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【続】01 Wi-Fiが無いなら会社に来れば良いじゃない。

章をつけましたが、番外編として読んでいただければと思います。

 それは夜が更ける頃合い。


 昼間とは違い、肌を刺すような寒さと地上を真っ黒に染める闇が、ぬるぬると迫って来るその狭間。

 とろけたような太陽が、大地に抱き抱えられるように沈みゆく時間帯に男が二人、豪奢な絨毯の上で胡座をかいている。

 片方は馴れないのか、ぎこちなさそうに腰を降ろし、スパイスのたくさん入ったワインを片手に唸っている。聖の国の王子であるフロルド第一王子だ。

 あと数ヶ月もすれば自国に帰らねばならぬという時期に差し掛かり、仲良くなった友人の家に来ていたのだ。

 向かい合う形でゆったりと大きなクッションに体を預け優美な仕草でワインを楽しんでいるのはフロルドの留学先で意気投合した男、友人であるゼフだ。


 漆黒の髪を肩に垂らし、しなるように垂れ下がった目尻は妖艶である。

 女好きのする整った顔立ちはすれ違うものが皆振り返るほどの美貌だ。顔の下についている肉体が筋肉の塊でなければ惑わされる男も多いだろう。が、しかし生物学上ゼフは男である。


 褐色の肌は日に焼けてついたものではなく、元々の人種故の色らしい。

 この肌の色は自分の国では見かけないため、フロルドははじめ大いに驚いた。


 それが失礼な行為であると気がついた時には遅かったが、ゼフは特段気にしないようで、フロルドの世話を買って出た奇特な青年だった。

 後に砂の国の第三王子殿下である、という事を本人の口より聞いたが、世話焼きである部分以外は特段驚くこともなくフロルドは受け入れた。

 所作の美しさ、博識で聡明。民の事を考えているような言動がごくたまに現れる。

 第三王子というのも納得だった。


 ポロリと口からこぼす兄君達への心配事は政治的な見解が多く、父王からその息子へ権力が移った時の事を考えると、頭に石が落ちるようだとよくうわ言のようにこぼしていた。


 これを隣国の王子である自分に漏らす少々迂闊なところも第三王子という属性のせいだとフロルドは思った。

 

 王族の人付き合いを留学前に叩き込まれた事と、聖女ユナの件で、盲信、盲目、油断、迂闊さは身をもって体感している。

 その恐ろしさを知っているが故に、少々耳が痛く感じた。


 しかし他所の国に友人として物申せるほどの立場にいない事も重々わかっていたので聞かなかったふりをし続けている。現王は彼の父上であり、彼が批判する兄君達を王にしようとしているお人なのだから。


 フロルドの留学先である砂の国は昼間は暑く、夜間は驚くほどに冷える。


 ひんやりとした大理石の床に分厚い絨毯を敷き詰めて、パチリパチリと火花を散らす暖炉の側で惜しみも無く曝け出された肌、というアンバランスさはその気温の変化のせいだろうとフロルドは理解した。これは文化の違いである。国の外へ出れば、そういったものが存在する事を目で見て自身の頭で考え、理解した。



