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24 騎士は吶喊し突貫する、魔物の原を火炎のごとくに

 ワタシはひとりじゃない。

 ワタシたちだから、ひとりじゃない。



◆◆◆



 擲弾騎兵を率いて進む。並足と速歩とを織り交ぜて、一路、山岳付近へ。


 土砂崩れのようにして溢れだしたという、魔物の群れ……魔物の大津波に立ち向かわなければならない。既にしてぶつかっているだろうマリウスの戦況やいかに。


「転戦、連戦、大立ち回りだな。疲れてないか、兄者」


 オリジスの軽口を一笑に付した。この弟が一人前になるのを待って家を出たつもりであったが、どうしたものか、武者振りだけは立派になったものの性根がやんちゃなままだな。


「今更だけどさ、新地の駐屯兵、少しも出させなくてよかったのか?」

「彼らはまず新地の防衛戦力であるべきだ。魔物を駆逐したとして、淀んだ瘴気が新手を招くことがある。それに……」

「戦法戦術が異なる部隊は足枷になる、だろ?」

「そうだ。もはや練度の問題ではない」

「まあ、それは確かにあるんだけどさ……」


 腰に結いつけた新装備は二種類。火瘤弾は四発と、焼炎筒が二本。


 ただのこれだけが、騎兵の戦い方を激変させる。


 火瘤弾を用いた《爆炎》は、騎馬突撃とは異質にして勝るとも劣らない敵陣破壊力をもつ。燃焼魔法の常として取り扱いは難しいが、兵は誰もが使いこなせるようになった。当然か。そうでなければ擲弾騎兵と名乗れないのだから。


 しかし焼炎筒の方はまだまだ難しいな。油入りのこれは、応用が利く分、使用者の魔力や器用さによって得られる効果に差が出やすい。


 オリジスは、火炎瓶の一種くらいにしか扱えない。


 マリウスは……火の魔法戦士とはかくなるものか、というところがある。


「ほら、熱烈だったじゃんか。新地の人ら。ついていきたいって兵も多かったし、その気持ちを汲んでやってもよかったのかなってさ?」

「言いたいことはわかる。行軍だけならば……いや、通常の魔物討伐ならば、それもよかったろうが」

「……ヴァンパイアかあ」

「無闇には出てこないだろう。だが、絶対に出てこないとは、思うな」


 斥候を頻繁に出しながら進む。朝に昼にと先を急ぎ、暮れる前に伏せられる地形を選抜、息を潜めて夜を過ごす。そして明けるよりも早く進発する。ヴァンパイアを警戒しつつの強行軍だ。心身への負担は大きいが。


 一騎として脱落しない。新調練の成果が活きている。兵糧も問題ない。新地で補給できたことで、この作戦行動が可能となっている。


 問題があるとすれば、開拓地の方だ。主力の騎兵が出払ってしまった。


 そうせざるをえない状況であるとは、わかる。フェリポ司祭らも熟考の末の決断であったろうが……厳しい。茶会の件があったばかりだ。聞いて肝が冷えたし、思い返しても震えがくる。


 クロイ様の言葉ではないが、我らの事業は「底」から始まったものだ。取りうる手段は限られていて、万事が危うい綱渡りとなる。そうと承知のこととはいえ。


 エルフへの対抗力の低下が、何かよからぬ事態を招かなければよいが。


 もしもの時は、何をおいてもクロイ様を逃してくれよ。


 石と砂ばかりの、この荒涼たる風景……乾け切ったこの様こそ、これまでの我らなのだ。冷たい土くれへと化していくだけの生など、もはや、認められやしない。


 払暁、日よりも先に瞬いた光を見た。遅れて、低く響く音。


「兄者! これは!」


 どうやら、斥候の報告よりも戦場が東へずれたようだ。そしてその動きの中で《爆炎》が集中的に使われた。マリウスが押されているのか。


「全軍、駈足前進」


 駆けつつ思考しろ、アギアス。私よ。


 敵は魔物の特大集団だ。その数と種類は、先の開拓地におけるものをも上回る。危険度の高い魔物としては、トロールの他に、オーガやバグベアも交じるとか。


 迎撃に出たマリウスが率いているのは、五百騎だ。こちらが到着するまでは遅滞戦闘を行うと言ってきた。出来ないことを言う弟ではないし、言ったからには絶対に実行してのける弟でもある。


 こちらの位置も把握しているはずだ。南から接近していると。もう間もなく到着するのだと。斥候が伝令を兼ねて駆け廻っている。


 それなのに、戦場は東へと移って、火瘤弾が戦術的に用いられた。その意味は。


 まさか……いや、そうか。それならば、これは合図と取るべきものだ。


「前部二百騎、剣槍と筒を持て! 後部五百騎、弾を残さずと心得よ!」


 見えてきた。


 天下を冒涜するようにして、おびただしいほどの魔物の群れ。トロールだけで十体を超え、オーガやバグベアが走り回る様子など、国の亡びを感じさせるものだ。吐き捨てられた瘴気と、垂れ流された汚汁とで、大地も腐らんとしている。


