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第八章.農民と王様

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92.私の居場所

 静けさが戻った夜の辺境。


 ベッドの中で、レオンはディアナを抱き締める。


「もう……いい加減放してよ」

「やだ」

「でもこれで、ようやく安心して子どもを産めるわね」

「はー……」

「どうしたの?」

「……ディアナと結婚したら、命がいくつあっても足りん」


 ディアナは夫の肩口でくつくつと笑った。


「あ、今」


 ディアナが腹を押さえた。


「動いたわ。今日はじっとしてたけど、やっと安心したのね」

「こんな向こう見ずが母ちゃんだと、苦労するなお前も俺も」


 腹に語りかけるレオンを眺め、ディアナはまた笑う。


 美しい月を、ふたりで仰向けになって窓から眺める。


「春になったら、ゲオルグはラウラを娶るそうだ」

「あら、ついに……ゲオルグは字が読めるようになったのね」

「ディアナの出産は夏か?」

「うん。お医者様がそう言ってたわ」

「その前に、ソフィアが出産だな」

「近くに先輩ママがいると、色々心強いわ」

「辺境が賑やかになるな」

「ふふふ。そうね」


 今日は色々あり過ぎて、静かな夜が貴重だと感じる。


「……ディアナ。月の女神か」


 シーツの中で、ディアナはレオンと手を繋ぐ。


「豊穣の女神とも言うが」

「……嬉しいこと言ってくれるのね」

「いや、あながち冗談でもない。そうとしか思えない時があるんだ」

「えへへ」

「俺の人生どころか、国まで変えた」

「うん」


 そう言いながら、ディアナは月に祈る。


 この繋いだ手が、最後まで途切れませんように。


「俺、ディアナと結婚して良かった」

「うん。私もレオンと結婚して良かった」

「……本当?」

「えっ。何で疑問に思うの?」

「いやいや、だって……貧乏だったし、山小屋でうじうじくすぶってたし」

「ここまで妻の好きなようにさせてくれる夫は、なかなかいないわ」

「ああ、そう……」

「いい意味で、プライドがないわよね、レオンって」

「それ、いい意味……?」


 いつまでも、一緒に暮せますように。


「命ひとつ産むのも守るのも、本当に難しいものなのね」

「ああ。現に、俺の母親は俺を産んで死んでるし」

「……」

「あ、ごめん」

「……」

「……不安にさせてごめん、ディアナ」


 あなたが不安に感じることを、ひとつひとつ取り除けますように。


「ここで死なずに産めれば、レオンはきっと呪縛から解放されるわね」

「……ディアナ」

「ん?」

「悪いな。何か、そんなことまで背負わせちゃって……」

「別にいいよ。私が産みたいから産むだけ」

「……」

「そんなに難しく考えないで。全部、私がやりたくてやってることなんだから」


 私がやれることを、最後までやれますように。


 私がやりたいことは、きっと……


 守り切れなかった、私の家族と居場所。


 それを再構築することなのかもしれない。


 この、最愛の人と共に。


 この最果ての辺境で。


「ねぇ、レオン」

「うん」

「春になったら、また花の冠を作ってよ」

「いいよ。ディアナこそさぁ」

「何?」

「また藤の花のシロップ作ってくれよ。甘いの別に好きじゃないけど、あれだけは特別な味なんだ」

「……いいよ」

「春になったら、アウレール様の種から何が出て来るか見ものだな」

「……」

「ディアナ?」

「……」

「泣いてるのか」


 抱き寄せてくれる手。


「大変だったもんな、色々」


 冬だから、余計に温かい。


「ディアナの不幸を間近で見て来たから……分かるって言ったら軽率なんだろうけど、分かるよ」


 内部からお腹をドコドコ蹴って来る力強い足がある。それをレオンも自身の腹に受け、二人で笑い合う。


「これからは、ディアナの幸せを間近で見たい」

「ずっと……?」

「うん」

「ずっと見ててくれる?」

「約束する」


 ディアナは目を閉じ、祈り終える。


 きっと明日は良くなる。


 きっと──

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