「で? あと数ヶ月で自国へ帰るんだろう? 愛しのレディから返事は来たのか?」


「来た……けど、本から引っこ抜いたような文章だった」


「脈なしか。まぁ、頑張れよ」


「くっ」


「詳しくは聞かないが……そのレディが平民ならあまり構ってやるなよ……婚姻を結びたいなら無理強いだけはするな、後々拗れる。うちの父上と母上がそうだからな」


「ううう」


「恋敵がいるのか?」


「い……いる、それもかなり居る…数えたくない」


「うわ……どんな美女だそれは、興味がでた」


「やめろ! 彼女は顔の良い男に弱いんだ、お前が来たら困る……!ただでさえ私が聖女にうつつを抜かしていた姿も見られている。友人に思い人を掠め取られるなんて……!」


 恥、絶望だぁ、と顔を覆うフロルドに対して、ゼフはハッとしたように口元を押さえた。少しの驚きと、動揺に瞳が揺れる。


「……聖女」


 手で被われた口元からポツリと言葉か漏れ出た。暖炉の薪が燃える音に紛れてしまうほどの小さな声には歓喜の色が混ざっていた。







 俺の母上は平民の出だった。

 一夫多妻が一般的な砂の国ではごく当たり前のように貴族や王族は保険として数人の妻を娶る。


 国王の息子、そうであったとしても、1番地位は低い。それに加えて、俺の顔は母親に似たのか女のような顔に産まれてしまった。王族の男児に似つかわしくない色香と弱々しい顔つきで周囲には舐められ、実の兄達にも侮辱を受けた。


 加虐趣味のある第一王子である兄アーミンは最悪で、死罪の罪人の処刑は自ら喜んで手を下す様なクズであり、頭に酸素が届くよりも先に手が出る馬鹿だった。俺の事を殴る事も躊躇は無かったし、母の事も酷い言葉で罵ることが日常化していた。


 下の兄ワリドは、自分を被害者に仕立て上げては何の罪も無い人を陥れて嘲笑う反吐野郎だ。

 やれ毒だ、やれ水がかかった、暴言を受けた、傷ついた。カスのような理由で多くの使用人は罰を受け、職を失い罪人になった。

 俺も例外でなく、様々な罰を受けた。

 嫌気が差して、女々しい体つきが問題なのかと体を厳しく鍛えた。

 そうすれば好んでいた苦しげな顔が見れなくなり興味を失ったのか、声もかけられなくなっていった。

 体に残る傷はほとんどがアーミンとワリドによって付けられたものだ。直接な物も、間接的な物も。


 権力の前では、どんなに清くても、どんなに正しくても、どんなに真っ当でも揉み消される。


 上げようとした声は喉から潰され、目を閉じた周囲の人間達に踏みつけられる。


 あいつらに政治を任せたら、この国は終わる。

 アーミンとワリドの母親は貴族だ。勢力がある。かたや俺の母は平民の出だ。



 なにか、何かないか。


 

 何かこの状況が変わるほどの、とんでもない力は。


 なんでも願いを叶える万能の神や、そう、魔人のような何か。

 何をしていてもどんな状況でも、頭をよぎる思考に思わず苦笑してしまう。

 夢を見るには歳をとりすぎている。


 しかし凡庸な頭が、どんな小さなヒントでも良い見逃すまいと耳で囁くのだから仕方がない。


 隣国の王子であるフロルド第一王子は、何をするにもスレた所のない素直な男だった。


 純粋に勉学のために我が国へやってきた王子に好感が持てた。この男の世話を妬くのは、そう苦ではない。相手を貶めるための話術もなければ、暴力に訴える事もない。第一王子ともなれば横暴な態度も、暴力も、権力も全てをひけらかすものと思っていたが、隣国ではそうではないらしい。



 友人になるのにさほど時間はかからなかったように思う。


「ただでさえ私が聖女にうつつを抜かしていた姿も見られている。友人に思い人を掠め取られるなんて……!」


 悔しげにそう呟いたフロルドの声が、耳に残る。


 聖女……。

 そうか、聖女……!フロルドの国には、あの大いなる力を持つという聖女がいるのか……!

 聖女という存在は知っていたが、御伽話のようなものかと思っていた。そうか、聖の国(こいつの国)に。おそらく城のどこかで匿っている事だろう。もしかしたら城に住んでいるというフロルドの思い人が知っているかもしれない。



「……俺が、直接仲を取り持ってやるよ」


 うまく笑顔を作れていただろうか。

 フロルドの俺を見る目がどんな様子だったか思い出せない。



突発的続編です。番外編に近いです。

留学先のキャラクターを作っていたのに登場させていなかったなぁと。留学先は砂の国です。



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