21.思いがけない訪問者
風呂から上がったらディアナは新しいドレスに着替えさせられ、髪も結ってもらう。
イルザはどこか空々しいくらいに騒ぎ、妹のためを装ってはひっきりなしにご馳走を持って来た。ディアナはそれを眺めながら、かつて自分がしていた贅沢を思い出す。
何も楽しくない。
グスタフの手紙は二週間前に出されたものだった。そこに書かれていた日付を見るに、今週中には帰って来そうだった。
グスタフとは式以来、一度も会っていない。
あのような豪勢な式を出してもらっても、姉は満足できないのだ。何不自由なくやっているだろうと思っていただけに、彼女の不満げな顔には驚かされた。
ディアナはふと壁を見上げた。
レオンの作ったフラワーリースがそこにある。
ディアナは宴席を人知れず離れると、自室のベッドに身を投げ出して泣いた。
一週間後、グスタフが村の宿屋に帰って来た。
イルザはディアナを伴って、大勢の使用人と共に彼女の夫をエントランスで出迎えた。
グスタフのお出ましにイルザは微笑んで見せたが、彼が通り過ぎると彼女は笑顔の彩度を落としてディアナにすぐさま飛びついた。
「お勤めはここまでよ。さあディアナ、外に出てお散歩にでも行きましょう」
ディアナは苛々した。
「私、出たくない」
「あら、どうして?」
イルザにそう問われた、その時だった。
ディアナはどきりとして、目をこする。呆然としてから、今度は頬をこする。
おかしい。何を考えるでもないのに、涙が止まらなくなっている。
「……ディアナ?」
イルザが覗き込んで来て、ディアナは首を横に振った。
「どうしたの?体調でも悪いの?」
「……」
「あら……じゃあ今日はお部屋で寝てなさい。また夕方になったらお茶とお菓子を持って行くわ」
イルザはお茶とお菓子で妹の機嫌が直ると思い込んでいる。二年前の妹は、確かにそれで機嫌を直したかもしれない。ディアナはそのすれ違いにも苛々していた。
部屋に戻り、窓を開ける。
ディアナはふと、二階から裏庭を見下ろした。
そこに人影がある。
「……レオン?」
ディアナは目を凝らす。栗色の髪、筋肉質の背中。背格好が一緒だ。まさかと思い、胸を高鳴らせて階段を駆け下りる。
だが裏庭に降り、ディアナは目を疑った。
彼女の足音に気づき、振り返ったその男は。
「ん?お前、ディアナか?」
「ゲっ……ゲオルグ……」
似てもいるはずだ。レオンの兄なのだから。
ディアナは焦ってゲオルグに背を向け走り出した。宿の正面口から入り直そうとしたその時。
「あらディアナ。やっぱり散歩に出ることにしたの?」
今度はそこからイルザが出て来たのだ。ゲオルグは不思議そうにこちらに歩みを進めて来るし、姉はうきうきでやって来るしで、ディアナはパニックに陥った。
「私、や、やっぱり部屋に……!」
「ディアナ。お前、こんなところで着飾って何をやっているんだ」
ゲオルグの不遜な物言いに、イルザは向こう側から怪訝な顔で抗議した。
「ちょっと粉屋さん。口の利き方がなってませんわよ。彼女は私の妹、ディアナ。ハインツ商会の令嬢よ。よーく覚えておいてね!」
ゲオルグは少し眉をひそめ、妙に着飾ったディアナを見下ろした。
「ハインツ……ディアナ……」
彼は何かに気づき、舌打ちをする。
「ほう、そういうことか」
ディアナは真っ青になる。
「これは一杯食わされたな。どういうつもりであんな壮大なイタズラを仕掛けたんだ?」
ディアナは震え出す。イルザは異変に気づき、妹に寄り添った。
「ああ、泣かないでディアナ。あの粉屋さん、初めて会ったらびっくりするわよね?ちょっと怖い顔で、態度も大きいし、変わってる人なの。この宿に小麦粉を卸してくれる取引先さんよ」
意外な事実に内心驚きつつも、ディアナは恐る恐るゲオルグを見上げる。
ゲオルグは珍しく笑っていた。
「なるほど。やはりあの山暮らしはさすがにご令嬢には堪えたか」
ディアナはうつむく。
「レオンは身の程知らずだな。あいつがどの兄弟をも差し置いて真っ先に嫁を貰うだなんて、おかしいと思ったんだよ」
ディアナは顔を手で覆うと、しゃがみ込んで泣き出してしまった。
「当然の結果だ。じゃあこれでお別れだな、ディアナ。あっちでも元気でやれよ」
イルザが共にしゃがみ込んで、背中をさすってくれる。ディアナはその手をはねのけてすっくと立ちあがると、急に何もかもが嫌になって叫んだ。
「大っ嫌い!」
ゲオルグとイルザが同時に面食らう。
「みんなみんな大っ嫌い!高慢なイルザ、皮肉屋のゲオルグ、私を突き放したレオン……」
ディアナは天を仰いで泣き叫ぶ。
「みんな大嫌いなんだからああああ!」
涙が溢れて止まらない。イルザは顔色を失いおろおろしているが、ゲオルグは少し考え事をしている。
「ん?レオンが突き放したのか……?」
イルザが隣の鉄面皮を振り返る。
「あの子、山小屋を出てからずっとあの調子でふさぎ込んでいて……粉屋さん、何かご存じですの?」
ゲオルグは答えない。
使用人がぞろぞろ出て来て、涙にくれるディアナを宿に引きずり込む。村の一角に間借りしているに過ぎないよそ者の彼らは、面倒ごとをなるべく村人に見せるわけにはいかなかったのだ。
自室に押し込められ、面倒そうに扉が閉められる。
ディアナはベッドに突っ伏し、声が枯れるまで泣き叫び続けた。




