がんばるのは明日から
希望か絶望か、新しい朝が来た。
熟睡したよ。
自分の図太さにびっくりだ。
ええっと、まずは食堂に行ってご飯だよね。
午前中は世界の常識やらマナー講座。
午後は魔法の話と訓練。
座学はいいけど、実践はねぇ。
たとえ話でざっくりと説明すれば、拳法の達人がいきなり来て、君は素質があるからまず体の気を巡らせて丹田に集めてみて、それを手のひらに集中させてアニメ的な波動砲を撃ってみようって感じかな。
……体育の授業しか体を動かしてこなかった女に、なにその無茶振り。
「聖女かどうか判別する魔道具なんてないんですか?」
「ありません」
年配のシスターのそっけない返事に心が折れそうだよ。
「じゃ、じゃあ魔道具でどんな素質をもっているとかわからないんですか?」
よくあるアレだよ。
冒険ギルドで登録するときとか、魔法を習う時に最初に使うアレ。
水晶とか石板とかに手をかざしたり触れたりすると光るアレ。
名前は知らないけど、物語の最初にたいていはでてくるアレ。
「聖女様のお使いになる魔法は一般的な魔法とは異なり、判別不可能なのです」
厳かにそんなことを言われても困る。
レアな魔法なんで解析できてないから、実際に魔法を使ってみないとそれが聖女の使う魔法かどうかわからないってわけか。
いい加減だなぁ……。
「聖女が使う魔法って、どう見分けるんですか?」
「私もヒールという癒しの魔法は使えます。ですが、聖女の使うヒールは私たちの使うヒールとは違うのです。他の魔法も同じで、違うのですよ」
「意味がわかりません」
「魔法を知らないあなたにはまだわからないでしょうが、私たちが見ればすぐにわかるのです」
わかりやすいたとえはないのかと思っていると、シスターは淡々と話を続けた。
「そうですね……包丁を使って私達は料理をしますが、聖女様は剣を使います。私達は包丁を使って野菜を切りますが、聖女様は包丁で人を切ります」
そのたとえ話、後半、必要か?
目的が同じでも手段が違い、手段が同じでも用途が違う。
アレを使ってわかることは個人が使える魔法の種類と魔力量だけ。
それだけでは一般人も聖女も結果は同じという事で、それ以外の要素は計れないという事だ。
しょせんは道具だしね、設定した以上の事はできないってわけだ。
家にある量りに質量分析しろってくらい無茶ぶりなのかもしれない。
そして今更ながらに気が付いたが、千葉さんと一緒に受けるわけじゃないんだね。
初日はこうして終わった。
勉強は、好きな科目に関しては好き。
英語は何の呪文?古代文字?てな感じなので、言葉が通じるのは嬉しい特典だ。
ついでに文字も読み書きできるようになっていたら尚すばらしかったのに。
文字、もじ、MOJI、モジ。
楔文字と象形文字を足して、さらに角度を変えたような文字の前に涙が出るかと思った。
小さな子供が最初に与えられる練習用の本だといって与えられた。
使い古された感がすごいが、これを使ってきた人たちはみんな読み書きができるようになったのだろうか。
どんな子達が使ってきたのだろうか。
あ、はい、まじめにやりますから睨まないでください。
どうでもいいことに思考を巡らせるのは現実逃避だってわかっていますから。
あいかわらず魔法の感覚がわからない。
目の前で火を指先にともらせたり、光をともらせたりされても手品にしか思えない。
風でカーテンを揺らされても、空気砲かよっ、と心の中で突っ込みを入れていた。
出来の悪い子を見るような目で見られてもねぇ、テンションが下がるだけなんだよ。
ちっともできる気がしない。
ライトノベルやアニメの主人公たちはどうやって魔法を使えるようになったのだろうか。
あれか、やっぱ才能なのか?
私みたいな理詰めの人間に、感覚なんてあやふやなものをつかみ取れなんて無茶ぶりもいいとこだよ。
そもそも感覚だって人それぞれだしって考えちゃう時点でダメなんだろう。
そんなある日、少し離れた場所から爆音が聞こえた。
騒然とした空気に包まれ、私は自室に戻るように促されたのが午前の出来事。
午後には魔法を教えるシスターからとんでもない話を聞いた。
「もう一人の聖女様候補の方は、火の魔法を発現させたそうです」
どうやらあの爆発は千葉さんの魔法らしい。
初めての魔法で部屋を吹き飛ばすって……大丈夫なのか?
