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30 中弟は突破する、吸血の戦陣を/軍官は談笑する、希望を抱いて

 神よ、力を。神よ、力を。

 荒らぶる御心のままに、ワタシに、敵を打ち砕く力を。



◆◆◆



 強え。


 何だ、あの単騎駆けは。


 ヴァンパイアを焼き払った魔法も強かったが、それを忘れるくらいにクロイ様が強すぎる。圧倒的じゃないか。まるで、斬り果ての荒野に遊ぶっていう、戦鬼だ。目に付く端から斬って燃やして滅ぼして、止まる気配もありゃしない。


 どこまで行くんだ。まさか、ヴァンパイアの中を突っ切って、そのまま敵本陣まで駆けるつもりなのか。嘘だろ。嘘だと言ってくれ。


 馬を庇うから……石だの雷だの、食らっているじゃないか。


 それでも、無茶な駆け方をさせるから……馬の足、もう鈍り始めているのに。


「兄者! 行かせてくれ! 頼む!」

「オリジス……よし、行け! 必ず追いつけ! 我らは南より面で押す!」

「おっと私らもお供しましょう。軍尉代行殿、よろしいな?」

「軍官殿……武運を!」

「お任せあれ! はっはあ! 楽しくなってきた!」


 砦の三百騎、ついてくるのか。いや、ついてきて当然の三百騎か。彼らはクロイ様の後を追い駆けるためだけに、今、ここにいる。


「全騎速歩はじめ! 隊形、横列!」


 前進しつつ五百騎を横一列に。砦の三百騎は後列に控えさせる。彼らは勇猛だが擲弾騎兵じゃない。火瘤弾の威力と範囲をわかっちゃいない。駆けどころは俺が差配するよりない。


「焼炎筒、使用自由! 各々、斬り払って駆け抜けろ! 行くぞ!」


 疾走。灰の散らかる地を、強く、蹴り崩して。


 ヴァンパイアもエルフも、動きが精彩を欠いている。クロイ様の凄まじさが戦場を痺れさせている。ここで速度と距離を稼ぐ。長柄をひと扱き。棒立ちのヴァンパイア、その首を刎ね飛ばして、更に奥へ。


 火炎の光。誰かが燃焼魔法を使った。使わなければならなくなった。騎馬の転げる嫌な音。黒狼か。ヴァンパイアよりもむしろ眷属獣の方が即応してくる。


 前方に鉄棒を肩に構えたヴァンパイア。馬諸共に打ち据える気か。


 舐めるな。


 身を揺すって合図。跳ぶ。人馬一体となって、敵頭上へ。すれ違いざまに長柄の斬撃。手応えありだ。くぐもった絶叫から察するに、顔を両断してやったぞ。


 更に敵。黒狼か。馬へ跳びかかってくる、その獰猛な顎を、突く。上から貫く。


 爆発音、後方から七つ八つと。誰かが火瘤弾を炸裂させた。落馬した者たちだ。命令違反じゃないよな。群がられ、食い殺されるその時に限っては、何をどう使おうが自由だから。最期の意地を示して散れるから。


 クロイ様はあそこか。敵の深い所にいる。敵が、集まり始めている。


 クロイ様は、敵に群がられる程度の速度しか、出せていない。


「砦の! ここまでだ! 迂回してクロイ様を目指せ!」

「それはいいが、そっちはどうする!」

「このまま敵へぶつかる! 攪乱するから、その隙を活かせ!」

「了解だ! 届いてみせるさ!」


 当然だ。クロイ様のもとへ届く。さもなくば一騎でも二騎でも届かせる。そのためにこそ駆けている。


「全騎! 楔の陣!」 


 俺を中央尖端にして、横列から楔型へと、尖れ。鋭くなれ。そして。


「続けえ!」


 さあ、死地だ。果てるべき地だぞ。


 全速でぶつかる。身を屈めて、長柄を前へ突き出して、分け入っていく。


 勢いが全てだ。止まれば死ぬ。止まらずとも、鈍ればそれで死ぬ。凄まじいまでの圧迫感。勢いを殺されそうだ。そのたび、誰かが俺を庇って死んでいく。その死に際に魔法を閃かせるから、そのたびに加速して、遮二無二突進していって。 


