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【続】04 ダブルスタンダード滅ぶべし 2

 おっといけない。

 出てはいけない声が出た。

 

「なんて、おっしゃられました……か?」


 ついつい変なイントネーションになってしまったが、この『遺憾の意』は伝わっておりますでしょうか?


「平民だろう、君は。平民と王族の結婚は認められているだろうがやめておけ。この国は一夫一妻だろう。後々権力争いに負ける、やめるべきだ」


 馬鹿な……伝わっていない、だと……?


 よくわからん前提で話が進んでいるが、とりあえず「へぇ」とあかべこよろしく首を揺らした。


「二つ目だ」


 ぴ、と優雅に建てられた二本の指。

 へし折ってやろうかと思うほどのしなやかな指がピンと前に出される。

 なんでだろう。

 腹が立つレベルで顔がいいぞ。


「聖女の居場所を教えろ」


「は?」


「これはお願いではない。平民である君に拒否権はない教えろ」


「ええ……」


 とんだ暴君じゃねぇか。

 

「それを聞いてどうするんです?」


「君が聞いてどうする」


「拒否権ないんですよね?なんだか知りませんけどさっさと用件教えてください。答えるんで」


「は? だからなぜ君が用件など……まさか、君が聖女だと……?」


 クソ腹たつ二本の指が震えながら下がっていく。驚愕する顔も美しい。物言いは完全にパワハラ俺様だが、残念なことに顔がいい。


「存外頭も良いみたい……ですね?」


 そう言えば、「ははは」とゼフ殿下が笑う。


 思わず出てしまったような笑みを浮かべて、ふらりとよろけた。


 眼光が鋭く光る。 

 あ。


 そんなことを頭の中で呟き、口からでるまでの間に、首筋に冷たいものが真正面から当てられる。


 冷たい鉄の温度と、ちくりと皮膚を裂く痛みに、喉元にナイフが当てられている事に気がついた。ナイフから、視線を上げると、ゼフ殿下にピントが合う。


 にやけた余裕の表情は一変し、肩を上下させるほど荒い息をし、興奮したゼフ殿下はあっという間に、彼の長い髪がぶつかるのではと言うほど近くまで来たかと思うと、その鋭い眼光で私を睨んだ。


「聖女は恐ろしいほどの力を持つと聞く……その力を私にくれないか」


「なんで」


 純粋な疑問だが、それがいけなかったのか、グゥ、とゼフ殿下の喉がなる。


「聖女ならば、その力を必要とする者に与えるのが道理だろうっ……!」

 唾が飛ぶのも気にせずに、随分と横着な答えが返ってくる。

 ええ、ええ。

 それで?


「聖女ならば、俺に力をよこせ……!」


グッと首に当たるナイフは切れ味は良くないのか、その鋭さよりも硬さで喉が痛んだ。

 

 またポジショントークですかね?耳タコ。妙に興奮しているゼフ殿下で腕を掴むと、聖女パワーを腕に込める。力をこめれば、ぐあ、と小さくゼフ殿下が呻いてナイフは床に転がった。


 「なっ!?……っ!」


 驚愕の表情が私を見る。

 驚きと、恐れと焦りが入り混じり、彼の艶やかな長い髪が肌に張り付いて、彼の焦りが透けて見えた。


「……はぁ? 嫌なんですけど?」


「なっ! ひえっ!?」


 掴んだ腕を思い切り突き飛ばせば、柔らかなソファに殿下が沈む。体勢を整えようにも、ふかふかの贅沢なソファとクッションがそれを許さない。


 ソファから起き上がる前に、不敬を承知で彼の胸ぐらを掴み上げてソファに押し込んだ。

 すぐ目の前には、美しい顔が苦しさと恐怖で歪んでいる。

 

「聖女聖女って、それしか言えないの?脳筋なの?別に聖女の力は万能じゃないのよ。脳死で頼るの辞めてもらって良いかしら?」


「っは……く、しかし……俺は、力を得て継承権を……! 国を良くしたいんだ……っ!」


「だから何? 聖女の力なんか当てにして、恐怖政治でもしようって言うの? 権力で黙らすわけ?」


 ひぐ、と声が漏れる。

 大きく見開かれた目が、グラグラと揺れて動揺が伝わってくる。しかしだからといって私には関係がない。


「お、俺は! 王になりたいんだ……! あいつら、兄達の力の振るい方は暴力だっ……!だから、俺が! お前の力で俺は!」


 フラッシュバックする兄からの暴力、権力で押し潰される言動、そして。


 って感じなんだろうか。


「バカか?バカなのか?」


「な」


「そんな力で支配した政治が今まで上手くいったと思うの? どこの世界の暴力独裁政治は数年で下剋上されるものなのよ!わかるかしら?お馬鹿さん」


「ひ」


「何故私が聖女だと言いながら暴力で支配できると思ったの?私が非力だとなぜ思うの?あんたなんか一捻りできるわよ」


「ぐえ」


「力でなんとかしようとしないで、よく考えなさい。それでダメなら」


「だめ、なら……?」


 捻り上げた手首が痛むのか、涙が浮かんだ瞳が私を見上げる。しかしその瞳は、私の言葉に対してまるで救いを求めるようだ。


「……聞きなさい。どうすればいいか。何か国のためにできる事はないか、何か自分が一番になれないか。そして聞いてもらいなさい。国民に。自分がどれほど国を愛し、守りたいか。守り方も成し方も色々あるのよ。道が一つしかないものなんてないわ」


「聞く……」


「意外と支持されるかもしれないでしょ。手始めに、私と外交ごっこしましょう」


「外交ごっこ……?」


「そう。いろんなものを輸入しあって、美味しいお菓子や料理を開発するのよ。コラボってやつね。料理人を交換するの」


 どう?と聞けば、彼の形の良い口がハクハクと動いて、こくこくと小さく頷いた。


 私があなたの国の料理やお菓子が食べたいだけ、だなんて言えないが、きっとすぐにアーチやランティスにバレるだろう。「それトキの欲望が八割ですよね」なんて幻聴が聞こえてくるようだ。散れ散れ!


「私もフロルド殿下や国王陛下にお伺いをするから、貴方も、しっかり権利をもぎ取って来てよね。プレゼンの指導なら話を聞いてあげてもいいわ」


「聖女、さま」


「やめてって! 聖女だから〜とかすっごい腹立つの。考えてから物を言いなさい! トキって呼んでね」



 ふふ、と微笑めば、ゼフ殿下も釣られて笑顔になった。

 うん、シンプルに顔が良い。


 ——ドンドンドン


 強めのノックと共に「話は終わったか!?」と焦ったような声が部屋の中に届いた。


 そうだった。何分たった?5分?

 今にも入って来そうな声色に、ハッと今の自分の位置を確認する。


 一、目の前に男前。

 二、壁ドンならぬソファードン


 あかん!

 痴女や!!!


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