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第八章.農民と王様

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93.ディアナへの手紙

──親愛なるディアナ様へ。


 私がこちらで第一子を産んで、ようやく三か月が経ちます。夫の元へ舞い戻らねばならず、お義兄様の結婚式に参加出来なかったことが悔やまれます。


 戦争が終結し、アイゼンシュタットにもようやく平和が戻って来ました。


 夏になったら、またパブスト村に避暑のため行きます。今度は子どもを連れて。


 ディアナさんは夏に出産すると聞いています。


 こちらで役に立つものを色々買いましたので、再会の際にお渡ししますね。


 赤子用の遊び道具のようなものです。


 お互いの子どもが、お友達になれるといいですね。


 夫もあなたに会えるのをとても楽しみにしています。


──ソフィアより。




──親愛なる妹よ。


 ヘンドリック四世は大変な道程を経て、アイゼンシュタットにて降伏宣言を出しました。


 あの道程で、グスタフも割に痩せました。


 まさか教皇軍が市民に狼藉をはたらいていたなんて、驚きです。


 今思えば、陛下とて止める術を見つけられず苦しんでいたのですね。あのやせ細り方は異常でしたが、そのおかげで降伏やむなしという風潮がヴェンデルス全土に周知されたのは不幸中の幸いだったと思います。


 我々もアイゼンシュタット王宮にて、降伏の瞬間に立ち会いました。


 農民の格好でサインをさせるとはなかなかの辱めのはずでしたが、ヘンドリック四世は御立派でした。


 むしろ恥辱をものともせず機を見て内乱を止めた王として、国内外に名を上げているという状況です。


 こんなことを言ってはいけないのかもしれませんが、面白いですね。


 そちらの村は国を変わってしまいましたが、どのような様子ですか?


 あなたの体は、夏を迎えたらお母さんになるのですね。


 色々と変化の多い年になりましたが、くれぐれも体にだけは気を付けて。


 生まれる前に、そちらの宿へ行きます。


 あなたの出産の時には、隣で応援してあげるから待っていてね。


──イルザより。




 ディアナはそれらの手紙から顔を上げ、ぎりぎりと歯を食いしばった。


「……間に合わない!」


 ディアナは今しがた産気づき、余りの苦しみに近くにあるシーツを噛んだ。


 隣では、レオンがただおろおろと歩き回っている。


「おっ、落ち着け落ち着け落ち落ち」

「あなたが落ち着きなさいよ!」

「だって、こんなに早くお産が始まるなんて……!」

「正産期には既に入っているのよ?いつ生まれてもおかしくないんだか……らあだだだだ」

「ディアナ!」


 レオンは真っ青になって背中をさする。


「そこじゃない!腰!」

「は、はいっ!」

「もっと強くさする!」

「こ、こう?」

「違う!もっと……ちが……この役立たず!」

「えええ……」

「お医者様はまだなの!?」


 ディアナは大きな腹を抱えて玄関から外に出ようとする。


「うわわわ、駄目だってディアナ!」

「もういいわ!私が医者へ出向く!痛くて死にそう!」

「ディアナが狂った……」

「レギーナを寄越しなさい、レオン。早く!」


 と、玄関の向こうからゲオルグが扉を開けた。


「?ディアナ……」

「今からお医者さんに行きます」

「狂ったのか?医者を連れて来た。とりあえず腹と頭を見てもらえ」


 医者は男二人を追い出し、ディアナの子宮口を確認すると、家からすぐに出て来た。


「お医者様。ディアナはどうでしたか?」

「うん、問題なく進んでるよ。あと八時間もあれば産まれそう」


 兄弟は顔を見合わせた。


「八時間?」

「うん。だから赤子が出て来たら、また呼んで。股が裂けてたら縫合するから。一旦帰るね」


 レオンは医者に詰め寄る。


「ずっと……見ててくれるんじゃないんですか!?」

「見ないよ。私がいたって、どうにもならない」

「!」

「お産っていうのは、そういうものだよ。医者が痛みを散らせるわけじゃない。医者の出番は、赤子が産まれてからなんだ、すまない」

「そんな……」


 医者はすぐに出て行った。


 ディアナはそれから再び歩き回っていたが、また力なくうずくまる。


 レオンが腰をさすってやっていると、ゲオルグが言った。


「ディアナ。何か食べたいものはあるか?」


 ディアナは汗ばんだ顔を上げる。


「へ?食べ物?」

「ああ。陣痛がまだ弱い時、何か食べておくとお産が進む」


 今すぐにでも痛みから解放されたいディアナはこう答えた。


「空豆のスープに、ライ麦のパン……マトンのロースト、わさびワインソース添え……ブルーベリーのソルベに生ハムのリコッタチーズ和え……」

「出来るか!」

「何よぉ、ゲオルグが言えって言ったんじゃない……」


 言いながらディアナはしくしくと泣き出した。その余りに頼りない様子に、普段の強気なディアナを知る二人は肩を落とす。


「……行って来る」


 ゲオルグが再び玄関を出て行く。レオンも立ち上がると、兄は振り返って言った。


「お前はディアナのそばにいてやるんだ。お前の母も出産前はたくさん食べたんだ。食べれば──きっと丈夫な子が産まれるだろう」


 レオンは赤くなると、苦しむディアナに寄り添う。


「……頼んだ」


 ゲオルグはレオンの言葉に返事もせずに出て行く。


 行き先はダニエルの宿。


 夏になり、ダニエルは市街地から久々にこちらに帰って来ていたのだ。


 宿の玄関に歩いて来たゲオルグを見て、ダニエルがやって来る。


「おお、久しぶりだな。何か用か?」

「空豆のスープに、ライ麦のパン。マトンのロースト、わさびワインソース添え。ブルーベリーのソルベに生ハムのリコッタチーズ和え。今から作れるか?」

「は?急に何だよ。出来ないよ、そんなもの」

「ディアナが産気づいた。産む前にそれらを食べたいと言っている」

「なっ……本当か!?早くそれを言え!」


 ダニエルは何もかもを蹴散らすようにして、慌てて奥へと引っ込んで行った。


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