81.国境付近の民
掘ったじゃがいもをおがくずの中に入れ込みながら、レオンは言った。
「へー、敗戦濃厚……ま、あの村長がそう言うなら、そうなんだろうな」
ディアナは肩を落とす。
「戦争に負けたら、この国はどうなっちゃうのかしら」
「うーん。元々この地帯の歴史は戦争の歴史だからなぁ。この村だって、何度も国を変わった」
「それは歴史として知っているけれど、我々がその渦中にいたことはなかったわけだから」
「そうだな。みんな、そうだ」
「この辺境の村にまで、何か変化が訪れるのかしら」
「まあ、税率と法律が変わるぐらいじゃないか?何なら、隣国に住んでいたグスタフ様にでも聞いてみればいい」
ディアナは口を小さく開け、しばらく考えた。
「そういえば、何でこの村には他国の貴族がうようよいるのかしら……」
「ああ、それなら理由は簡単だ。ここ、国境が入り組んでて便利なんだよ」
「……便利?」
「どっちにもすぐ逃亡出来るんだ。勝った国に逃げ込むことも、負けた国に押し入ることも」
「えー!みんなそんな理由でここにいるの?」
「ああ。国境を封鎖されてても田舎だからなあなあで見逃してもらえるし、監視がいないんで、金次第で出入りもどうにでもなるところだからな」
「そうなの!?」
「……ディアナは本当にご令嬢だな。そんな知識も与えられずに育ったのか」
「うーん。何て言うか、そういうものなのよ。女には余計な知識をつけてはいけないっていう風習がまだ都会ではびこってて」
「じゃあ俺がイケナイ知識を沢山教えておくか……」
「ふふふ……お願い、レオン」
レオンはおがくずを手で払うと、本棚から地図を取り出した。
「ここが、俺たちの住む辺境だ。パブスト村の端っこ。その奥は山脈。渓谷が続いて──隣国と隔てられている」
地図で示されるとよく分かる。ぎざぎざした国境が、蛇のようにのたくっているのだ。
「うんうん」
「言い換えると、ここは国境付近の村」
「地図で見ると、本当にアイゼンシュタットのすぐそばなのね」
「だから、ここをホテルの候補地にしようという村長の思惑も理解出来る。どっちの客も取り入れられそうだろ」
「そっかー」
「特に要人は、この山脈と平行に抜けて、第三国へ渡ることも可能」
「ええー!そんなこと出来るの……?」
「険しい道だが、やろうと思えば出来る。そこまでする必要のある要人なぞ、王様ぐらいしか心当たりないけど」
「レオンったら……王様が第三国へ抜けることなんてないわよ。城にいるんだから」
「まあ、そうだな」
「そっか……こんなに色んな国が国境を接している場所だったのね……」
ディアナは色分けされている地図を眺めた。そのような土地だったとは、つゆも考えたことがなかったのだ。
「で?貴族には声をかけてみたのか?」
ディアナは頷いた。
「方々に詳細なお手紙を出しておいたわ。きっとここに遊びに来るついでに、建てたい人は建てたいって言いに来るはずよ」
「さすがディアナ、行動が早いな。いい返事があればいいけど」
「なかったら、ロベルト村長が言ってた貴族さんに任せようかしら」
「それがいい。宿泊先の確保が急務なんだろうからな」
レオンは地図を本棚に戻すと、燭台を手に持った。
「日も落ちて来たし……そろそろ寝ようか、ディアナ」
「うん」
新しい家の香りに包まれ、ディアナはコテージを妄想する。
まるでこの辺境に、更に小さな村が出来るみたいだ。
ここに来たばかりの頃、まるで想像もしていなかった景色が見られるかもしれない。
ディアナの閉じた瞳の中に、地図で見た大きな空間が広がっていた。
二週間後。
数台の馬車が、ディアナとレオンの元にやって来た。
イシュタル商会の馬車。
ベルツ商会の馬車。
ドレヴェス公爵の馬車。
そして、マクガレン公爵の馬車。
それぞれが広々とした石交じりの土地に乗りつけ、降りて来る。
最初に降りて来たのはクラウスだった。ディアナは早速彼に駆け寄った。
「あら、マクガレン公爵様。お噂は聞きましたよ、ソフィア様のこと。おめでとうございます!」
「……改めて言われると、何だか照れ臭いな」
「今日は、ソフィア様はお休みなのですね?」
「ああ、来たがってたけど遠慮してもらった。でも、つわりもなく、割にのんびりやってるよ」
「そうですか。でしたら今のところ心配はなさそうですね」
「ソフィアは自然の中で子供を育ててみたいそうだ。別荘を兼ねて、ここに小さな別宅を建てようかと」
続いてドレヴェス夫妻。
「あら、カール様。農作業に目覚めましたの?」
「いや、俺ではなく……カタリナが乗り気でね。あいつは農作業が好きらしい。別荘が欲しいとねだられてしまって」
それから、ベルツ商会のダニエル。
「ダニエル様は何が目的で?」
「ディアナよ、言い方ってものがあるだろう……まあ、アレだ。私の場合は割と部屋数の多い宿をやりたくてね」
「美術品を並べるんですね?」
「それも目的のひとつだが……インテリアのトータルコーディネートを提案するディスプレイにも、うってつけだと思ってね」
「さすがの商才ですわ。私も見習わなくっちゃ」
最後に、言うまでもないイシュタル商会。
「お姉様……」
「うふふ。ついにこの日が来たのね。これでいつでもディアナと一緒にいられるわ」
ディアナはグスタフに顔を向ける。
「グスタフはどんな宿を……?」
「あの山小屋はいつか買い上げるとして……うちも少し規模の大きい宿をやろうと思ってね。六部屋ぐらいのものを予定している」
「あら、結構大きいんですね」
「割と真面目に、終の棲家を考えていてね。いつか子供に家督を譲ったら我々もここに住めたらいいなーと」
そして、大きく出遅れてロベルトの馬車がやって来る──
「ロベルトも来るのね」
レオンが応える。
「区画を確かめに来るんだろう。建物を建てる事業者に、パブスト村から土地を借り上げてもらう形を取るそうだから」
「へー。ちょっと複雑なやり方ね?」
「建物の主が死亡したら、村に土地が返って来るようにするためらしい。戦乱で死亡した人間の土地家屋をどうにも出来ないケースが後を絶たず、各国でトラブルになっているんだそうだ」
「まあ、そんな事情が……」
ロベルトは馬車から降りて来ると、弱ったような決まり悪い笑顔をディアナに見せた。




