33脳死で頼るのやめてもらって良いですか?
———魔王に捕まった聖女ユナを助けるために魔王城に乗り込んだ聖女トキは、彼女を魔王の手から救うためにその力を全て出し切り無事ユナを助け出した。しかしその代償にトキは聖女の力を失い、彼女は一般人となったとさ———
「……勝手に改変は良くないぞ」
「そうですよ!」
そう。これでめでたしめでたし、とはならなかった。
ユナ(と思わしき赤子)を救出した直後、私は記憶を失ったからだ。どうやら体にあった力を全て出し切ったようで、私はその瞬間から2ヶ月もの時間目を覚さなかったそうだ。2ヶ月ってやばい。60日だぞ。よく生きてたよね私。体重に変化はなかった。すごいぞ私。
そして数日前に目が覚めた私は、感動の再会もそこそこに、現在ひたすら食べている。そのおかげかわからないが、ちゃんと聖女の力も使えていた。私が目を覚ました時、傍にいたシェリルちゃんが大騒ぎをして、転げながら入室してきた大きな男二人、アーチとランティスの涙を拭ってやりついでに擦り傷を治してやったのだ。魔王とのやり取りですっかり聖女の力をは底をついたものと思ったが、やはりあれは詭弁だったようだ。
プク、と頬を膨らましたアーチは食事中である私の前にドサドサと紙の束を積み上げた。おい、なんだこれは。
「報告書ですよ〜、トキが眠ってる間、皆トキの事心配していたんですから」
ペラリ、と数枚手に取った。そこには苦言でも書かれているのではないか、と不安がよぎる。職場では繁忙期に有給を取ろうもんならすごい非難される。当たり前だがプロジェクト中に離脱だって心象は悪い。2ヶ月という期間は逃走と見なしても良い期間である。
「トキが眠っている間、何をしたら良いのか、どうしたら良いのか不安がっていた騎士達は多かったですよ」
「そうなの?」
「当たり前だろうが……トキの与えてる影響はかなり大きいんだ」
「そう……迷惑をかけたわね……」
聖女の力に頼らない生活を。
そのために厳しくし続けた騎士達の訓練メニューは、私の指示で回っていた。私が勝手に始めたからだ。つまり私のための事業。
彼等は上司がいない状態で指示がないのは不安だったに違いない。そう思い、ペラリペラリと紙をめくると、予想に反して、一日にこなした訓練の内容や食事、携帯食の考案などが綴られていた。最後には私への体調を気遣う一言。
恐れていた長期休暇に対する文句なんて一つも、そこには書かれていなかった。
「皆、トキの発案に最初こそ戸惑っていましたが、自分のため、国のためになるとわかり、自発的に取り組んでいるんですよ」
「聖女に守ってもらおうという考えは今や聖女や国を自分たちの力で守ろうという動きに変わっている。これはトキのおかげだ」
「ふふ、それでこそ……私の騎士達ね!」
「もちろんです」
「だな」
自然と笑顔が溢れた。
聖女だからなんだってできて、何を言ったって良くて、勝手に頼っていい。異世界から勝手に呼んだっていい。そんなのおかしいでしょって思っていた事が、今認められた気がした。
私だって、こんな事言える人間じゃないのはわかってる。ちっぽけなただ一人の人間だ。
ユナはこの世界に呼ばれて喜んだかもしれない。でも私はそうじゃない。
自分勝手な采配に、理不尽な要求は暴力に等しい。ポジション一つで片付けるのではなく、自分の頭で考えて、自分の行動に責任を持てる人間を。人の価値観は一定ではない。力は一定ではない。
大きな力があって、それが目の前にあったら頼りたくなってしまう。
それがどんなに重荷であっても平気で、押し付けてしまう。
自分の頭で考えず、頼って、自分勝手に利用して、押し付ける。これを脳死と言わずなんと言うのだろうか。
報告書の下部を見れば、それにも私への気遣いと早く回復を願う言葉の数々が書かれていた。ほわりとしたものが胸を熱くし、自然と頬が緩むのを感じた。
◇
騎士団の基礎体力、基礎資金、土台のレベルが上がれば、聖女の力がなくとも国力はぐんと上がった。
城の廊下を歩いていると、窓から城下の様子が見えた。街からいくつもの人の塊が城へ向かってきている。
「ランティス、あれは?」
「ああ、街の菓子職人に、パン職人、料理人、だな。言ってなかったか。トキが目を覚ますまでの二ヶ月、えらく強い魔物の討伐案件が多くてな。俺たちで金を稼いだんだ」
「そう、なのね。たくさん稼げて良かった、でいいのかしら?」
「ははっ! そうだな、そういうことだ」
ニカリと笑ったランティスは、それ以上説明する気はないのか、そう締め括った。いまいち「金を稼いだんだ」イコール、「職人達が城にやってくる」が繋がらない。ハテナを浮かべていると、アーチが「すみません……いつもはトキに意見書を出して採用されてから、トキに資金を出してもらってましたが、自分たちで進める事もトキなら望むのでは無いかと勝手に進めていたんです。今日はその試作品が届けられる日だったんです……勝手な事して、怒ってますか?」
