前さんは駆け入るんだな。尻ごみもしねえで。振り返りもしねえで。今も戦う誰かのために。助けを求める誰かのために。人間の……神の使徒として。


 頼むぜ、クロイ。


 いや……祈るぜ、神さんよ。


 あんた様に仕える娘っ子は、まだまだ年若いもんだから、適当にやるってことを知りゃしねえ。一心不乱なんだ。健気すぎんだよ。


 どうか、犠牲にしないでくれ。


 クロイひとりを生かすためになら、俺は……俺たちは、いくらでも死んでやる。喜んで糧にでも薪にでもなるし、不死にしてくれるんなら、最後まで戦うとも。


 だから、どうか……クロイに加護を。どうか。どうか。

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