第76話 「突然ごめん、好きな人ができた」
ある平日の夜。
仕事帰りのカフェ。
久しぶりに彼から「話したいことがある」と連絡があった。
どこか落ち着きのない目と、空を見つめたままの横顔。
その違和感に気づいていたのに、
美里は、気づかないフリをしていた。
美里「……なにかあった?」
彼「……うん」
一拍の沈黙。
彼「突然でごめん。……好きな人が、できた」
「──他に」
モノローグ(美里)
(あ、
言葉が……聞こえたのに、意味が分からなかった)
(好きな人、が? ……できた?
それって、私じゃないってこと?)
美里「……え」
彼「ほんとに、突然だった。俺も、自分で驚いてる」
「でも、それでも──嘘つきたくなかった」
彼は、罪悪感の滲んだ目で、
でも誤魔化さずに、美里をまっすぐ見ていた。
美里「……ずっと、一緒にいたじゃん」
「コーヒーも、一緒に飲んだじゃん」
「私の部屋に……歯ブラシ、置いたよね」
彼「ごめん」
美里「……それ、今一番聞きたくない言葉」
モノローグ(美里)
(「ごめん」って、
何に対する「ごめん」なの?
私の時間? 私の気持ち?
それとも、“あなたの後悔”に対して?)
美里「好きな人ができたなら、もう何も言えないじゃん」
「私のこと、もう……好きじゃないんでしょ?」
彼「……ごめん」
美里「それ、もう3回目」
彼は最後まで黙っていた。
言い訳もせず、手も伸ばさず。
ただ立ち上がって、深く頭を下げた。
そして、美里の前から──
そのまま、去った。
モノローグ(美里)
(椅子の向かい側、
あんなに彼が“いた場所”が、
今は、空っぽだ)
(泣けない。涙が、どこにもない)
(ただ、ここにいた人がいなくなっただけ。
それだけなのに、世界が、音を立てて崩れていく)
ノート(終わりの告白)
✅ 彼:誤魔化さず、誠実に別れを告げた
✅ 美里:怒りも、涙も出せず、“呆然”という現実に立たされる
✅ テーマ:「別れ」は必ずしも裏切りではない。でも、受け入れは難しい
モノローグ(帰り道)
(“好きな人ができた”って、
その一言で、私は“終わった人”になった)
(終わるって、こんなにも静
第77話
「失恋と、ひとつの卒業」
週明けの夜。
美里の部屋。
照明はついているのに、どこか暗い。
テーブルの上には、あのマグカップが二つ。
洗面所には、彼の歯ブラシがまだ置かれている。
美里(……笑える。なんで、こんなに生活感があるんだろ)
いつも通っていたジムにも、図書館にも行く気がしない。
韓国ドラマを開いたけど、画面がぼやける。
美里「……泣いてるんだ、これ」
モノローグ(美里)
(“好きな人ができた”──
それだけで、世界ってこんなに色が変わるんだ)
(何を見ても、何をしても、あの言葉がリピートしてる)
翌日。亜紀とカフェで。
亜紀「……そっか、終わったんだ」
美里「うん」
亜紀「泣いた?」
美里「泣けなかった。ずっと無音みたいだった」
亜紀「……でもさ、美里」
「今のあんた見てて、ちょっと思ったの。
ちゃんと恋してたんだなぁって」
美里「……それ、嬉しいけど今はちょっと刺さる」
亜紀「そっか、ごめん(笑)」
モノローグ(美里)
(そういえば、私──
ちゃんと恋をして、ちゃんと付き合って、
ちゃんと、失恋したんだ)
その夜、洗面所の鏡の前。
彼の歯ブラシを手に取って、そっと箱にしまった。
マグカップも、クローゼットの奥へ。
美里(……もう“彼のもの”を部屋に置かない)
(だって私、“彼女”じゃないから)
でも、どこかにふっと湧いてきた気持ち。
美里(……恋愛経験ゼロ、じゃなくなったんだ)
モノローグ(美里)
(何も知らなかった“あの私”より、
今の私はちょっとだけ、
優しくなれる気がする)
(恋をして、傷ついて、でも
“また好きになりたい”って思えたから──
私は、卒業できたんだ)
ノート(失恋からの静かな前進)
✅ 美里:喪失の中にあっても「経験できたこと」へ感謝し始める
✅ 恋愛経験0→1へ:自信ではなく、“一歩進めた”実感
✅ テーマ:「恋の終わり」は、「恋の始まりがあった証」
モノローグ(夜、美里の寝室)
(次に誰かを好きになるとき、
私はきっともう、
“初めてのわたし”じゃない)
(それはちょっとだけ、心強い)
最終章
「恋をした、私でよかった」
日曜の朝。
美里は目覚ましを止めて、ゆっくりと体を起こす。
隣に誰もいないベッド。
でも、そこに“寂しさ”はもう、なかった。
モノローグ(美里)
(恋人じゃなくなっても、私は、私だ)
(あの恋があったから、
私は少しだけ自分を好きになれた)
キッチンに立つと、いつものようにお湯を沸かす。
今日はコーヒーを一人分だけ。
美里「でも、ミルクはちょっと多めに……クセになってるなぁ」
思わず笑ってしまう。
ひとりごとでも、悪くない。
図書館。
前よりも少しだけラフな格好で、
小さめの文庫本を手に取る。
椅子に腰かけたそのとき、隣の席から声がした。
「……あの、すみません。
その本、僕も気になってて」
少し驚いて顔を上げる。
年下かもしれない、けれど、礼儀正しそうな青年。
美里「……あ、よければ先にどうぞ」
「私、もう読み終えそうだったので」
青年「ありがとうございます。助かります」
「あ、もしかして……以前もここでお会いしたかも」
ほんの短いやりとり。
それだけなのに、胸が少しだけ、あたたかくなる。
美里(……新しい出会いって、
こうやってまた静かに始まるのかもしれない)
モノローグ(美里)
(誰かと出会って、恋をして、失って──
それでも、私の中に残ったのは、
“ちゃんと人を好きになれた”という実感だった)
(泣いた日も、不安だった夜も、
全部ぜんぶ、ひとつの恋だった)
(だから今なら、
もう一度好きになれる自分を、信じてみてもいい)
帰り道。
空は晴れていて、少し風が気持ちいい。
スカートの裾が揺れるたびに、
美里の歩く足取りは少しずつ、軽くなっていく。
美里(また恋をしよう)
美里(でもその前に、もっと私を好きになろう)
ラストシーン
玄関で靴を脱ぎながら、
ふと、美里は鏡の前に立ち止まり、自分に微笑む。
美里「……恋をした、私でよかった」
〜END〜