 突き抜けた。ヴァンパイアの群れを突破した。何骨を討ったかも、何名が逝ったかも、今は何も振り返らずに、前へ。まだ行ける。クロイ様を見失っちゃいない。


 だが……あれは厄介だな。


 前方に厚み。壁のようにヴァンパイアが密集している。重装備の個体も多い。


 槍の柄を噛んで焼炎筒を取る。両手で握りしめて、魔力を……俺の滾る心をそのままに込めて籠めて……よし、お見舞いするぞ。俺の最大の魔法を。


 燃焼魔法、《火災》。


 投擲した焼炎筒から、炎。後から後から炎が溢れて、何もかもを巻き込み燃え広がっていく。家一軒を呑み込むほどの火炎だぞ。《猛炎》を使おうとして、器用にはいかなくて、いっそのこと力一杯にって燃え上がらせてやった結果だ。


 まあ、ただの火でしかない。致命傷にはならないだろうよ。


 だが、お前ら、火が怖いんだろう。腰が引けているのがわかるぞ。


 俺たちは、逆だ。火にこそ強く魅せられて、こうして、命を懸けている。


「縦列! 燃え上がらせろ!」


 更に《火災》を使う。何人もの《猛火》がそれに続く。そうやって火炎を育てていく。燃え盛らせていく。家の大きさから長屋のそれへ。もっと大きく。もっと。


 考えてみれば、こんな風にして、俺たちは強く大きくなってきた。


 綺麗だ。本当に綺麗だ。自分をくべることが、誇らしい。


「全騎! 火車の陣!」


 大火炎を右手へ見続けて駆ける。焼かれ戸惑うヴァンパイアへ攻撃を加えつつ、右回りの周回だ。石も雷も飛んできても、怪力にまかせて跳びかかられても、駆けることをやめてなるものか。何騎欠けようとも、周回を途切れさせやしない。


 どうした、もっと来い。集まってこい。火を育て火を背負う俺たちのところへ。それが人間と向き合うってことだ。俺たちと戦うってことだぞ。


 砦の三百騎は……もう二百騎くらいだが……いい位置にいる。合わせろよ。


「火瘤弾用意! 投擲、自由!」


 今だ。渾身の《爆炎》を撒き散らせ。光を、音を、熱を、衝撃を、思うさま叩きつけてやるんだ。叫んでもいい。むしろ叫べ。


 人間を、思い知らせてやれ。



◆◆◆



 人間様を舐めんなよ、ボケかす吸血獣どもめ。


「見たか、諸君! 無論見たよな!」


 致死の原を駆けたにしては残っている兵たちへ顔を見せ、彼らの顔を見て。


「この私、カッコイイパインは目撃したぞ! ウィロウ家の三男坊が大爆発する劇的場面を! 男とはかく終わりたいものだな!」


 下らないことを言い、言い返されるのを期待して待つ。


「いやいや、三男殿は健在ですぞ! あれは自爆ではないでしょうよ!」

「というか、カッコイイ誰ですかねえ。ヨクシャベルパイン殿なら隊長だが」

「擲弾騎兵、あれは素晴らしいもんですなあ! 誉めそやすべき兵科だ!」

「然り然り、我らに美味しいところを譲ってくれるところなぞ、親切極まる」


 よし、楽しいな。これで充分だ。これで笑って突撃できる。


「諸君! ここからは抱擁の競い合いだ! 優勝者は凛々しくも麗しき最強のクロイ様を抱き締められるぞ! それ以外は、そこら辺の奴とよろしくやってくれ! まあ、なんだ、愛と性癖には色々とあるからな! 私は理解のあるほうだ!」


 景気づけの大笑いも、これでよし。思い残すこと何もなし。


「いざ! 掛かれ!」


 ひと塊になっての突進だ。それなりに自信のあったこの駆け方も、擲弾騎兵のそれに比べればいかにもひ弱で鈍重だな。だがまあ、やりようはある。


 こっちに気づいたあれやそれやの吸血獣へ、外側の騎兵たちよ、よろしく頼む。槍で行け。駄目なら馬ごとぶつかっていけ。それでも駄目なら組み打ちだ。よし、できるだけ粘れよ。可能なら殺してくれ。噛みついてでも、阻んでくれ。


