第38話「恋は動いた。でも本は、でっかい図鑑だった」
図書館、土曜の午後。
いつも通り静かで、春の日差しがページの上にやわらかく落ちる。
美里は、席に座っていた。けど──
今日は、違う。
(いる。……彼、いる)
図書館の彼。黒縁のメガネ、落ち着いた雰囲気。
同じようにページをめくっている姿が、
なんだか呼吸みたいに自然で。
そして、目が合った。
(……今しかないかも)
美里、決意して話しかける
「……あの、本、お好きなんですか?」
ふと口をついて出たその一言。
(よし、完璧。自然体。読書好き女子感出てる!)
でも――彼が美里の手元を見ると、ちょっと不思議そうに微笑んだ。
「……えっと、“**日本の昆虫大全 完全改訂版”**ですか?」
美里、即フリーズ。
(え、ええええ!?
なに読んでんの私!?
違う違う、これ研究してるんじゃないし!たまたま手に取っただけで……!)
「えっ、あっ、ち、違いますこれはその、なんか表紙が綺麗で……」
「羽の拡大写真、確かに綺麗ですよね」
「……はい」
(うう……この人、笑ってないけど絶対笑ってる)
モノローグ(心の中は絶叫)
(なんでよりによって、恋の一歩目で“羽根の構造図”なの!?
せめて小説とか詩集とかあったでしょ、私!
なにが“お好きなんですか”だよ、そっちが聞きたいわ!!)
でも、彼は優しかった
「……ちなみに僕は、“不思議の国のアリス”を読み返してました」
「へえ、あれって子ども向けじゃないんですね……」
「大人になると、違って見えるんですよ。不条理さとか、風刺とか」
「……いいな、そういう読み方できるの」
「美里さんも、“昆虫の世界”の奥深さ、また語ってください」
……くすっと笑って、彼は席に戻っていった。
ノート(昆虫図鑑事件、心の記録)
✅ 読んでいた本:日本の昆虫大全(全544ページ、羽根の拡大付き)
✅ 彼のリアクション:笑わず、むしろ拾ってくれた
✅ 美里の気づき:
→どんな本でも、話せるきっかけになる
→大切なのは“内容”じゃなく、“関わろうとする姿勢”
第39話「えっ、7歳年下って今さら!?」
月曜の夜、ひとり。
美里は図書館の帰り、
あの“図鑑事件”を思い返しながら、お風呂上がりにアイスをかじっていた。
「またお話できたら嬉しいです」
(うわぁ……あれ、完全に好意じゃない?)
(私、ちょっと浮かれてるかも……なんか……ドキドキするし……)
でも――その時、ふと思い出した。
(あれ?)
(彼、たしか……)
モノローグ(思い出した、あの日のこと)
(最初に図書館で見かけた日。
近くにいた司書さんと会話してたとき――)
司書「あら、◯◯くん、また来てたの? 卒論もう書き終わったの?」
彼「あ、はい。院試の前に読みたいのがあって」
司書「ほんと真面目ね。まだ22歳でしょ?」
(……に、にじゅうに!?)
(いやいや、わたし30だけど!?)
「7歳……年下……」
美里、アイスがぽろっと床に落ちた。
「……ちょっと待って、わたし、なにしてんの?」
翌日、亜紀に報告。
「聞いて、あの図書館の彼。22歳だって」
「……は?」
「私、30じゃん? 7歳差って、なにこれ。私、アネゴ? ナニゴ?」
「いや、わかる。でも年の差恋愛、意外とアリよ」
「いやいやいや、向こう、社会人じゃないんだよ? 研究室でアリの巣の研究してるかもしれないんだよ?」
「それ言い出したら、“昆虫図鑑持ってた女”の時点でお似合い」
「それは今言うなあああああ!」
ノート(年下と気づいた夜の、美里の脳内)
✅ 衝撃:年下、しかも7歳
✅ 戸惑い:社会人と学生、人生ステージ違いすぎ?
