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27 影魔は嘆息する、男の意地に/二等は憎悪する、女の世界を

 神が戦いを告げている。

 荒ぶる神気……暴の気配が、濃い。



◆◆◆



 何て厄災だろうかね、これは。


「ねえ、ターミカ。かあふぇあ色って知っていて?」


 いつか取り入ろうと企図していた『黄金』が、向こうの方から一足飛びにやってきて、私を側近に抜擢する……何という僥倖。しがない下士官の大出世だけれど。


 嫌だ。嬉しくない。今すぐにでも逃げ出したい。


「知らないでしょう? 神から拝聴した御言葉でね、蕩けるような極上の茶色のことを意味するの……そう、貴方の肌のようにね」


 頬を撫でるな。首へ降りるな。うわ、胸元へ滑り込んでくる気なのか!?


 石洞内とはいえ、周囲には近侍の兵が立ち並んでいる……とか、そういう問題ではなく、素直に気持ち悪い! いき、息遣いが、明らかに発情している!


「お、お、黄金様! 御戯れを!」

「んふ、大きくて柔らかね……それに少ししっとりとしているわ。緊張しているのかしら」

「そそ、それはもう! だって! ほら!」


 大げさな身振り手振りで……ほどけない! 何て怪力なのさ! この女!


「戦闘! 戦闘中ですから! エルフとおんっ!?」

「木っ端の物見よ。放っておけばいいの。それよりも、私はこの小粒に興味をそそられているわ……何色なのかしらね?」

「いひいっ」


 もう、駄目だ。諦めた。これはもう、身体を欲しいままにさせるよりない。


 まったくヴァンパイアというやつは……どいつもこいつも。


 せめてもの抵抗に、気を失ったふりをしよう。ついでに《陰見》でもして、精神だけは逃しておこう……処女は奪われないだろう。うん。血の味的に考えて。


 魔力を込めておいた蠅を意識して、切り替えて……と。


 ふむ。結構、激しいね。


 木々の間を縫って矢が来る。鎧に当たった彼は、よし。肌を傷つけられた彼は、ダメ。苦しそうだ。ヴァンパイア殺しの猛毒。カエルから採取するのだとか。


 落ち葉の隙間からは、水が絡みついてくる。《水蛇》だ。これも毒入りとは恐れ入る。普通、口へ侵入して窒息させるもののはず。獰猛な戦術だ。それを選択し、実行することの意味はなんだろうね。


 見たところ、戦死者はヴァンパイアの方が多い。こちらが三千人、あちらが五百人という人数差を鑑みれば……無理攻め以外の何でもないけれど。


 エルフに有利な朝日の時に、地形を調べ上げたらしき森で、小勢の猛攻……か。


 ん? あの水使いが部隊長かな?


 ああ、そうだ。開拓地でエルフの主力部隊を指揮していた男じゃないか。


 強いね。本格派だ。《水鞭》の長さも速さも一級品だし、指揮も的確。熟達している。ああいう古兵は敵に回すと厄介なんだよね。見切りが早いから、寄せるにしろ下がるにしろ隙が少ない。


 そんな部隊長が、こんな、無謀ともいえる攻撃をする。


 近くに伏兵は……バッタの眼……いないか。側面や背面から別動隊が……甲虫の眼……いない。じゃあ空……蜂の眼……いい天気だね。鷹が一羽だけ。


 とにかくも、不可解だ。


 ということは、普通じゃない心理なのかもしれない。


 んんー……あ、そうか。


 不平不満か。


 開拓地にはエルフの増援が二千五百人も入った。当然、数百人を率いる将でしかない彼は、全軍の指揮権を失うことになったろう。伏撃にあって退却したこともあるし、きっと叱責もされたはず。


 自尊心を損なわれたろうね。自負心の強さは、戦い方を見れば明らか。激昂しているわけだ。憤懣やるかたなしなわけだ。


 つまり、威力偵察では満足できないんだね。


 せめて先鋒による前哨戦にしたいという、切ない意地の表れだ。この猛攻は。


 馬鹿だね。男というやつは得てしてそういう無茶をする。自分がやるだけで済まずに、誰かのやった無謀を誉めそやしたり、憧れたりする。亡びの美学を語る。


 私にはわからない哲学だな。


 それで魔神に勝てるのならば、協力するのもやぶさかではないけれど。


 ほら、男の浪漫だか純情だかを逆手に取って、ベアボウ隊が回り込んだよ。因縁の対決だとか思っているのかな。実際は馬鹿にされていると思う。


 次々と死んでいく部下を見て、美しく誇らしいと、思えるものなのかい?


 こんなことだから、戦争ってやつは……ア痛っ!


