26役割分担は明確にしておかないと、しわ寄せ現場直行便確定
一般的に言う聖女の定義とはなんだろうか。
私の偏った知識と偏見と記憶から私はこう思う。
誰かの為に惜しげなく自分の時間を使って、身を削り、自らの事は顧みない菩薩のような穏やかな人物。この世のものとは思えない神々しさを持って人の上に立ち喜んで自分を捧げる自己犠牲の化身。
ある少女は「人のために一生懸命に働いてる人がまさしく聖女様なんですよ! トキ様みたいな!」と言った。
ある青年は「影響を与える人なんじゃないですか? 現にだいぶ状況は変わってますし」そう言った。
ある青年も「学がないからわからねぇが、だからと言って馬鹿にはせず教えてくれる人の事じゃないか? あとは、そうだな。病を取っ払うとかか?」そう言った。
ある騎士たちは揃って『守るべき存在』だと答えた。
全部が共通しているようで、全く違う答えだ。
聖女とは、職業なのか?聖職者か?はたまた教師なのだろうか?
ではここで現役聖女である私のお言葉である。
心して聞くがよい。
「いや、これ。総合して考えても私、聖女じゃなくね?」
「え? そうですか? どう考えてもトキ様は聖女ですよ」
私の髪を梳かしながら、シェリルちゃんは小首をかしげた。
「いや、うーん。私の考える聖女ってこう、無償の愛をばら撒くっていうか」
「ふふ、トキ様はどちらかと言うと愛の鞭を振るっておられますものね」
はいできた、と鏡越しにシェリルちゃんが上品に微笑むと、私のボサボサの髪は綺麗に整えられていた。これから国と国の境目である辺境地にある孤児院に訪問予定のため、動きやすい髪型という雑なリクエストに見事に答えた髪型がそこにあった。ポニーテールである。
「ありがとうシェリルちゃん! 道中騎士数名を連れて討伐任務でお金を稼ぎながら行こうと思ってるから動きやすくてバッチリよ!」
「とんでもないです! いいなぁ、騎士の皆さんからトキ様が手本を見せてくださると聞きました! なんでも大きな巨体の魔物も蝶のように舞い、蜂のように刺し、熊のように引き裂くと聞きましたよ!」
「ちょ、ちょっと待って。誰それ言ってんの」
人を化け物みたいに言うじゃん。
シェリルちゃんもそこは引く場所じゃん。何故目を輝かしておる……。
聖女パワーでちょっぴりドーピングしてるのがあかんか?美味しい携帯食もたくさん考えてもらったので試食がてらに力を使いまくっていたのが仇となったか?いやしかし携帯食美味しいのよ。むしろ携帯食ドーピングと言っても良いかもしれない。
「うん。やっぱり私は聖女じゃないと思うわ」
「え〜、そうでしょうか?」
「シェリルちゃんが思うほど私は清い心で奉仕してなくってよ」
打算と打算と打算が交差して編み込みになっているのでもはやそこまで行くと純粋な気持ちで取り組んでいることなど一つもない。
「今、私は私の未来のためにしか聖女やってないって事」
そう言って部屋を出る。
部屋の外にはランティスとアーチの姿がある。この二人は可哀想なことにいまだに私の護衛兼見張りが続いている。いや、見張られる私の方が可哀想なんですけどね!
「あ、いってらっしゃいませー!」
シェリルちゃんの声が私の部屋から聞こえてきた。段々と離れていく部屋から聞こえた声は最後の方は聞き取れないほど小さくなっていた。
私は聖女なんかではないのだ。
誰かが言っていた。コソコソと廊下の端でメイドやドアマンが話していたのを聞いた。姿を消した聖女ユナは聖女失格だって。
聖女失格。
妙にしっくりとくる言葉に納得した。
私は自分のために、やるべき仕事と役割を全うする。全ては自分のため、聖女の定義から大きく外れるだろう私の行動、行為は「聖女失格」なのだ。
◇
「トキ様はああ言っていたけど、たっくさん救われた人が居るから、ちゃんと聖女様だと思うんだけどなぁ」
一人残された広い部屋の中で、ポツネンとシェリルはつぶやいた。
それは時枝本人は思ってもみない言葉だろうが、おおよそ誰もがそう思っていた。聖女トキはこの国の救世主、この国に尽くしている功績者。彼女との仕事を最初こそ誰もが戸惑い、破天荒な行為だと思ったが、今では彼女と仕事をしたいと言う城下の民も多い。騎士たちも彼女の周りでの仕事を好んでいる。シェリルもその一人だ。聖女トキの身の上はシェリルにも知らされていたが、シェリルはそれでも幸運なことだと思った。
哀れに思う。それなのにこの国のために身を尽くしているその姿に途方もない尊敬の念を抱いていた。
彼女こそ聖女でなければ誰がそうなのだと言うのだろうか。
部屋の窓を開けようと、天井まである大きな窓に手をかける。
窓を少し開ければ、外の空気がふわりと頬を撫で、部屋の中に入ってきた。
直射を避けるために付けられているレースのカーテンがふわふわと風に踊らされている。
「あら? とてもいい天気なのに、遠くの方は空が暗い……変な天気」
城下の街並みからずっとずっと遠くの森を二つほど抜けた先に、国の境がうっすらと霞がかって見えた。その境目までは晴れ渡った青色の空だと言うのに、その先はくっきりと線を引いたかのように、真っ暗な空が広がっているように見えていた。
———これが何か起こる前触れであるとは、この時誰も気が付かなかった。
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