八幡正義
かくれんぼをしようと言ったのは俺だ。
中学二年にもなってやる遊びでもないと言われるのではないかと思ったけれど、みんなすんなり受け入れてくれた。
鬼の浜野が十を数える間に学校の裏山で散り散りになる四人。
だが俺は五井の後を追っていた。
「おい、ちょっといいか」
大きな木の陰に隠れた五井の後ろから声をかける。
鬼に見つかったと思ったのか、ビクッと肩をくすめてこちらに振り返る。
「ああ、なんだ八幡か。どうした?」
鬼に見つかるからかがめと言うが、無視して話をする。
「お前、辰巳にひどいことしてるらしいじゃねーかよ」
「は? 何言ってんの? 関係ねーだろ」
五井の表情が一気に変わり、眉間にしわを寄せ威嚇するように言う。
「俺、辰巳から相談受けたんだよ。全部知ってんだよ」
「知ってんなら余計に首突っ込むなよ。俺ら付き合ってんだから」
その日は五人で遊ぶ約束をしていた。
だが約束の時間よりも前に辰巳が話があると言って俺の家に来た。
実は数週間前に五井から告白をされ付き合うことになったが、レイプまがいのことをされているので、助けてほしいという話だった。
頭が沸騰しそうなくらい怒りがわいたが、その時は目から涙を流す辰巳の話をしっかりと聞くと、俺が何とかしてやると伝え、気持ちを抑えた。
しかし今は怒りを抑えることができない。
「付き合ってるからって無理やり嫌がることするんじゃねーよ」
五井の胸ぐらをつかむ。
「だから、お前には関係ねーだろうが」
五井が手を払い俺の胸を突くと、そのまま歩いて離れていった。
俺はその瞬間、ギリギリまで保っていた理性が吹っ飛んでしまった。
爪が食い込むほどこぶしを握り、五井の後を追う。
その途中で落ちていたロープを拾うと、後ろから五井の首に巻き付けた。
刑事ドラマかなんかで滑車の原理を利用すると締めやすいというのを見たの思い出し、木の幹を使って締めあげた。
人の首を絞めたことがなかったが、五井が小柄だったこともあり上手くいったようで、一言も発することなく死んだようだった。
とてつもない罪悪感と後悔が生まれたが、辰巳がこれで救われると思うと、その気持ちは薄れていった。
俺は捕まってもいい。一人の愛する女のために一生を捧げるつもりだった。
だから隠ぺいするつもりもなかった。死体をそのままにしてふらふらと山を下りた。
鬼の浜野が俺を嬉しそうに見つけるが、疲労困憊の俺は待機場所でぐったりとしているだけだった。
次に辰巳が見つかり、ちょっとしてから泥だらけの千原が鬼に引っ張られてきた。
暗くなってきても見つからない五井に不安になり、浜野は警察に行った。
自首しようと思ったが、心身ともに疲れていたし、どうせそのうち捕まるだろうからと先延ばしにした。
正直に言うと、覚悟をしたものの、いざ自首しようとすると躊躇してしまう自分がいた。
警察だけでなく、町の大人たちも一緒になって大捜索が始まった。
だが五井は見つからず行方不明となった。
当時、捜査をしていた警察からかくれんぼの時のことをたくさん聞かれたが、俺が疑われているようには感じなかった。
五井が失踪しそうな気配はあったか、普段から生活や環境に不満や不平を言うことはなかったか、などと聞かれ、子供ながらに殺人ではなく、失踪事件として捜査をしていると感じ取れた。
捕まる覚悟をしていた俺だが、都合がよかったのでやったことは言わず、警察の質問に素直に答えた。
しばらくすると警察の捜査も落ち着き、平穏が戻った。
五井の首を絞めた後、心臓と首の頸動脈を確認したが、確実に止まっていた。
再び心臓が動き出し生き返り、どこか近くにいて、俺の行いを告発するのではないか、俺に仕返しに来るのではないか、という恐怖に襲われたことがあった。
その度辰巳の顔を思い出し、捕まる覚悟、殺される覚悟をした。
しかしその覚悟も毎回無駄になった。
そのうち俺も環境に慣れ、恐怖に襲われることもなくなった。
今思うとあの殺意は嫉妬だ。愛する女を救うためというのは大義名分だ。
俺が勇気を出せずできなかった告白をして、それで成功した五井に対する嫉妬。
いや、レイプだろうが何だろうが、辰巳に手を出せる状況にあることが羨ましかったのかもしれない。
今俺の隣に辰巳がいる。かつてのマドンナの面影はどこへやら。
俺はこんな小太りな女のために一世一代の大仕事をしたのかと、ビールを一気に飲み干し苦笑いを隠した。




