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第二章.結婚式

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12.長男ゲオルグ(常に不機嫌な男)

 三日後。


 レオンとディアナは愛馬レギーナに乗って、なだらかな丘を下っていた。


 行き先は村の中心部。


 レオンの長兄、ゲオルグの屋敷に交渉のため向かっているのだ。


 温泉地を抜けしばらく歩くと、森や草原が見えて来た。点在していた家も、徐々にその数を街道沿いに増やして行く。


 馬の手綱を手にしながらレオンは言った。


「結婚式を餌に援助を引き出そうなんて、ディアナは普通の女じゃないな」

「あら、そう?絶対にこちらが損したくないってだけよ」

「……その……今更こんなこと言いたくないんだが」

「?」

「俺はなるべく肉親との接触を避けたいんだ。交渉とか言うのも、正直したくない」

「大丈夫!私がするから!」

「そういうことじゃなくて」


 レオンは腕の中のディアナの耳元で囁く。


「ディアナを村のあれこれに関わらせたくない」


 ディアナは身を固くして、背後のレオンの声色に全神経を集中させる。


「たまに忘れそうになるが、ディアナはこんなところにいるような身分の女ではないんだ。いずれは地位の高い大富豪の奥方になる。姉上のイルザ様のように」


 彼女はため息をつくと、こう言った。


「……私、嫌だな。そういうの」

「……」

「好きでもない男の人と一生添い遂げなきゃいけないなんて、絶対に嫌」

「……」


 けれど、ディアナはそれ以降の話をするのをためらう。


(レオン、あなたが好きだからずっと一緒にいたいの)


 のどまで出かかったその言葉を胸に押し込める。


(そう言えたらいいのに……)


 言えないのは、内心どこかで分かっているからだ。


 レオンには、その気がない。


 恐らく、本心を告白してしまえば全てが終ってしまうだろう。レオンの生真面目な性格からして、遠ざけられ、会話もしてくれなくなるに違いない。父アウレールに恩義を感じているなら尚更だ。ディアナの幸せのためだとか何とか言って、逃げ回られる未来が見える。


 けれど、だからこそ。


「私、レオンがこのまま悲しい思いをしながら村の辺境で暮らすと思うと、耐えられないの」


 置き土産ではないが、彼を何とか今以上に幸せにしてあげたいのだ。


「勝手なのは分かっているわ。でも、少しでも悲しみを取り除きたい。あなたは命の恩人だもの、今度は私が助ける番なの」

「……ディアナ」


 そう名を呼ぶ彼の声に、少し熱が入った気がした。


 ディアナはくらくらと幸せに酔いしれるが、切なくもなる。


(レオンがもっと不真面目な女たらしだったら良かったのに)


 ディアナは人知れず喉の奥を震わせた。


(そしたら、さっさと手を出してくれていたかもしれない。不誠実でも、そっちの方がよほど楽に彼を諦め切れたかもしれないわ)


 ありもしないもしもの話をでっち上げ、勝手に喜んだり悲しんだり、ディアナは自分を本当に滑稽だと思った。


(滑稽なら滑稽なりに、踊り狂ってやるわ。見てなさいよ……ゲオルグとやら)


 馬と共に村中心部に入ると、痛いほどに視線が刺さった。皆、珍しいディアナを見上げているのだ。


 ゲオルグの屋敷は、村を更に下った広大な麦畑の中にある。


 思ったよりも、大きな屋敷だった。ぽつぽつと小作人の姿が見える。大農家のようだ。


 麦の穂は、青から金に代わる青銅色の頃。風が可視化されるように、麦穂がいっせいにたなびく。


 馬は麦畑の中央の道を、さくさくと踏みしめながら進んだ。


 屋敷の前に、既にフリッツの姿があった。


 馬を降り、杭に繋ぐ。


「心配で、待ってたんだよ」


 乙女のようにそう言って、フリッツはディアナ達を出迎えた。


「一緒に行くよ。こっちだ」


 三人は屋敷に入り、フリッツの案内でゲオルグの部屋に入った。


 ゲオルグはテーブルに着き、既に人数分のワインを用意して待っていた。


 ディアナは彼を見て、少し息を呑む。


 とんでもなく神経質そうな、底知れない怒りを秘めているような灰色の瞳。レオンに背格好がよく似ているが、どこかひりついた肌質を纏っている。


 しっかり首元まで閉められたスタンドカラーの野良着が、その神経質さに拍車をかけていた。


「……こ、こんにちは」

「座れ」


 ディアナの元気な挨拶も、この男の前ではどこか空しい。彼女はそっと椅子に座った。遅れて、レオンとフリッツも座る。


「ハンスとトマスも来る」


 ぶっきらぼうな言葉遣い、気難しい顔。ディアナは今まで出会った商人たちの記憶を総動員した。


(この人は根底に大きな怒りがあるわ。やっぱり、お母様を亡くしたことと関係あるのかしら)


 レオンは長兄から視線を外さない。フリッツは困ったように下を向いたままだ。


 しばらくすると、次男のハンスと三男のトマスがやって来た。


 ハンスは意外にも、物腰の柔らかそうな眼鏡の青年だった。ひょろっとしていて、男らしい出で立ちの他の四人とあまり似ていない。ディアナを見つけると、頬を染めて目で会釈する。ひとりだけ毛色が違うなぁ、とディアナは思う。


 沈黙の中、祝福の気配もなくゲオルグがディアナを睨み、口を開く。


「フリッツから話は聞いたぞ。式をしたいなら物資を寄越せとはどういう了見だ」


 突然の宣戦布告である。


 レオンは殺意にも似た目線をゲオルグに送っている。


 ディアナは腹を決めた。


「寄越していただけないなら、式は致しません。これで帰ります」


 ポーカーフェイスと思われたゲオルグの額が、ぴくりと動く。


 ディアナは無表情で、長兄を平然と睨み返した。

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