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【番外編】失礼、デリカシーがないようですが、何様ですか?02【完結後小話】


 どう見ても自分の部屋。

 働いて自分のために買った照明器具にシンプルだけど上質なテーブル。お気に入りのお皿、誕生日に貰った可愛いマグカップ。30を越えて可愛すぎるソファは無いかなぁと思ったけど、結局買った一人用のソファ。ロココ調の甘めの背もたれの高いソファ。自分で買って自分で使うんだもん。可愛い方がテンション上がるに決まっている。


 ストンと腰を下ろせば、お尻にぶつかるクッションはやや硬い。異世界でのお姫様のような贅沢な暮らしに体はわがままになってしまったらしい。沈み込まないクッション。

 いや、それもまた良し。


 急激に浮上する興奮と高揚に気分が浮き足立ってくる。


「うそ……帰って、きた?」


 帰ってきた?それとも夢?


 日めくりカレンダーは私があの異世界に突然飛んだ日になっている。

 恐る恐るテレビのリモコンを持ち、電源のボタンに触れる。

 しかし、電源がつく様子も、ボタンが押し込まれる様子もない。

 グッと力を入れたところで、リモコンの形をした箱がミシリと音を立てた。ほのかに胸にずしりとしたものが落ちる。肩も一緒に落ちた。


「……」


 自分の姿が、壁にかけられた文庫本ほどの鏡に映った。

 小さな鏡には、最近見慣れた、高校生くらいの、幼い見た目。

 この部屋は自分が働いてから整えた部屋だ。この年齢の自分が部屋に現れることなんてあり得ない。若い見た目に、思いの外ガッカリとした。若いのがガッカリとは贅沢なことだが、現状喜べないことは明らかだった。落ちた肩は重くて仕方がない。


 なんだ。

 そうか。

 夢か。


 ガックリと、地面に向かって項垂れる。

 肩も重ければ頭も重い。

 ソファから立ち上がる気力も皆無だ。

 座ったまま、ぼんやりと下を向く。ただ床に敷かれているカーペットを見る。

 買ってすぐにこぼした数滴のコーヒーのシミが目に入る。

 部屋が気がかりだったから、私の脳が見せた記憶の一部なんだろう。心のどこかで帰れたら、なんて思ってるところを見透かされた願望が夢となって出てきた、そんなとこだろうか。



「気に入らなかったか?」

「……やっぱり」


 耳に入ってきた声に、なんだほらやっぱりと、沈んでいく気持ちとは反対に顔を上げる。

 この低く落ち着いた声は意地悪く、少しも私の気持ちを汲み取ろうとはしてくれない。

 私の目の前に跪いて、覗き込むその姿は、格好だけはどこかの王子様のようだった。

 そのくせ愉快そうに微笑む凶悪さは極悪人だ。

 魔王デリウス、その人は気遣うような仕草で私の頬を撫で付け、傷付けたか?などと嘯いた。  


 白々しい。

 でも、怒る気力も湧いてこない。

 傷付いたか?

 その通りだ。

 ショックを受けたし、期待もした。

 気に入らないか、と言われれば、答えはいいえだ。


「傷付いた、ものすごく……でも大丈夫。この空間は夢?それとも魔王、貴方が作っているの?」

「そうだ。聖女トキの記憶を媒体にほんの少し維持するように固定している」

「はぁ……このクソ野郎、と罵ってやりたいとこなんだけど、帰ってきたんじゃ無いとわかっていればどちらかと言えば嬉しい……かな」


「気に入った?」


「うん、気に入った。夢なんでしょ?少しだけ疲れたら、ここに来て静かに過ごすのもいいかもね、ありがとう、デリウス」


 意地悪な笑みはなりを潜め、キョトンとしたような表情のデリウスは、なんとも不思議そうに首を傾げた。

 なんだその顔は。驚いたような、訝しげな表情だ。


「なに?」


「ああ、いや。そんな表情されるとは思ってなかったから」


「そんなって何!?」


「うふふ、トキが喜んでくれると、なんだか嬉しいなぁ」


 魔王デリウスはいつだって不敵な笑を浮かべて気味が悪いほどニヤついているものだから、そんな表情が返ってくると思っていたのに、その予想は検討はずれもいいところだった。

 眉尻をこれでもかというほど下げ、照れくさそうな、それでいて花でも舞ったような笑みを浮かべている。


「喜んで……って、結果的によ!魔王だからってやっていい事と悪いことがあるんだから。私の私生活に土足で踏み込むなんて強盗と一緒よ。デリカシーのカケラもない、悪魔の所業よ———罰として私が望んだらここに連れてきてよね」


「いつでも、君が望むのなら」

「望んだ時だけにしてよね」

「うふふ、そうだね」

「おい、その顔は絶対約束破るじゃん!」

「うふふ、トキは私を人間のように扱うねぇ」

「はぁ!? 当たり前でしょう!? なんで貴方に合わせなくちゃいけないのよ。どんな職場でもお互いがお互いの立場で話してこそ思い込みが断ち切られるわけなのよ。私を練習に使ってもいいから人間のマナーを学べ、この魔王め」


 ふは、と吹き出したデリウスは、何がおかしいのかゲラゲラと数分笑い続けた。

 


 この空間に別れを告げて目が覚めてると顔にあたる艶やかな髪の毛、透き通るような美しい肌、影を作る長いまつ毛に形のいい唇、そして赤い瞳が優しげに私を見つめているのに驚いて大声を上げるまであと少し。


 さらにこの空間に来るためにはデリウス同伴かつ、体を接触させて眠りにつくという条件がある事を知るのはもう少し後のお話。


 

デリウスのお話でした。

人をおちょくって心の変化を見るのが大好きな彼ですが、自分が心動かされるのは慣れていません。

トキが魔王を人間ベースで扱うのは、脳死で頼るな、と同じように設定にとらわれて対話を怠るのを嫌っているからです。


読んでいただきありがとうございました!!

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