やっぱり聖女の使う魔法ってそういうモノなのだろうか。
そして翌日から、先生方のやる気がいっきに見えなくなった。
あからさますぎて怒りもわかない。
『聖女かもしれない』から『やっぱり向こうが聖女かも』になり、『どうやらこっちはハズレだな』になるのは目に見えて明らかだった。
聖女なんてごめんだけど、そうあからさまにがっかりされてもなんか複雑だ。
千葉さんが聖女だってのは否定しないけど。
私なんかよりずっと聖女に相応しい、と思う。
召喚される前にちょろっと出会っただけの人なんだけどさ、ものすごい印象的な人。
視線がね、強いんだ。
まっすぐにこっちを見る目。
目力が半端ないっていうか、心の奥まで覗かれそうな感じ。
ものすごい美人なんだけど、雰囲気も強者って感じがした。
何があっても屈しない、美しく咲き誇ってやるみたいな気概を感じた。
いじめにあっても倍返ししそうな……倍返しじゃすまなそうな……。
ま、まぁそんな感じの美女と比べられても私は代えの効く平凡な普通のOLだし、こっちが困るっつーの。
元の世界に帰りたいなぁ……。
ヤバイ、考えないようにしていたんだけど、限界だよ。
帰れないとわかっちゃいるけど帰りたいって気持ちを抑えることはできなかった。
大した仕事はしてこなかったけどさ、私の居場所はあそこだったんだよ。
自分の力でお金を稼いで、同僚とスイーツの話や合コン話で盛り上がったり。
確かに私はそこにいた。
そりゃ確かにモラハラセクハラパワハラあったけどさ、かばってくれる優しい同僚もいたし返り討ちにしちゃう同僚もいたし逆に脅しのネタに……ゴホン、まぁなんといいますか、大人の社会というものを教えてくれた場所でもある大切な場所だ。
なかでも保養所と厚生関連はどの会社よりも充実していたな……。
映画を見たら半額返ってくるってすごくない?
ああ、でも映画を見ることはないんだ……。
「静香様、お加減はいかがですか?」
顔なじみのシスターが尋ねてくるが、私は布団から顔は出さなかった。
堀の深い顔はもう見飽きたしおなか一杯。
のっぺりとした顔はどこにいった?
鏡の中の自分がひどくみじめな存在に見えた。
考えても見てよ。
千葉さんみたいにすべてが凸凹していたら、彼らの中に混じっても違和感はない。
でも私が彼らのなかに混じったら、一人だけ浮いている。
寸胴とは言わないよ。
顔に似合わずけっこう巨乳だよねとよく言われたし、むしろそれぐらいしか言われないし。
ふ、太っているわけじゃないからっ!
可愛いといわれてもしょせんはメイクの力だしね。
化粧していないからなおさら違和感がぬぐえない。
「お食事はここにおいておきますね」
柔らかな声は鋭い刃となって私の心に容赦なく切り込んでくる。
今日はさぼり。
明日もきっとさぼるだろう。
明後日はわからないけれど、気分が浮上しなければきっとさぼる。
私は必要とされなかった存在。
望まれなかった存在。
どこにも居場所がなくて、苦しいよ。
座学がいくらできたって、文字の覚えが早くたって、魔法ができなけりゃ意味がないし聖女じゃなければもっと意味がない。
この先ずっと、ここにいるのは辛いよ。
だってみんなの目が……。
『聖女じゃないほう』
心配してくれているのはわかるけど、同情と憐憫に囲まれるこっちの身にもなってほしい。
私は怖い。
いずれ彼らはこう思うだろう。
聖女じゃない人間がなぜここにいるの?
私はそれが怖い。
必要とされていない、邪魔だと思われることが怖い。
支度金をもらって町で暮らしていきたい。
誰か私を助けてよっ!
どんなに願っても神様が願いを叶えてくれることはない。
だって神様ってそんなもんだと思っているし。
いつだって願いを叶えるのは自分自身だ。
じゃあがんばって自分の願いをかなえてみるべく行動してみる?
私の願いは何だろう。
魔法を使えるようになること。
私が聖女じゃなかったということを知らない人たちの中で生活したいこと。
この二つ。
そうと決まればやることはカンタン。
魔法の勉強を頑張ればいい。
一人で生きるべく、この世界の常識を知ればいい。
さぁ、最初の一歩を踏み出そう。
布団から抜け出して、自分の足で食堂に行って……。
明日から、がんばろう。




