24.ディアナ様を愛しています。
レオンとディアナはグスタフの指示ですぐさま宿に引き入れられ、食堂に通された。
グスタフは椅子に座るなり、不機嫌そうに恋人たちを交互に睨んだ。イルザはどこか興味深そうに、妹たちを見つめている。
「座れ」
三人はそれを合図に座った。
「……どうするんだ?一体」
グスタフは恋人たちではなく、いきなりイルザの方に疑問をぶつけた。
「妹君が農民と恋に落ちたなんて初耳だぞ!先に言っておくが、君の父上のハインツ商会は王室から資金を回収できず、もうじき没落する。だが君の顔を立ててディアナに美術商との縁談を仕入れて来たのだ。だのにその結果が、コレか?全て徒労ではないか!」
ディアナとレオンはうつむく。
イルザは、つと顔を上げた。
「一家の没落と、縁談の準備と、この二人が愛し合っていることとは、何も関連がありませんわ」
グスタフは片眉を上げた。
「ん?何が言いたい」
「ほら、ディアナ。あなたの口から──」
イルザが促す。ディアナは居住まいを正し、今までのことを説明しようと試みた。
その時だった。
「私から説明させて下さい」
唐突にレオンが割って入って来た。グスタフは意外な展開だったらしく身構える。
「私は、ディアナ様を愛しています」
ディアナはそれを聞くや、口を開けたまま赤面した。レオンから愛の告白をはっきりと聞いたのは、これが初めてだったのだ。
「ディアナ様を助けに行ったのも、ずっとお慕いしていたからです。家に連れ帰ったのも、何も期待がなかったと言えば嘘になります。だから、お嬢様を責めないで欲しいんです。全部私の責任です」
イルザも、この寡黙だった庭師が急にそんな話をし出したので目を白黒させている。
「自分ごときでは幸せに出来ないと思い、一度はイルザ様のお迎えを機に、お嬢様とお別れする決心をしたのですが──」
ディアナは胸を詰まらせ、しきりに目をこすった。
「泣いていると聞かされたらいてもたってもいられなくなって、迎えに行かなければと……幸せを願っての行動が結果的にディアナ様を悲しませているのだとしたら、不幸にしているのと一緒ですから」
レオンのどこか無垢が過ぎる話しぶりに、グスタフも少し赤い顔をして後頭部をぼりぼりと掻く。
「……君の覚悟はよく分かったよ。で?君はこれからどうしたいんだ?」
レオンははっと我に返ると、ようやく今までの独白に羞恥心を覚えたらしく、顔を赤くして呟いた。
「……ディアナ様と、一生、共に暮らしたいです」
「ディアナはどうしたい?」
ディアナは涙をぼろぼろこぼしながら答えた。
「私も、レオンと暮らしたい」
グスタフは頷いた。
「まあいい。ディアナの好きなように生きろ。私にそれを止める権利はない。ただ──」
商会の若き次期経営主は妻イルザをちらと横目に見てから、視線を義妹に戻した。
「そうなれば、我々はもう他人だ。ディアナ。イルザには今後、一切近づかないで貰いたい」
その場にいる全員が耳を疑った。
「……お姉様に!?」
「そうだ。君がレオンと結婚ということになれば、君はそちらの嫁になるのだろう?農民は横の繋がりが強い。君がイルザと繋がっていると、貧民から金の無心が来ることは容易に想像できる。また、ディアナの親類を騙って利益を得ようとする輩が出るかもしれん。そんなつまらないことでこちらの評判を下げられたら、たまらないからね」
イルザは凍りついている。
ディアナは憤然と抗議した。
「私たちは金の無心などしません!」
「君の周りがどういう連中なのかはこちらも想像しようがない。だから先手を打たせてもらう」
「私と姉は、もうお互いしか肉親がいないのです。それを引き裂こうなどと」
「そんな意地の悪い受け取り方をするな。これは単なるリスク管理だ」
「リスクですって?リスク管理より大切にしなければならないものが、この世にはあります!」
「君にとってはそうかもね。しかし私にとっては、このことはリスクでしかないのでね」
レオンはぽかんと金持ちの喧嘩を眺めている。
イルザが口を開いた。
「あの」
グスタフが妻を見る。
「何だ、イルザ」
「妹との縁を切るくらいなら私、あなたの妻を辞めますわ」
場が凍りついた。
「え?は?」
「私は、ずっと我慢をして来ました。私の婚姻は、我慢のみによって成り立っていたのです。その我慢は、全てハインツ商会、ひいては私の家族を守るための我慢でした。しかし……」
微笑みを絶やさないはずのイルザの顔から表情が消え、彼女はきっと眉を吊り上げる。
「私から家族を取り上げるのであれば、その我慢も意味がありません。今ここで、私ごと関係を切り離して下さい。私はあなたを捨て、ディアナについて行きます!」
グスタフは真っ青になった。
「ま、待て」
「二年という短い間でしたが、大変お世話になりました」
「そ、そんな……君は私のことを愛していないというのかっ!?」
それを聞き、ディアナとイルザは同時に毒気を抜かれた。
「──は?愛?」
「イルザ、君は私をどう思ってるんだ!」
すがりつくような視線で問う夫に、イルザはこう切り捨てた。
「別に……単なる結婚相手だと」
「では、日々の微笑みは何だ?夜だって懸命に愛してくれたじゃないか!」
「それは、妻としての務めですから」
「務め!?」
「はい、両親からそのように教わりましたから。嫁ぎ先に失礼のないように、と」
「では君は、失礼にならないように私の相手をしていたと……」
「そういうことになりますわね」
グスタフは抜け殻のように生気を失い、椅子の背にもたれた。
「……馬鹿な」
「ディアナ。しばらく私も山小屋に泊めてくれる?行く所がないの」
「いいわよ。床に寝ることになるけど大丈夫?」
「大丈夫よ」
「待て待て!!」
グスタフが半狂乱で割って入った。
「たっ、頼む、行かないでくれ!」
「だってもう、ここにいる意味がないですもの」
「一旦落ち着こう!な?」
「私は落ち着いております」
「うぐぐぐ」
グスタフは頭を抱えた。しばらくそのまま震えていたが、彼は何とか自身を落ち着かせ、顔を上げた。
「え……縁は切らなくてもよい」
「あら、本当?」
「ああ。ただし。大金がディアナやその親族に動いた形跡があれば、その限りではないぞ。つまり姉妹の行き来は許すが、金の移動は禁止させてもらう。これでどうだ」
「うーん、どうかしらディアナ」
「いいわ。私、お姉様に頼らずにやって行くつもりだったもの」
「……ディアナ」
姉妹は立ち上がると見つめ合い、互いの両手をぎゅっと握りしめた。
レオンはしばし呆気に取られている。
グスタフは真っ青になったまま、両の手で自身の顔を覆った。