申し訳なさそうにいうアーチに、怒ってなんか無い!とブンブンと顔を振って否定する。
「えっなんで? 素晴らしい事だわ! これでうまく資金繰りして提案、企画、実働まで行ければ騎士団の資金繰りは独立したも同然じゃない!」
素敵!そう興奮して言えば、「良かった」とホッとしたようにアーチはへにゃりと微笑んだ。目尻にほんの少し涙が浮かんでいる。
「この調子で、バンバン稼いで、居心地のいい騎士団を作り上げ、人口増やして国力もアップよ。うんうん。計画通りじゃない」
「そうですねぇ」「ああ」
私が居眠りしていた二ヶ月はとんでもなく騎士達を成長させ、国民市場を強くしたようだった。
成長させた、なんて烏滸がましいかな。今回の騒動がきっとみんなを巻き込み一つの方向を向いたのだろうと思う。
『強い魔物の討伐』に関しては、おそらくユナと最後に会った時に言っていた『聖女の力を注いで強くする』ってやつだろう。状況が状況なだけにさらっと聞き流していたが、どんな闇落ち設定だそりゃ。あまりの状況のひっくり返りっぷりにツッコミが追いつかないよ。
———ああ、そうそう。ユナといえば。
「ふぎゃ、ふぎゃ〜」
「きゃー!?」
自室の前に来ると、何やら室内が騒々しい。
そろりと私に変わってアーチが中を確認すれば、むすりとした顔が戻ってきた。
「来てますよ」
「あ、あはは……」
扉を開けば、腰を抜かして床に座り込んだそこには黒い空間の中からにゅう、と出てきた大きな翼を持つ魔物のキリトと、ニコニコと大きな籠を抱える魔王の姿があった。
「ちょっと! 魔王さん! キリトさん! 困ります! 突然、しかもトキ様のお部屋に来るなんて!!ここは聖女様、いえ、その前に乙女のお部屋ですよ!」
「あ〜うんうん、聖女の匂いがするね。あはは、良い匂いだよお招きありがとう」
「ンなっ!……デリウス様!?」
「きゃー! 魔王さんいつトキ様の匂いを嗅いだっていうんですか!?」
とんでもなく賑やかでしかもぐっちゃぐちゃになっていた。閉じる黒い穴、魔王の言葉にショックを受けるキリト、魔王の言葉にドン引きするシェリルちゃん。それを見てニヤニヤする魔王。なんだろう。人の嫌がる顔が好きなのかな。
「人の部屋でやめてくれます?」
「ああ、トキ! 愛しい聖女会いたかったよ。ご覧、僕達の子供はすくすくと育っているよ」
「やめろ」
……。
わかっててそういうこと言って、かまってちゃんなのか?
ほらみろ、キリトは普通に「え? 愛しい? こいつが? 品性疑う」みたいな顔をしているし、好きあらば殺したろって意志を強く感じる。その手に持ってる羽根が殺傷力強いって知ってるんだからな。
床にへたり込んだシェリルちゃんは絶望の顔をしている。なんだろう、どれに絶望してるんだろう……、この男、何食べたらこんなに頭がおかしくなるのかなってところかな。わかる。
「デリウス殿、キリト殿、いくら恩人であられると言っても突然の訪問は困ります」
「しかもトキの部屋直通は困ります! 僕に一言欲しいです」
「なんでだよ」
なんでアーチに一言いるのよ。
やはりこの国では話し辛いのか、少し言葉数が少ないキリトは暴れる気は毛頭無いのか、大人しくしている。大好きな魔王の手前という事もあるかもしれない。
この二人は私の恩人である。
それがこの国での魔の国の立ち位置だ。
倒れた私をこの国に送り届けたのは魔王であり、そこでこの国の国王様と話した事をきっかけに、このように自由に行き来ができるようになったのだ。
そのうち魔の国との交流や交易も出来てくるだろう。人間と魔物が結婚する事で獣人などのハーフが現れてくるかもしれない。
「うふふ、ユナはちゃんと育っているよ。記憶があるかどうかはまだわからないが、そう時間が経たないうちにわかる事だろう」
「そう、元気そうで安心した」
「慈しんで育てている。安心してくれ」
あの時の赤ん坊はやはりユナだった。
溶ける、という表現は結構そのままの意味で、それを私の聖女の力で止めて再構築。人間に対して行う行為としては、普通はあり得ない。傷を治すのとはわけが違う。神への冒涜だと思ったが、あの時は致し方がなかった。そう自分に言い聞かしている。こればかりは、聖女の力万歳。そう言うしかない。
きっとユナに足らなかったのは、現実味と、ここに生きているという自覚だったのだと思う。
望んでこの世界に来たのか、偶然が重なったのかは、ついぞユナに聞くことは叶わなかったけれど、彼女はゲームの話ばかりを信じていた。
最初からズレがあった事や、思い通りに進まない事、力に知識とのズレがあった事、最後の結末。受け入れているようで、いつも何かと比べていた。
生きていれば、思い通りにならない事もある。
決めつけてしまえば、思考は停止してしまう。
何を選び、どう生きていくか。
