第73話 「部屋に、あなたの歯ブラシがある日」
金曜日の夜。美里の部屋。
美里「じゃーん。今日のごはんはカレーだよ」
彼「うわ、めちゃくちゃいい匂い……美里のカレー、待ってました」
美里「えへへ、がんばって作ったもん」
2人分のごはんが盛られたテーブル。
ちょっと照れながら、乾杯するように水のグラスを合わせた。
食後。
テレビを見ながら、ソファでゴロゴロ。
気づけば夜も遅くなっていた。
彼「そろそろ帰らないと……明日、朝からだし」
美里「うん、分かってるけど……ちょっと寂しいかも」
その言葉を聞いた彼が、ふとカバンから何かを取り出す。
彼「……実はさ、これ持ってきたんだ」
美里「なにこれ?」
彼「歯ブラシ。ちょっと、置いてってもいい?」
美里「……えっ」
モノローグ(美里)
(この部屋に、彼の“何か”が置かれるなんて、
想像はしてたけど、想像よりずっと……ドキッとした)
美里「……うん、いいよ。むしろ、うれしい」
彼「じゃあ、洗面所に置いとくね」
美里「……てか、その隣に私の電動歯ブラシがあるんだけど」
彼「おお、並べていい?」
美里「むしろ、並べてくれ」
歯ブラシ2本が並ぶ洗面所。
それだけで、少し部屋の雰囲気が変わった気がした。
モノローグ(美里)
(これが、はじまりなのかもしれない)
(ふたりで時間を過ごすってこと。
ふたりで空間を使うってこと。
……ふたりで、“暮らしていく”ってこと)
彼が玄関に立つ。
彼「……ありがとう。置かせてくれて」
美里「ありがとう。置いてってくれて」
彼「……なんかさ、次来るのがもっと楽しみになる」
美里「次は、スリッパでも買っとこうかな」
彼「うん、それ、いいかも」
ノート(“部屋に残る”という関係の進展)
✅ 美里:彼の「置いていく」という提案を嬉しく受け止める
✅ 彼:一歩進んだ証として、歯ブラシを預ける
✅ 関係性:ふたりの時間が“泊まるだけ”から“暮らす予感”へ
✅ テーマ:小さな物が、“ふたりの未来”を語りはじめる
モノローグ(夜、ひとりの洗面所)
(この歯ブラシ、朝になってもちゃんとここにある)
(彼がいなくても、“彼がいる気配”がある)
(それだけで、なんかすごく安心する)
第74話
「二人分のコーヒー、二人分の朝」
日曜の朝。まだ外は静か。
キッチンから、コポコポ……と音がする。
湯気が立ちのぼるケトルと、トーストの香ばしい匂い。
美里は、エプロン姿でパンをひっくり返しながら、静かに笑った。
美里(……二人分って、こんなに楽しいんだ)
ソファでは、彼が毛布にくるまりながら、寝ぼけ眼でスマホを見ている。
彼「……おはよう、いい匂い」
美里「うん。ちゃんと起きたら、パンとコーヒー、あるよ」
彼「美里の朝って、幸せが過ぎる……」
美里「じゃあ今度はあなたが作って」
彼「むしろ作らせて」
美里「今の録音しとけばよかった(笑)」
モノローグ(美里)
(“おはよう”がすぐに言える距離。
“パン焼けたよ”って呼べる相手。
それだけで、朝が少しだけあったかくなる)
ダイニングのテーブル。
2つのマグカップに注がれたコーヒー。
ミルクの量は、美里がいつも彼の好みに合わせて調整した。
美里「ほら、ミルクちょい多め」
彼「完璧……惚れ直す」
美里「何回目だよ、それ(笑)」
彼「無限ループだから」
食後。
歯ブラシを取りに洗面所に行った彼が、笑いながら戻ってくる。
彼「……俺の歯ブラシ、めっちゃ堂々と立ってるね」
美里「そうでしょ。存在感すごいでしょ」
彼「もはや俺の“居候感”がすごい」
美里「いや、それ“半同棲”ってやつかもよ?」
ふたりで笑ったあと、目が合う。
