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第二章.結婚式

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16.パブスト村の事情

 思いのほかしっかりと唇を吸われたので、ディアナはもうレオンの顔を見られなくなってしまう。


(照れ屋なレオンのことだから、もっとついばむようなキスだと思ってたのに……!)


 レオンの腕が、ディアナの腰砕けになった背中を支える。


 二人から牧師が離れ去ると、彼はいたずらっぽく彼女の耳元で囁いた。


「……お疲れ様」

「何よレオンったら手慣れてるじゃない。どうせ女の子とキスしたことあるんでしょ!」

「それはないって……神に誓って」


 少しむくれているディアナを、レオンは困惑の表情で見下ろしていた。


 と。


「今日はおめでとう、新郎新婦さん」


 でっぷりと太った初老の白髪男性が、のしのしと二人の前に現れた。男性は新婦に手を差し伸べる。


「……この村の村長だ」


 レオンに耳打ちされ、ディアナは慌てて男性と握手する。


「私はこのパブスト村の村長、ロベルトだ。戦火からの脱出、大変だったでしょう」


 パブスト村。ディアナはようやくこの村の名前を知って、市街地ラトギプからの遠い道のりを知った。


「いいえ。レオンが助けてくれたので、大変というほどでは」

「そうかい。いやー、それにしても綺麗なお嫁さんだ。若い女性の少ない村だからその行く末を考えると、村長としても嬉しいよ。若い人はひとりでも多い方がいいからね」


 ディアナはそれを聞いて、広場を見渡した。


 確かに若い女性の姿がほとんど見当たらない。いるとしたら、幼児か中年女性だ。


「そうだレオン。早速だが、君に頼みがあってね」


 村長が話題を変え、レオンは顔を上げる。


「頼み、ですか?」

「君は庭師をやっていただろう。このお嫁さんが被っている花冠のようなね、リースを作って欲しいんだ」

「……いくつ、入用で」

「六つだ。明後日に出来るか?」

「出来ます」

「明後日の夕方に人夫に取りに行かせる。代金も、その時引き換えで渡そう。ひとつにつき、銀貨一枚だ」

「はい。ところで、何に使うんですか?用途によっては使えない花もあるので」


 村長は周囲をはばかるとこう答えた。


「隣国から逃げ出した、貴族や金持ちたちのためだ。彼らは我先に市街地を脱出し、安全な郊外に逃げおおせている。田舎に引きこもっても生活の質は落とせないらしい。どうしても生活に花が必要だと、こっちに要請が来たものだから」


 呆れたような口調の村長だが、ディアナにはその貴族たちの気持ちがよく分かる。


 急に落ちた生活の質。ディアナは愛するレオンのそばにいられるからそれも耐えられるし受け入れられるが、そのようなオプションもない彼らには、質素な田舎暮らしは耐えがたいのだろう。


「分かりました」

「じゃあ、頼むよ。お嫁さんも、よろしくね」

「はい!よろしくお願い致します!」


 村長はワインを求めて去って行く。すると、


「ディアナさんっ!」


 村長が去ったところで、いつも温泉小屋で物々交換をしている面々がやって来た。彼女たちはディアナを囲むようにして、レオンから引き離す。


「ちょ、ちょっと……」

「まあまあ、今日ぐらい、いいじゃないの。亭主なんか、どうせ毎日顔を合わせるんだからさぁ」


 おばさま方はゲラゲラ笑って、ぐいぐいとディアナの背中を押しやった。レオンは少し心配そうにこちらを眺めている。


「で、あれからどうなの?もう親族で挨拶は済ませたんでしょ?」


 ディアナはおばさま方の圧から逃れることが出来ない。


「は、はい。まぁ……」

「じゃあ、聞いたでしょ。レオンの不遇な人生」


 ディアナはうつむいた。


「結婚し立てのお嫁さんにこんなこと言うのも何だけどさ、特にあのゲオルグには近づかない方がいいよ。あいつは根っからの乱暴者なんだ。口が立たないから、人を殴るのさ。レオンのいじめ方なんか、半端じゃなかったよ。死んだ親父さんと一緒のタイプだね」


 やはり、そうなのだ。親族を信じたい気持ちもあるが、ディアナよりよっぽど彼らと関わった年数の多い彼女たちがそう言うのだから、間違いないのだろう。


「だから私達、せいせいしてるんだよ。レオンにこんな可愛いお嫁さんが、どの兄弟より先に来たんだもの」

「あいつら、絶対内心くやしがってるよ。何か嫌がらせされるようなことがあれば、私らに言いなよ」


 ディアナは頷きながら、どこか上の空でゲオルグの背中を探す。


「……あれ?あの子」


 おばさま方が少しざわついた。ディアナも気がつく。


 珍しく、若い女性の姿がある。ワイングラスを持った、ウェーブがかった黒い髪の、少し陰のある美女。彼女が、ゲオルグに何か話しかけられている。


 と、黒髪の女性がゲオルグの顔面にいきなり赤ワインをぶちまけた。ディアナはびっくりして目を見開く。


「やだぁ、ラウラじゃないか」


 おばさま方のひとりが言う。


「久しぶりに見たねぇ。耳を病んで聴力を失ってからずっと引きこもっていたのに、今日は出て来たんだね?」

「ラウラはそういうところがあるね。普段は出て来ないけど、祭りがあると、吸い寄せられるように出てくるんだよ」

「基本、かまってちゃんなのよね」


 ディアナはその陰のある美女が走り去って行くのを見た。そして、ゲオルグが何かを諦めるように服を脱ぎ出すところも。そのゲオルグの瞳がふと悲し気に曇るのを見て、ディアナは唾を飲み込んだ。


(へー……あの鉄面皮でも、あんな顔するんだ)

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