33.百合の花のティンクチャー
一週間後。
事前に摘んで砂糖漬けにしておいた花を用い、ディアナは一気にキャンディ作りにとりかかる。
鉄板を冷まし、キャンディを取り外すのをひたすら繰り返す。
その隣でレオンは村の商店で買って来たディアナ用の麦藁帽に、黙々と裏山の花々の花輪を作って乗せている。
昼前には全てのキャンディが仕上がった。
青とピンクが、籠の中でごろごろと宝石の如く丸く輝いている。
「昼が楽しみだな」
レオンがディアナの頭に花盛りの麦藁帽を被せながら呟く。
ディアナは夏の生花の香りに、自然と笑みがこぼれる。
そう。二人はグスタフから、昼食の誘いも受けていたのだ。
「きっとご馳走だ」
「あんまりがっついては駄目よ。多少エレガントに振る舞うことも心掛けて。お金持ちはそのモノだけを買うわけじゃないのよ。作り手の姿勢や背景まで含めて買うのだから」
ディアナはレオンと共に小屋を出ると、愛馬レギーナに乗って丘を下った。
レオンが笑いながら言う。
「ディアナ、この村に来てから随分アウレール様っぽくなって来ているな」
ディアナはぎらりと目を輝かせた。
「……そうね。ラトギプにいる時は、ただのお嬢さんだったから」
「……今は?」
「レオンのお嫁さん。でも、だからこそ、自分で出来ることは自分でしたいの。私、農民に嫁いで不幸になったなんて絶対思われたくない。お金を稼いで、レオンともっといい暮らしがしたい」
「何だか悪いな。亭主の稼ぎが少ないせいで」
「……そういう風に、あなたに思わせたくないっていうのもあるわ。あなたは財産分与で遅れを取ったけど、それはレオンのせいじゃないもの。不遇を逆手に取りましょう。幸い、畑にならない裏山は花の宝庫だったわ。食べ物ではなく、花で稼ぎましょう。あるものを使うの。父も生きていれば、いずれあの種を植えて私と同じようなことをしたのだろうし」
レオンが背後から無言で彼女の麦藁帽に自らの顎を乗せる。ディアナは幸せそうに笑った。
「ふふふ。それに、新商品だって用意してるんだから……」
「お?そういやディアナ、俺が農作業している間にトマスの所に行っていたそうじゃないか」
「そうね」
「何を買ったか聞いてない」
「アルコールを買ったの。ほら」
ディアナは籠を振って見せた。レオンが手綱を握ったまま中を覗き込む。
「この瓶……の中に入っているのは、百合の花?」
「その通りよ。百合をアルコールに漬けたものなの。ティンクチャーって言うのよ」
「ティ……?ティン?」
「チンキって言えば分かりやすいかしら。しばらく寝かせると、百合のいい香りがアルコールの中に溶け出すの」
「何に使うんだ?」
「化粧水やリネンウォーターなんかにしてもいいけど、お勧めはお風呂ね。お湯に入れると、いい香りが楽しめるわ」
「はー……。俺は一生使わなさそうなシロモノだな」
「そう?ドクダミでもティンクチャー作ったのよ。あれは虫よけになるの」
「え!助かる。虫よけがあったら、夏でももっと裏山の奥に入れるぞ!」
「あと二週間待てば使えるわ。楽しみに待っていて」
丘を抜け、パブスト村を抜け、更に南下する。
リップス村のはずれに、あの温泉宿が見えて来た。
レギーナを降りると、待ちかねていたようにイルザがエントランスから飛び出す。
「ディアナ!レオン!」
「お姉様、しばらくぶりです」
「さあ、すぐに庭へいらっしゃい。もう昼食は出来ているのよ。今日はね、立食パーティなの!」
「へ……?立食?」
ディアナはぽかんと口を開ける。イルザは玄関には入らず、妹の手を引いて裏庭へと促す。
ディアナとレオンはその庭の様子を見て愕然とする。
そこには田舎に似つかわしくない、渾身のお洒落を決め込んだ貴族たちが大挙してやって来ていた。着た切り雀のディアナとレオンは冷や汗をかく。
「な、何これ……!」
「いえね。ダニエルがひと家族の貴族を呼んだら、その周辺がみーんな来ちゃったのよ。全員、極度に暇を持て余しているみたいね」
「あの……キャンディを」
「ほら、今ダニエルの前が空いたわ。早速行きなさいって」
ディアナは貴族たちの間を縫うようにしてダニエルに近づいた。
ダニエルはディアナに気づくと、笑顔でクリスタルガラスの皿を持ち上げて見せた。
「ほら、ここに入れて見せてくれ」
周囲の視線がディアナに刺さる。ディアナは百合のティンクチャーを懐にしまってから、籠の中身を皿にぶちまけた。
庭に降り注ぐ昼の光に照らされて、輝くような花のキャンディが現れた。
その瞬間、貴族女性たちの間からため息がもれた。
「まあ、何て素敵なの」
「ハッカ味です。食事のあとに是非」
「まるで宝石みたいね」
微笑んで見せるディアナに、ダニエルはそっと背後から話しかける。
「……これは、お代だ」
小さな袋の中には、銀貨がぎっしりと詰まっていた。
「こ、こんなにたくさん……?」
「……結婚祝い分も入っている」
「あ、ありがとうございます!」
ディアナは背中が焼け焦げるほど嬉しかった。ずっしりと重い袋に、今までの様々な努力が思い出され、彼女はひっそりと涙をこらえる。
それを懐にしまったところで、女性たちがずらりとディアナに群がって来た。
「あら素敵な麦藁帽子ね。お花がきれいだわ」
「さっきまでその籠に入っていた瓶は何?見せなさいよ」
「この村の女性はずいぶんゆるいドレスを着るのね。楽ちんで良さげじゃないこと?」
ディアナは麦藁帽子を脱ぎ、目を白黒させていた。すると
「皆さま!紹介いたしますわっ」
意気揚々とイルザがその中に割って入って来た。
「この子は、私の妹ディアナ。最近結婚し、隣のパブスト村で農家の嫁をやっておりますの!」
ディアナが戸惑っている内に、女性たちは騒ぎ始める。
「まあ、そうなの!?」
「ハインツの御令嬢が農家の嫁って、どういうこと!?」
「ちょっと、詳しく話を聞かせなさいよ……!」
ディアナは興奮する女性たちに囲まれ、庭の隅へ連れて行かれる。
(レオン……!)
もみくちゃにされながら夫の姿を探すと、彼はビュッフェに向かい、頬を膨らませて黙々とバジルパスタを食べ続けていた。
(こらこらこらー!)
しかしディアナはそれで気持ちが切り替わった。
(い、いいわよ……これはチャンスなの。食事にかまけている暇など私にはないわ!)




