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第六章.ディアナのお店と偏屈貴族

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59.物しか愛せないのは変ですか?

 晴れた夏の日。


 じりじりと体を焦がすような日差しに焼かれ、麦藁帽子のディアナとレオンは馬に乗ってリップス村に向かっていた。


 いつも行く宿屋の方向と違う道にそれ、リップス村の中心部に向かう。


 中心部に行くのは初めてだった。


 ディアナ達の住むパブスト村よりは活気がある村である。


 ここには商店街がある。パブスト村はどうしても何もかもが点在しているが、ここは店がいずれも軒を構えて並んでいる。


 久しぶりの快晴におびき出された人々で、商店街はごった返していた。


 ディアナは目を輝かせ、周囲を見渡した。


 人々のざわめき、屋台から漂うファストフードの香り、乱雑に並べられた籠や布の山、ベルベッドの上に並べられた装飾品。フルーツのたたき売りの声。街角に佇む楽団の音色。


「わあ、モノがいっぱい!」


 ディアナの目は様々な色に輝いた。途端に購買欲に火がつく。


「あら、なんて大きな革のポシェット……えっ、真っ白な麻布がこのお値段!?ああ、とっても可愛い手鏡……あら、この籠はまとめ買いでこんなにお得なのね!全部ちょうだい!」


 レオンが、はっしと彼女の首根っこを掴んだ。


「レオン?」

「まさかここまでとは……」

「あら。だって好きなもの買えって言ったのはレオンよ?」

「そんなに買えとは言ってない!」

「でもこれ、私が稼いだお金だから」

「ぐっ……それを今言うのは卑怯だぞ」


 ディアナは籠にめいいっぱい買った品を乗せ、愛馬レギーナの背にくくりつけた。


「レオンも好きなもの買っていいのよ?」

「いいよ、もう……あ、そうだ」


 レオンはある一軒の店を指さした。


「あそこのオムレットが美味しいんだ」

「へー。どんなオムレットなの?」

「卵をとにかく泡立てて、スフレみたいにしたオムレットなんだ。かけるソースが選べるんだよ。ちょっと早いけど、お昼にしようぜ。あの店は真昼になるとかなり混むんだ」


 馬を引きながらその店の前まで来た。


 店の前に、大きな馬車がある。


 ディアナはその馬車をどこかで見たような気がして首をひねった。馬車の中にはさまざまな品が詰め込まれており、御者がそれを守るようにして突っ立っている。


 二人が馬を置いて入って行くと、食堂の奥に見慣れた人影があった。


 ソフィアだ。


 彼女はメイドを連れていた。両者は静かにオレンジソースのオムレットを口に運んでいる。


 ディアナが帽子を外すと、遠くでソフィアもこちらに気づいたようだった。


 彼女はそっと、ディアナに手を振った。


 と。


「相席ですか?」


 込み合う店内でいきなり店員にそう横から話しかけられ、断る時間も与えられなかった。ディアナとレオンはとりあえず頷かざるを得ず、ソフィアの席に案内された。


「ソフィア様、こんなところで会うとは奇遇ですわね」


 ディアナが声をかけると、ソフィアは頷いた。


「今日は何をしにいらしたんですか?」


 続けて尋ねると、ソフィアは真っ赤になってこう答えた。


「買い物です」


 恥じらいながら言うには、説得力がありすぎるあの馬車の有様。


「……かなり村でお買いになったんですね」

「ええ。とにかく私、モノが好きで」


 レオンが怪訝な顔をする。ディアナは彼女の言うことがなんとなく分かる。


「分かりますわ。好きなものが手元にあると、それだけで幸せな気分になりますものね」


 すると今まで表情のなかったソフィアの顔が、光に照らし出されたように輝き出した。ディアナは驚きつつも、何か特別な感情を若き夫人の中に見出していた。


「そ、そうなんです。私、こんなこと言ったらみんなに嫌われるんですけど……ヒトよりモノが好きで」


 暴露するには、いささか刺激的すぎる内容であった。


 ディアナは頷く。ソフィアは理解者を得られたと確信したらしく、ディアナに懇々と語りかけた。


「人って、怖いんです。感情があって、それはいつも動き回っていて、裏切ったり、好意を寄せて来たり。何もかもが流動的で、とても怖いの。でもモノは、黙って私を受け入れてくれる。壊れない限りは、そばにいてくれる。輝いてくれる。私はモノを愛せて、本当に幸せなんです。誰にも理解されないけれど……」


 隣でメイドの少女が痛々しそうに首を横に振っている。レオンもどこか悲壮感漂う眼差しをソフィアに向けていた。が、ディアナは金とモノに遊び明かした商家の子。彼女の言いたいことは痛いほど分かる。


 有り余るモノを手に入れると、その欲はどんどん深まる。しかもそれは普通の人が想像する下卑た欲や執着などでは決してなく、崇高な愛だったりするのだ。危うく人よりモノに愛を注いでしまう瞬間があることは、ディアナ自身もよく知っていた。


「ソフィア様は、モノに愛が深くていらっしゃるのね」


 ディアナがそう呟くと、メイドとレオンは困惑顔になったがソフィアは興奮気味に頷いた。


「そうなんです。だって、モノは皆さんが手間暇かけて、誰かに買ってもらうように仕上げられているんですもの。何よりも心がこもっていて……素直な気持ちがあるんです。私には、モノに託されたその気持ちが見えるんです」


 メイドは更に顔を苦痛に歪めたが、レオンの方はふと毒気を抜かれたような神妙な顔になった。


 ディアナは問う。


「それらを存分に与えてくれる夫を、好きだと思うことはないのですか?」


 ソフィアはこともなげにこう言った。


「買い与えることでしか気を引けない夫を、好きだと思うことはありません。彼は私の心をモノで買おうとしているだけなのです。私がこんな女である以上、しかたのないことだと思いますが……きっと愛人にも、そのようにしているに違いないのですわ」


 ディアナはごくりと喉を鳴らした。リップス村の宿で夫人たちが話していた、自分たちの価値の話がディアナの脳裏によみがえる。


 誰かに採点し続けられた彼女たちは、採点不能なものに確固たる価値を見出せなくなっているのではないか。


(彼女はモノへの価値が重すぎる。だけど、それは彼女自身が自分に価値を見出せないからなんだわ……)


 ソフィアは大人しそうな顔をして、なかなかに難儀な価値観を抱いている。けれど、それを間違いだと一刀両断に出来ないディアナがいた。


 一歩間違えれば、自分もそうなっていた可能性があったわけなのだから。


「だから私、色んなアイデアを形にするディアナさんが羨ましい。私も貴族でなければ、きっと職人にでもなっていたでしょうに」


 そう言って、ソフィアは屈託なくにっこりと笑った。


(貴族でなかったら、職人になっている、か……)


 トマトソースのオムレットを口に運びながら、ディアナは人知れず心のもやもやと対峙していた。


(もしかしたら私がものづくりに傾倒するのは、ソフィア様の価値観に近いからかもしれない)


 ものに愛情深く、何かに全精力を傾けるソフィアの性格は、確かに職人に向いているであろう。ディアナにもその気があった。


(私もレオンと出会っていなければ、彼女のようになっていたのかな……)


 何かをじっと考えているのはレオンも一緒のようだった。


 そんな時。


「ねえ、ディアナさんのお店には、これからどんなものが並ぶの?」


 ソフィアの思わぬ話に、ディアナは顔を上げた。



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