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第四章.エディブルフラワーの魔法

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26.謎の青い花

 目を開けるとすぐそこに、レオンの筋肉質の裸体が横たわっている。


 ディアナはそれを惚れ惚れと鑑賞してから、するりとベッドから抜け出し牛舎へ向かった。


「卵、卵、卵が食べたいなぁ」


 火をおこし、鶏からいただいた卵を目玉焼きにする。


 三男から頂戴した赤ワインをフランベし、香草とビネガー、砂糖、塩をはらはらと入れて、キャラメル色になるまで煮詰める。


 目玉焼きにさらさらとその少し高級な手作りソースをかけ、昨夜姉からもらったパンを火であぶる。


「レーオーン!」


 ディアナはレオンをぐらぐらと揺さぶった。


「起きて!朝ごはんが冷めるわよっ」


 レオンはうっすら目を開けると、ディアナをベッドに引き込んだ。


「な、何?」

「もっかい」

「しないわよ!ほら、早く」


 レオンは寝ぼけ眼で床に落ちていたズボンを履き、大きく欠伸をした。


 少し豪勢な朝食。


 レオンは食卓に座ると、静かに瞳を輝かせた。


「どうしたの?レオン」

「いや……朝からこんな食事、男ひとりだとなかなか出来なくてさ」

「そう?今日から毎日作ってあげるわ」


 卵の黄身をほぐし、ワインソースと絡めて白身を齧る。空腹に任せて、パンで黄身とワインソースの混ざり合った皿を隅々まで拭いて完食した。


「あー、美味うまい……」

「あの温泉宿で見たの。うちにあるもので真似出来そうなもの、これから沢山作ってあげる」

「ディアナは本当に、いいお嫁さんだ」

「何?もう一回言って!」

「ディアナはいいお嫁さんだよ」

「あああ……こういうのをやりたかったのよ……」


 ディアナはうっとりと小屋を眺めた。


「どんな豪勢なコース料理より、愛する人との差し向かいの食事。楽しい音楽より楽しい会話。全部、好きなもので囲まれた生活。私の目指した人生が今、ここに完成したのよ!」

「……大げさだな」

「本当よ?今までレオンの手前声に出していなかっただけで、ずっと私、心の中でそう叫び続けてたんだから」

「……そうなの?」

「今度からは声に出すわね。うるさかったらごめんね」

「いいけど、小屋の中で頼む。外でそんなこと言ってたら変人だ」


 ディアナは悶えるように自分を抱き締めると、何度も頷いた。


「あ、そうだ」


 ふとレオンが何かを思い出す。


「もう、藤の季節が終ったんだよ」


 ディアナは窓から山を眺めた。


「あら本当」

「でさ、藤の花のシロップも、おばさん達に売り切っちゃったんだ」

「そうなの」

「他の花でシロップって出来るか?」


 ディアナは首を傾げた。


「そうね。あと見たことがあるのは、薔薇のシロップね。でも、赤い薔薇じゃないと面白味がないの」

「そっか。白い薔薇じゃあ、ただの透明なシロップだもんなぁ」

「色付きっていうのと、香りが強いっていうのが、売れるポイントなのよ。藤の花のシロップは紫色をして華やかだったから、それで売れたわけ」

「ん?ディアナ……」


 レオンは妻を興味深そうに覗き込んだ。


「何だかアウレール様が憑依したようだな」


 ディアナはきょとんと夫の顔を眺めた。


「お父様が……?」

「ああ。王家にどの花を売り込むか考えている時のあの顔と一緒だ」

「そんな時期もあったわね。懐かしいなぁ……」


 それでディアナは思い出した。


「そうだわ。お父様が言っていた、食べられる花ってどうなったかしら?」




 野良着に着替えて小屋を出ると、ディアナは一直線に花壇に向かった。


 ディアナは目を見張る。


 そこには青い花がいくつか咲いていた。


「さ、咲いたわ……!」

「本当だ。ディアナ、スケッチしておいた方がいいんじゃないか?」


 ディアナはスケッチしながら一輪手折り、それを手近な本に挟んで押し花にする。


 ふとディアナは気がついた。


「……ん?この本」

「ああ、俺の本だよ」

「レオンって農民なのに本読めるんだ?」

「おいおい……馬鹿にするなよ。農閑期になると街から先生が来て、青空教室をしてくれるんだ。村の子供たちはその時字や計算を習う」

「へー、知らなかった」

「で、これは詩集」

「詩……」

「詩は農作業の時に口ずさめるからいいんだ」


 ディアナはそのぼろぼろの詩集を見て、何だかこみ上げて来るものがあった。


「いい本との付き合い方ね。素敵……」

「そうか?ここらへんの農民は割にそうしてるぞ」

「そうなの……」

「先生も言っていた。詩はどこにでも持ち出せるものなんだって。作業してても、泳いでても」

「ふふっ。確かに泳ぎながら小説は読めないわね」

「けど、詩なら覚えていればいつでも詠める」


 その時ディアナは思った。


 彼らは物質的には貧しいかもしれないが、何と豊かな生活をしているのだろう、と。


「私も何か覚えようかな」

「……いいんじゃないか?」


 本の間に挟まれた花が、少し香ばしい匂いを周囲に漂わせ始めた。


 ディアナはそれに気がつき、青い花をもうひとつ畑からつまんで齧ってみた。


 ふわりと花の香りが鼻に抜けた後、辛味がやってくる。不思議な味だった。


「辛くていい匂いの花か……」


 ディアナは記憶を総動員した。


 その時脳裏によみがえったのは、子供の頃にもらった外国製の小さな飴のこと。


「そうだ。この花の味、ちょっとハッカに似てるんだわ」


 ディアナは花をくるくると風車のように回しながら、じっと思案した。

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