彼「……ほんとに、一緒に住んだらどうなるんだろうね」
美里「……うん。ちょっと、想像してる」
モノローグ(美里)
(今すぐじゃなくてもいい)
(でも、“一緒に住む”未来があるって思えるだけで、
この恋がちゃんと“前に進んでる”って思える)
その日の午前中。
ふたりでスーパーに行き、食材を買い、帰り道でアイスを分け合って食べた。
美里「ねえ、このアイスってさ、2人で1つ食べるのがちょうどいい量なんだよ」
彼「ほんとに? それとも、俺の分ちょっと取られたいだけ?」
美里「バレた?」
ノート(暮らしの中の恋)
✅ 「ふたり分の朝」=恋が“生活”に近づくステップ
✅ 美里:ごく自然に、彼との未来を意識し始める
✅ 彼:少しずつ「一緒にいる日常」に溶け込んでいく
✅ テーマ:恋は“時間”じゃなく、“重ねた瞬間”で深まる
モノローグ(夕方、美里のベッドの上)
(今日の朝みたいな朝が、
週に1回から、週に3回になって……
やがて毎日になったら、って──)
(そしたら、私の人生は、きっともう一人のものになる)
(それがちょっと、怖くて……でも、すごく楽しみ)
第75話
「その背中に、私の知らない誰か」
土曜の午後。
駅前のロータリー。
カフェの予約までまだ30分ある。
美里はちょっとだけ遠回りして歩いていた。
美里(あの人がいるだけで、週末ってちょっとだけ特別になる)
(来週も忙しそうだったから、今日くらいはゆっくり……)
──ふと、視界の隅に見えた。
見覚えのある後ろ姿。
そしてその横に、女性の姿。
笑い合いながら、肩が少し触れるほどの距離。
駅のほうへ並んで歩いていく。
美里(……え?)
一瞬で頭の中が真っ白になった。
モノローグ(美里)
(あの横顔……間違いない。彼だ。
でも──あの女の人、誰?)
(妹? 友達? それとも──
ただの“知り合い”にしては、距離が近すぎる)
美里は、足を止めたまま、二人の後ろ姿を見送った。
スマホに触れる指が、妙に冷たく感じる。
美里(……聞く? 何もなかったフリする?
でも、私、今ドキドキしてる。恋のそれじゃなくて、“不安”のほうで)
その夜。
ふたりは予定通り、美里の部屋で会った。
彼はいつもと変わらず笑顔だったけど──
美里は、どこかぎこちなかった。
彼「カレー、今日も最高」
美里「……ほんとに? 適当に作ったけど」
彼「うん。てかさ、来週の土曜、映画行かない?」
美里「……今日、駅で見かけたよ」
彼「え?」
美里「あなたと……知らない女の人。
肩が、近かった」
沈黙。
彼は、箸を置いて、正面から美里を見つめた。
彼「……ああ。あれ、従姉。来週結婚するから、その式の準備の手伝いしてたんだ」
美里「……そっか」
彼は少しだけ笑って、
でもまっすぐに言った。
彼「美里、ありがとう。言ってくれて」
「黙って不安になるより、そうやって聞いてくれるの、俺はすごくうれしい」
美里「……怖かった」
彼「俺も、美里に疑われるのは怖い」
「だから、もっとちゃんと話すようにするね。こういうことも」
モノローグ(美里)
(“好き”って気持ちは、時にちっちゃな揺れにも敏感になる)
(でも、言えたこと。聞けたこと。それが、少し強さになった気がする)
ノート(疑いと信頼のせめぎあい)
✅ 美里:一歩勇気を出して“聞く”ことを選んだ
✅ 彼:真正面から誠実に答え、信頼をつなぎ直す
✅ テーマ:「信じる」って、“確かめること”から始まるのかもしれない
モノローグ(夜、美里のベッド)
(信じることって、黙ることじゃない)
(ちゃんと向き合って、ちゃんと話して、
“同じ方向”を見ていくこと──)