 しかし、散っていない。見事に群れをまとめおいたな、マリウス。今は追われる形勢だが、もう十分に役割を果たしたぞ。


 そればかりか、速度で翻弄して小型の魔物を引きずり出したのだな。


 馬を恐れず縋り付くマッドエイプ、足に噛みつくポイズンラット、跳んで群がるオメガリオック……どれも騎馬にとって厄介な魔物だが、ほとんど見当たらない。先の爆発で片づけたのだ。そういうお膳立てで、私を待った。


「長鋒矢の陣!」


 ならば私も応えよう。お前たちをこの地へ招いた者としての、決意を見せよう。


 二百騎を楔の形にして、私はその中央、先端へ。楔の笠に守られるようにして、縦四列に五百騎。長く伸びたその最後尾にはオリジスか。共に最も危険な位置だ。それでこそウィロウ家の男だぞ。


 槍を両の手で握る。神に、祈る。


「吶喊!!」


 吠えよ、輩たちよ。喊声でもって獣声を塗りつぶし、いざや魔物の原へ。


 速度を武器にして、貫く。


 避けよ、割けよ、裂けよ。魔物どもめ。我らは人間の最先鋒であるぞ。この猛き戦意、意志と戦術の鋭利、本能のごときで阻めるものか。


 前方に、バグベア。悪意を宿した熊のごとき魔物。振り上げたその両腕で私を威嚇するのか。無駄だ。ヴァンパイアと比べれば、怪力があるとて、技無き無様な振る舞いにすぎない。


 身を伸ばして喉を突く。頭蓋まで貫いた感触。


 致命後のもがきを見捨てて、その先へ。もっと奥へ。


 オーガか。中小の魔物を蹴散らしながらこちらへと迫り来るから、捨て置く。そのまま追ってこい。追って魔物を殺していろ。


 よし、そろそろ頃合いだ。


「後部、火瘤弾、投擲開始!」


 命ずるや、たちまち生ずる爆発。《爆炎》がたて続く。


 前部の楔が敵陣を突き割って奥へと進み、押し潰さんとしてくる敵をば、後部の縦四列が左右へと火瘤弾を撒き散らして粉砕する……これこそが長鋒矢の陣。


 巻き起こる炎を背に受けて、なお突き進む。


 おお、トロール。挑ませてもらうぞ。


 再生力のある皮膚と肉とに用がある。これまで、多くの将兵が命を懸けて挑み、武運拙く果てていったが……我らがその先に至ったことを証明するために。


 手に、焼炎筒を持つ。魔力を注ぎ込んで、握りしめて。


 オデッセン司魔直伝、燃焼魔法、《焼薙》。


 火炎の大剣のようなそれで、トロールの腹を薙ぐ。


 聞くに堪えない絶叫と、皮脂と肉が焦げる臭い。凄まじいばかりの炎上だ。厚い皮膚を斬り裂いて、内と外の両面から焼いているのだ。手で払おうが地にのたうちまわろうが、決して消えやしない。我が魔力を跳ね除けない限りは、焼き続ける。


 その結末を見ることなく、更に前へ。魔物という魔物を、突き崩し打ち払い、腐れた大地の向こう側へ。


 突き、抜けた。


 突き抜けるなり、歓声が沸いた。戦闘中に何を。気持ちはわかるが。


「やった! やってやったぞ! 思い知れ、魔物! ヴァンパイアだって!」


 オリジス……お前か。ウィロウ家の男が率先して舞い上がって、どうするのだ。よくぞ生き残ったが、しかし、まだ戦いは終わっていないのだぞ。


「兄上!」


 マリウス、右方から回り込んできたか。


「お見事な中央突破でした!」

「うむ、お前こそ、かかる大群を遅滞見事。小物払いも助かったぞ」

「やれてそこまででした! しかし、兄上、まさかトロールを一撃でとは!」

「おお、屠れていたか」


 駆けつつ、敵を見る。なるほどトロールが大岩のような焦げ姿を晒しているな。《爆炎》も実に効果的であったようだ。既にして数千匹は討ったか。オリジスの隊は火瘤弾の扱いが上手い。抜群の威力を引き出している。


「よし、マリウスも後部に加われ。前部の火瘤弾も合わせて、オリジスの隊へ分配してくれ」

「再びの突入ですね?」

「そうだ。魔物の原に十字を刻む。しかる後、お前もトロールへ挑んでもらうぞ」

「はい! 心得ました!」


 これら魔物は、まず間違いなく、ヴァンパイアの雷魔法によって精神へ影響を受けている。それが証拠に、混乱をきたしている個体が多い。あれらは爆発を恐れたのではない。《爆炎》の魔力を受けて、心縛る魔法から解かれたのだ。


 さりとて、容赦はせん。


 我らは共存できるはずもなく、そして、ここは人間の領域であるのだから。


「全軍、吶喊せよ!!」


 神よ、我らの戦いに祝福を! アギアス・ウィロウ、参る!

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