82.希望の光
村長と大工立会いの下、石交じりの辺境は次々と区画ごとに切り分けられ、糸を長方形に張り巡らされて行った。
通り道をきちんと作り、日照も勘案し、宿と宿の間に十分な広さを取る。
とにかく広さだけはある土地なので、全て問題なく建てられそうだった。
大工によると、ディアナ宅ぐらいの二階建て別荘を建てるのであれば一か月、六部屋もあるホテルとなると三か月ほどかかるだろうという見立てだった。
ディアナとレオンは家でみんなの食事を作りながら、わくわくと胸を高鳴らせていた。
「こんな日が来るなんて、想像もしてなかったわ」
ディアナはフリッツから買った鶏に衣をつけ、きびきびとひとつひとつ油で揚げて行く。
「何もなかった辺境に、小さな村が出来そうだ」
レオンはサラダにエディフルフラワーを落として行く。それから、茹でたじゃがいもをことごとくマッシュする。
「土地の代金で、何する?レオン」
「前から考えていたんだが──この石交じりの土地から石を取って、肥沃な場所から土を買って、畑を広くしたいんだ」
「いいわね!じゃあもう、じゃがいもとはさよならね?」
「じゃがいもは好きだから育てて食うよ。そうだな……ディアナがハインツの屋敷から持って来た花の種を蒔こうかな」
「あら。ついに世界を変えるの?私たち」
「そのようだね」
窓の外では、グスタフとイルザがテーブルにクロスをかけている。
ダニエルがガタガタと椅子を用意し、ロベルトが手土産のシードルを中央に置いている。
「そういや、バラ園で使いそびれたバラを引き取らないかと打診が来た」
レオンはそう言って、扉をばたんと開ける。
「いいわね!そうだわ、全部の宿にバラの庭を造りましょう」
「まだ生き残っているとはしぶといバラだよな」
「そうしたら、春咲と秋咲のバラで年二回シロップが作れるわ!」
「まーた商いの話かよ」
ディアナは両手に揚げ焼きチキンの皿を乗せ、丸テーブルへと歩く。周囲から歓声が上がり、ディアナは得意げに皿をテーブルに置いた。
花のサラダが並べられ、ワイングラスにマクガレン公爵付きの御者がシードルを注いで回る。ナイフとフォークがきらきらと輝いて、皆でちょっとした建築前の食事会に舌鼓を打った。
「ああ、早く宿が出来ないかしらね」
青空を見上げ、イルザが呟く。
「実はね、もう我々はメイドの手配に入っているのだよ。ラトギプは今、食い扶持を求める人間で溢れ返っていると言うではないか」
グスタフの発言に驚いたのはダニエルだった。
「何……!?もう?私はすっかり出遅れてしまったようだな……」
「ははは。人材をお求めならお早めに」
クラウスが言う。
「うちも、部屋付きのメイドをもうひとり雇うべきか……子どもが産まれたらソフィアは何も出来なくなる」
グスタフが横槍を入れた。
「ならば、うちで雇って人材を派遣しようか?」
「そんなことが可能なのか?ならばお願いしようか」
「言っとくが、少し値は張るぞ。教育はこちらでしようと言うのだからな」
早速商談が始まりつつあるのを、ディアナは苦笑いで見守る。
彼らなら、どんな困難も突破出来る。辺境で生活して行けるだけの財力、胆力が確実にある。
カタリナは農業を一通り出来るらしいし、ソフィアも子育てが落ち着けばお得意の釣りで食い扶持は稼げるだろう。ディアナはほっとした。ようやく周囲に信頼のおける人々が集まって来たのだから。
きっと、明日はいい日になる。
絶対に、世の中には希望がある。
たとえ家が燃え、両親が死に、没落して無一文になっても、あきらめなければ次の世界が広がっている。
その時──
ディアナはようやく一粒の涙を流した。
「……ディアナ?」
隣のレオンが問う。ディアナは目をこすった。
「ご、ごめん」
涙が止まらない。もう隣のイルザが、慈しむようにディアナの肩を抱き寄せた。
「私、嬉しいの」
ディアナは子どものように泣きじゃくった。イルザがうんうんと頷いている。
「一度は何もかも失ったって思ったの。けど、私、何も失ってなんかいなかったんだわ」
「ディアナ……」
「みんながいてくれてよかった。私、この辺境に来て本当によかった……!」
周囲は頷き、カタリナもちょっともらい泣きをしている。
「みんなで戦乱を何とか乗り切りましょう。必ず……」
一方。
ロベルト村長は青ざめ、震え始めていた──
「……村長?」
カタリナが尋ねる。ロベルトはびくっと飛び上がり、カタリナにそろりと視線を移す。
「顔色が悪いわ。どうかなさったの?」
ロベルトは弱ったように笑うと、何かを誤魔化すようにシードルをごくごくと喉に空けた。
カタリナは眉をひそめ、村長の顔をじいっと眺めた。




