31.花のキャンディ300個
花のキャンディが急にたくさん出来、ディアナは舞い上がっていた。
キャンディひとつではどこか寂し気だったが、ここまで量と形が揃うと、見た目が急にゴージャスになる。
(2~3個なんかをちまちま袋に詰めていては駄目だわ。いちどきに、もっとたくさん入れて売らないと!)
尚且つ、花の色が増えれば更に商品としての価値がぐっと上がるだろう。
ディアナはこの時ほど成金の義兄に感謝したことはなかった。
(金型って、他の形も作って貰えるのかしら……)
ディアナの頭の中でそろばんがバチバチと鳴り響く。と。
「おお、これは凄いな」
レオンとグスタフが手に花を持って帰って来た。
「この可憐で小さな飴も、これだけの量があれば充分に目に映える」
義兄の頭の中にも同様にそろばんが鳴り響いているようだった。
「めいいっぱい貰おう。お代はその鉄板の金型だ」
ディアナは苦笑いする。
「そ、そういうことなんですか」
「ふふん。そうは言うけどな、それ、特注品だから思った以上の金がかかっているんだぞ」
「ところでほかの形の金型って出来ますか?」
「お、さすがアウレール様の娘だ、お目が高い!勿論出来るぞ。但し物々交換が条件だ」
「物々交換……」
「正直に言うと、戦争で造幣局が焼け、市場に貨幣が足らんのだ。私も出来るだけ貨幣を節約しておきたい。そこで親しい間柄の人間には物々交換を申し出ているのだ。ディアナも勿論やってくれるよな?決して損はさせんから安心してくれ」
ディアナは考える。初期投資の相手があのイシュタル商会であるならば、駆け出しの飴売りとしては上出来。乗って損はなさそうだ。
「では、キャンディと物々交換で」
「うむ。ああ、そうだ」
「?」
「私も最近耳に挟んだのだが、戦火が広がっていろんな市街から貴族や富豪がこの田舎に逃げ出して来ていると言う。製品作りも大事だが、君も少し情報収集したまえ。意外な販路があるかもしれんぞ」
そこまで言うと、グスタフは手にしていた花束を自らの鼻に近づけた。百合の花がある。
「まあ、そろそろ百合の季節なんですね」
「ああ。毎年思うが、いい香りだな」
「姉は百合が好きです」
「なんだと……初めて聞いたぞ」
「持ち帰ったらきっと喜びますわ」
レオンがグスタフから花束を受け取り、水びたしの布を巻いて保水する。
グスタフは花束を大事そうに抱えて帰って行った。
夕方になると、ディアナは結婚式のお祝い品から村代々継承されて来た工法のレンネットを見つけ出し、チーズ作りを試みた。レオンの指導を受けて、長々と鍋に対峙する。何度も撹拌と水捨てを繰り返してから鍋底にたまったチーズのもとを布で包み、包みを再び樽底に入れ別の樽で押し込むと、水分がぼたぼたと下へ抜けた。
ディアナは汗を拭う。
「……思ったより大変ね。牛の乳がたくさんあるからたくさん作れる!とか思ってたんだけど」
「確かに家で作れば安上がりだが、買った方が早いぞ」
「いいのよ。ちょっと、やってみたかっただけだから」
「……ご令嬢にはこんなことが楽しく感じられるのか?」
「ふふふ。そうみたい」
レオンは牛小屋の天井裏にチーズ樽を持って上がった。しばらくここで寝かせ、後日塩水に漬けておくと完成するらしい。なぜ牛小屋なのかは彼も分からないと言った。この村では誰しも家畜小屋にチーズを寝かせておくものらしい。
レオンは改めて結婚のお祝い品の数々を覗き込んだ。
「レンネットもあるし、ワイン酵母もある。ビネガーに蜂蜜まで……これは知らなかった……」
「これ、村で代々伝わってるものなの?」
「そうみたいだ。独身者には確実に回ってこない代物だな」
「へー。夫婦になって、ようやく村の一員と認められるわけね」
「ああ。これ、ディアナを助け出さなければずっと知らないことだったなぁ」
「この村は独身者には冷たいのね……」
「……お荷物扱いだな、正直。村の制度にタダ乗りしていると思われているフシはある」
圧縮された小さなチーズを夢見て、ディアナは固くなったパンを削った。
味付けしたマッシュポテトに小麦粉をまぶし、卵液にくぐらせてパン粉をつける。多めの油で揚げ焼きにすれば、かつてハインツ邸で食していたコロッケにそっくりだった。
それが、皿にこんもりと山のように盛り付けられる。
「……美味そう」
「えへへ。次これを作る時は、中央にチーズを入れましょう」
「ディアナ」
「何?」
「愛してる」
「……ゲンキン過ぎない?」
二人は笑って揚げたてのコロッケにさっくりとナイフを入れる。
一方その頃。
リップス村の温泉宿。食卓にはグスタフの持ち帰った百合が活けられている。
食堂には、グスタフとイルザの他にもう一人いた。
ベルツ商会の若き経営主、ダニエル。
幾多の女を泣かせて来た、美術商の美麗な御曹司。
その出で立ちは多くの商会の主らしからぬすらりと均整の取れた体つきで、少し長めの黒い前髪を頬に垂らしている。
父親を早くに亡くしたため、若干25歳にして既にトップの風格があった。
グスタフも食事の席において、いつもとは違った緊張感を漂わせている。
「……急でしたな。まさかダニエルもリップス村に逃げて来るとは」
ダニエルは百合の香りに包まれながら、目の前のライスコロッケにさくりとナイフを入れる。
「戦火が広がり過ぎている。両国とも、ここまで戦況が悪化するとは思っていなかったようだ」
「騎士の家が真っ先に逃げ出したのが良くなかった。街の治安が一気に悪化してしまったのだ」
イルザはダニエルをどこか憧れの眼差しで見つめている。
ダニエルは前髪をかき上げる。グスタフは彼の挙動にいちいちやきもきした。
「ディアナとのことは残念だった。お詫びといっては何だが、商談に一度負けても構わないと思っている。力になれることがあるなら何なりと申し付けてくれ」
そう。グスタフがかつてディアナに探して来た縁談は、このダニエルとの縁談だったのだ。
「そうだな。最近は田舎に引きこもった貴族に頼まれ、美術品に限らず何か美しい品をと日々奔走しているのだが……」
ダニエルはそう言うと、百合の花に視線を向けた。
「……花、か」
「私が摘んで来たものだ」
「そうか。田舎にある美術品といえば、工芸か花くらいしかない。これはイルザ様のために?」
「そ、そうだな。あいつは百合の花が好きだから」
イルザはダニエルに見つめられ、少し赤くなった。
食事が終わると、デザートと共に花のキャンディが運ばれて来る。
ピンクと青の花が閉じ込められたキャンディだ。それを見ると、ダニエルの目の色がふと変わった。
「……このキャンディは?」
「ああ、隣のパブスト村から仕入れたもので」
「!ちょうど良かった。これを300個頼む」
食堂内が静まり返る。
「さ……300……?」
「別の宿に貴族が泊まっている。皆、食うしか楽しみがなくて苛々しているのだ」
「ほう」
「田舎は食材も限られる。何か芸術品に代わる逸品をと探して来たが、ここに来てようやくいいものに出会えた」
富豪ダニエル。
野心にまみれた彼の瞳は、静かにその美しいキャンディに向けられていた。