✅ でも:
→会話は落ち着いてるし、礼儀もあるし、
→なにより、私の話をちゃんと聞いてくれる
→年齢じゃない、“向き合う姿勢”を見てた自分に気づく
モノローグ(葛藤と希望)
(たしかにびっくりしたし、ちょっと引いた)
(でも、あの人の声のトーン、
目を合わせるときのやさしさ、
昆虫図鑑をからかわなかったとこ……)
(全部、年齢じゃ測れない“人間としてのやさしさ”だった)
(……もしかして、恋って年齢じゃないのかも)
第40話「恋に年齢差はない──って、テレビドラマが言ってたから」
火曜の夜、リモコン片手にうつろな目。
美里はテレビを見ていた。
なんとなくつけた深夜ドラマ。
そこに出てきたセリフが、胸にすっと刺さる。
「恋に、年齢差なんて関係ないよ。
気づいた時には、もう好きなんだから」
(……えっ、それ、わたしのこと?)
美里、布団の中でスマホを握る。
検索ワードは、
「年の差恋愛 女性年上」
「7歳差 女が上」
「30歳 22歳 恋」
結果:めっちゃ出てくる。
結婚してる人もいる。
ドラマ化してる人もいる。
モノローグ(夜、思わず微笑んでしまった)
(なんだ……
年上女子って、意外と需要あるじゃん?)
(っていうか、ワンチャン行けるんじゃない? これ)
(7歳差って言っても、別に母親じゃないし。
年齢の分だけ、落ち着いてて、包容力があるって思われる可能性も……ある?)
(むしろ、図鑑読んでたのが“知的好奇心旺盛”って……思われてたりして?)
翌日、亜紀に報告。
「……ねえ、もしかして、私、行けるかもしれない」
「はいはい、ついに“ワンチャン理論”きたね」
「だって、テレビでも言ってたもん。“恋に年齢差はない”って」
「いや、それドラマのセリフでしょ」
「でも、ちょっと勇気出た。あの人と、もうちょっと話してみたい」
「いいじゃん。“年上の余裕”で攻めてこ」
ノート(前向きな恋のリスト)
✅ 恋に年齢差は関係ない(by ドラマとネット)
✅ 美里の強み:
→会話が丁寧にできる
→落ち着いて見える
→「図鑑でも引かれない」=包容力ある
✅ 今後の作戦:
→無理にアプローチしない
→でも、“気になる”って気持ちは隠さない
モノローグ(恋の準備は整った)
(“恋していいのかな”じゃなくて、
“この人にもっと近づいていいのかな”って思えるようになってきた)
(恋に年齢差がないなら──
あと必要なのは、タイミングと勇気だけ)
第41話「ねえ、私30なんだけど──ワンチャンいけます?」
土曜の午後、図書館。
例の席に、美里はいた。
今日は恋愛小説の文庫本をあえて持参。
タイトルは、
『恋はいつも、不意打ちで始まる』
(……わたしだって、始めていいんだよね)
彼もいた。
いつもと変わらない、静かなまなざし。
でも、美里は決めていた。
「こんにちは」
「あ、美里さん。こんにちは」
「今日も、アリスですか?」
「今日は、“グレート・ギャツビー”を」
「……かっこいいですね」
「いえ、文体が気になって。
やっぱり愛って、盲目で破滅的で……でも美しいんですよね」
「……」
(うん。行こう。言おう)
一瞬の静寂のあと、美里は言った。
「ねえ、私、30なんだけど――」
「……はい?」
「その……ワンチャン、あります? こういうの」
(言っちゃったぁああああ!!!)
彼の反応は、静かだった。
でも、すぐに微笑んで、こう言った。
「ワンチャン、って……恋のことですよね?」
「うん……恋、のこと……」
「僕にとっては、“ナナチャン”くらいありますよ」
「……えっ?」
「7歳、差ですよね。7チャンスくらい、あると思います」
(ちょ、なにその返し!!)
美里、吹き出す。
「なにそれ!うまいこと言うじゃん!」
「本で学びました。恋のセリフって、大事だなって」
「……もう、やだ。そういうとこ、ほんとずるい」
ノート(大胆な質問、最高の返し)
✅ 美里、攻めた:「ワンチャンいけます?」
✅ 彼、応えた:「ナナチャンくらいあります」
✅ 得たもの:
→“年の差”はもう、壁じゃなくなった
→むしろ笑える話題に変わった
→本音を出した瞬間、ふたりの距離は一気に縮んだ
モノローグ(今夜の美里)
(“恋に年齢差はない”って言葉が、
今日からわたしの中で、“本物”になった)
(自分の年齢を笑って言えた。
それを受け止めて、笑ってくれる人がいた)
(たぶん、これはもう、“始まってる”んだよね)