それは存外簡単そうで難しい。私だってユナの倍は生きているが、何を選ぶのが正解かなんて答えは持ってない。目の前の魔王のように、惑わす存在だっているのだ。
私がこの問いに答えを出す事はできない。
彼女の問題の一つだ。彼女は設定に縋って生きていくわけにはいかない。自分で考え、自分の足で立ち歩いていかなければいけないのだ。
「魔の国とは会話すら難しいと思っていたが、まさかこんな形で交流が実現するとは思わなかったな」
ランティスがそう言うと、魔王はにっこりと微笑み、何故か私に近づいてきた。長い腕と長い足、何歳なのか見当もつかない美貌が、すぐ近くにやってくる。無視されたランティスは眉間に皺を寄せてムッとするが、魔王はそんな事全く気にしていない様子だ。図太い。
「そんなことはない。案外簡単な方法がある」
「簡単な方法?」
ランティスが首を捻り、アーチもシェリルちゃんに手を貸しながら不思議そうに魔王を見た。
「そう、簡単だ」
魔王は、カゴバスケットに入れられたユナをカゴからそっと抱き上げると、愛おしそうにキスを贈る。大きな体に、赤子は小さすぎて不安になるが、美しい顔が随分と優しく微笑むので、聖母さながらの雰囲気だけはある。だけだが。
「聖女の素質も、魔王の素質も持つトキなら、僕は妻に迎えたい。そうすれば必ず両国は末長く良い関係になる、どうだろうか?」
「は」
にこり、と微笑んだ魔王はずいと顔を寄せ、私の頬を撫でた。赤い目をふわふわさせて私のことも愛おしそうに見る。恐怖の大魔王であるならば、ここで私は震えるべきなのだろうし、見た目通りの白馬の王子さながらの性格であれば見惚れる事だろう。しかし私は知っている。
この男が下種である事を。
したがって、このプロポーズにも似た言葉には全くトキめかない。こちとら見た目がいいだけのクズも金だけのクズもお断りです。
ランティスは口も目も大きく開いて呆けている。アーチはいつものニコニコ顔はどこへやら、蒼白な顔で口元を抑えた。
「何を馬鹿な事。そんな事必要ないわ」
「本気なんだけどな」
にこりと笑うと、抱きしめた小さなユナを小さく揺らした。ユナを見つめる目もまた、慈愛に満ちたものだった。
キリトにめちゃくちゃ睨まれている。鬼のように睨まれている。こわ。
「心配せずとも多文化による国の変化速度はすごく早いのよ。婚姻による関係の変化よりも先に、国交によってあっという間に交流は広がるわ。私の国でも異文化の流入によってガラリと風景も生活も変わって行ったんだから」
「そうか……残念だが、それはそれで楽しみだな」
ふえ、と声をあげたユナの頬をツンツンと突き、目を細めた。
「ああ、でもユナが大きくなってからユナと婚姻でもいいね。ほら僕歳という概念はないから———」
「やめて!?」
「デリウス様ぁ!? この小娘ぇ……!」
「……」
「……」
「……」
冷ややかな視線を一身に受けてもノーダメージな精神は拍手を送りたいが、キモすぎる発想に背筋が凍った。真面目に言ってるのでもっと怖い。
キリトはそんな小さな赤ちゃんにまで嫉妬するのをやめろ。
———コンコン
部屋の扉を叩く軽快なリズムが響いた。
「入っていいわ!」
「失礼致します! 聖女様!」
振り返れば、慌てたメイドが、部屋に飛び込んでくる。彼女は目をまんまるくして、部屋の中を不躾に見回すと「ひ」と肩を震わせた。
「……っ聖女様! 聖女様のお力でどうかお助けください!」
———聖女の力?本当にそれは聖女に頼るべきことなのかしら?
「聖女聖女って……脳死で頼るのはやめてもらっていいかしら?」
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聖女失格 〜脳死で頼るの辞めてもらって良いですか?〜
おしまい
これでおしまいです
お付き合いいただきありがとうございました
聖女失格楽しんでいただけましたでしょうか?
最初から最後まで頼るんじゃない!自分でしましょうのヒロインでした。会社や家庭環境において、代えがきかないという怖さをよく知っている社会人だったからこそ時枝は、「聖女」という代えがきかないものをぶっ潰す所存という考えです。自分がとんでもない巻き込まれ方をして選ぶ余地がなかった事も結構怒ってます。時枝はだいぶ受け入れはしましたが、根本から変えていきたいと思っています。設定に頼らないこれは強い言葉として時枝の中にあります。
この先は聖女というのは名前ばかりの金食い虫のようなものに変わっていくだろうと時枝はふんでいるので不労所得を生み出すために頑張ります。
それでは、本編はこれにて終了です。もし見てみたい番外編ございましたらTwitterでも感想でもリクエストいただければ嬉しいです
最後に
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