 先へ。先へ。まだ行ける。これは届く。ウィロウ家の三男坊は実に見事な仕事をしてくれた。吸血獣どころか眷属の狼どもまで気もそぞろなんだから。


 いた。見えた。既にして馬を失い、徒歩兵での孤軍奮闘。クロイ様。


 凄いもんだ。いや、本当に凄い。


 少女斬遊。破魔の舞い。踊るようにして魔物を殺す。悪夢を祓うは黒髪の広がり。妖魔を討つは白刃の閃き。人間の絶望をかくも鮮やかに打ち破って……ね。


 フェリポの酔っ払ったような修辞も、なるほど納得だ。


 吸血獣に囲まれてたって、一歩も退きゃしない。次から次へと新たな武器を生じさせ、敵を斬る。敵を燃やす。舞い散る灰の中で戦い続ける。血に塗れていたって気にもしない。神気がほどばしって、眩しいくらいに白熱している。


 激情だな。


 クロイ様は、人間の筆頭として、激しく咆哮を上げているんだ。


 ありがたい。心底からありがたい。


 ガキの時分から、私も憤懣やるかたなしなんだ。少しでも世界が見えてくると、どうしたって、納得いかなくなるからな。人間軽んじられすぎだろうって。人間弄ばれすぎだろうってさ。


 私も叫び続けてきたんだ。実際に声に出すと、まあ色々と問題があって、神学校を追放されたりもしたわけだが……黙れば内に溜まるだけの話さ。


 皆、そうだろうよ。世界から目を背けず、面と向かって生きようとするやつは、誰だって堪えられなくなる。弱いだけならいい。だが、強いやつらに侮られて生きるなんてことは、許容できるもんじゃない。


 私を舐めるな。私の大事な人を侮るな。私にまつわる諸々を、価値があると認めた全てを、蔑むな。人間を見下すな。惨めな存在に、するな。


 そして今、とくと御覧じろだ。


 クロイ様は凄いだろう。私たちの代表だぞ。私たちの代弁者なんだぞ。


 だからさ……クロイ様、ここはこれまでに。叫んでほしい場所はここだけじゃないんです。クロイ様に倒してもらいたいやつは他にもいて、クロイ様を知らしめたいやつらもまだ沢山いるんですよ。


 こんな場末の戦場で、叫びきって終わらせるなんて、させたくないから。


「行け! 諸君! 行ってくれ! クロイ様はあそこだ!」


 生き残った兵たちに決死の体当たりを頼んで、吸血獣を無理矢理に押し退けて、強引に駆け入って、腕を伸ばして。


「よし! 私、優勝!!」


 やった。クロイ様を抱き上げたぞ。


 あとは一目散だ。駆けろ駆けろ駆け抜けろ。邪魔すんな吸血獣ども。邪魔しろ兵士諸君。私を通せ。私の腕の中にいる、腰が細くて何とも軽い御人を……それでいて私たちの想いの全て背負ってくれている御人を、一息つけるところまで。


「……クロイ様、焦っちゃいけません」


 見えた。南から攻め上がる、人間の軍の土煙。魔法部隊を擁する本陣。


「勝負は、最初から最後まで勝ち続ける必要なんてないんです。ここぞってところでしっかりと勝てばいい」


 後ろには……なんだ、もう一騎もついてきていないのか。どいつもこいつも抱き締めたい放題にやったんだな。それもいいさ。


「機会を上手いこと整える役割は、なあに、ウィロウ兄弟やフェリポにやらせりゃいいんです。そのために……皆……いるんですから」


 本陣へ合流するにはまだ難所が……いや、大丈夫か。三男坊の隊が追いすがってきた。凄い勢いだな。いいだろう。私な、今、クロイ様を抱いてるんだよ。


「私たちはここまででしたが……また一緒に戦わせてくれるんですよね? そういうもんだって、オデッセンさんから聞いたんですよ。是非にもそうしていただきたいです……いや、本当に」


 笑顔になってるよな。寒くて震えがくるから、頬が痺れて、あまり笑えてる自信がない。喉も渇く。出血し過ぎるとこうなるのか。腿と背中に穴開いてるから。


「それじゃ、このまま真っ直ぐ、行ってください」


 クロイ様を鞍にまたがらせて、最後に馬の尻をひと叩き。嘶きを聞いて降りる。いや、落ちた。あんまりカッコがつかないな。まあいいさ。これもいいさ。


 最期の相手、吸血獣がよかったんだが……私には黒狼くらいがお似合いか。


 さあ、来い。一匹だって通さないぞ。


「くくく……ははは! ああ楽しかった! 人間、万歳だ!」

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