「んっふ、ようやく気がついたわね」


 か、噛まれた! こいつ、この黄金、私の首筋に噛みついた!


「大丈夫よ。吸ってはいないわ……少し舐めただけ。あんまり起きないから、少し無茶したくなっちゃって」


 舐めるなふざけるな。無体だ。うわっ、身体のいたるところがヌメヌメするっ


 これだから!


 こんなだから、ヴァンパイアってやつは!



◆◆◆



「どうしたい、アルクセム! 随分と必死な顔をして!」

「気安いぞ、吸血……!」


 戦槌の一撃を避けて、水の鞭を強振。当たらずともいい。間合いが開けばいい。鞭をのたうたせて、罠を仕込む。森の土は木の根に固められていて水を多く含む。土魔法は働きにくく、我が魔力はよく馴染む。


「敵が大勢だと、まさか当たってから気づいたのかい? それで我武者羅かい?」

「貴様らと、一緒に、するな!」


 鞭を振って頭上を奪う。跳べまい。そして喰らえ。百を超える数の《水蛇》の群れを。どの一匹とて触れれば呼吸を奪いにいくぞ。


「小細工だねえ!」


 馬鹿な、足元から《石盾》だと? そうも容易く発動するなど……そうか、先の一撃か。戦槌を空振った際に、地中を砕き魔力を仕込んでいたな。


 盾を踏み倒し、来るか。吸血種め。


「ほうら、死んどきな!」


 戦槌。魔法で硬度を増した、硬ければよかろうなどという発想の、醜い鉄塊。


 鞭をしならせる。手元に引き戻す。間に合ったが、しかし、呆れた強撃だ。鞭を構成する水を半ば以上も散らされたとは。


 だが、それら水に染み渡った魔力は、留まり残る。魔法の一発分にはなるのだ。


 味わえ……水流の円環による吸血種封じの魔法……《流界》。


「ちっ! 厄介な!」


 離れる方へと跳んだか。猪突してくればいいものを。動きの鈍ったところへとどめをくれてやったのに。


 だが、瞬時でも足を捕捉していた。感覚が鈍ったろうよ。追い打つ。


「搦め手ばかりで、意気地のないやつだね!」

「獣は罠にかけるものだ」

「はん! その獣の罠にはまって負けた奴が、ほざくんじゃないよ!」


 放られた石つぶては、魔法だな。それぞれに加速する、見えぬ速度の飛来。土魔法《石弾》の応用か。回避だ。立ち木を盾に。石が樹木に食い込む異音が複数回。これも呆れた威力だ。


 む。気配が消えた。今の隙に逃げたか。退くとなれば一目散だな。吸血種には恥も外聞もない。闘争本能だけで動く野蛮さよ。


 そして……そんなものに、私は負けるのか。


 意を決しての攻め入ったものの、結局のところ『黄金』を引きずり出すこと叶わなかった。多勢に無勢の中でも多くを討ったが、被った被害もまた大きく、敵中にて包囲されつつある。援軍もない。


 こんなはずではなかった……ようやくつかんだ好機だったはずだ。


 ヒトの領域への、魔物を使った支配工作。いかにも地味で、面倒ばかりが多く、功績になるべくもない作戦行動。それを吸血種誘引作戦へと昇華した。非正規戦でもいいと、武勲をあげる機会にすべく工夫したのだ。


 そのはずが、急に機会を覆された。竜帥と竜侍官がやってきて、ヒトの領域にて過ごすための世話を命じてきた。女の護衛をしろということだ、それは。


 策を講じて、吸血種の誘因は成功した。しかし女の奸計により勝ちを逃がした。今も邪魔され、挙句に逃がしたな。そもそも『黄金』などという女を動かすことにも失敗した。吸血種であれ男ならば、出向き、名乗ることくらいはするだろうに。


 女だ。女が俺の邪魔をする。いつでも。どこでも。戦場ですらも。


 そういえば、エルフ殺しの容疑がかかったヒトも、雌だったな。ありえぬ話と聞き捨てていたものだが、ヒトの雌とて女といえば女、ありえぬことをして俺に仇を為したのかもしれん。


 いや、それよりも何よりも……女神であったな。竜神も魔神も。


 そんな二柱が争う世界だ。俺の居場所なぞ、こんなもので当たり前か。戦場の端で死んでいくのが神の望みに叶う生き方か。


 認め……られるものか。こんな生も。こんな死も。


 足掻いて、足掻いて……必ず、目に物見せてやるぞ。女どもめ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 斜め上どころか全方向に女運の悪い?アルクセムで草
2024/05/03 20:35 リョクヨウ
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