善行の結果
ジークをウルトロン国の王都に届けるために私たちは辺境の都市を出ることにした。
町を出るのにカードを提示した。
初めてのおつかいじゃないけれど、私の目が無駄に輝いているのだろう。
兵士たちの私を見る目が生温い気がする。
こんな気分は会社員になって社員証をもらい、それを使って初めてゲートをくぐった時以来だろうか。
いや、町を出ていくだけなんだけど、私は浮かれていた。
町を出るとすぐに牧歌的な景色が広がる。
この世界には魔物という脅威があるから、大きな町は村と違って万里の長城じゃないけど高い壁に囲まれている。
その外側には畑が広がり、その向こうには森が広がる。
もちろん畑には魔物除けが施されているので滅多に荒らされたりはしないのだが。
そう、滅多に……はっ、余計な事を考えたらフラグになっちゃうっ!
別の事を考えよう。
「……川がある」
「川ではなく、用水路ですね」
町の水路とは別に、畑用に水路を引いている。
「そういえば、あの町は井戸じゃなかったね」
「川から直接水を引いて、町のあちこちに水くみ場があるのです。お金がある家だと、家まで水が通っているんですよ」
ジークが得意気に話し出した。
自分の事のように目を輝かせながらどこか得意げに説明をするジークは年相応に見えて可愛らしい。
日本にいた時は当たり前だったけれど、この世界では……いやまて、日本じゃない場所ではこの世界と変わらない暮らしをしているじゃないか。
何だかんだ言っても生活水準に関してはトップクラスの国だったからなぁ。
水道の普及率は98%で直接飲めるし。
そういや水道局は金魚で水質検査してるけど、ピラニアを水道水に入れたら死んだって話を聞いたことがあるけど本当かなぁ。
都市伝説かもしれないけど、温かい川育ちと年間で20度以上も変化のある水温育ちの金魚だとありえる話だ。
環境の変化に弱いピラニアと環境の変化には強い金魚。
食物連鎖の上に立っても生き残れるかは別問題なのはどこの世界でも共通なのだろう。
雑草のように、と、金魚のように、だと後者の方が何となく優雅な気がする。
でも金魚ってフナの突然変異体なんだよなぁ。
ポケモン的に言えば進化なのか?
原種より美しく……いいね、羨ましいね。
視界に入ったウルバルの横顔からそっと目をそらした。
東海錦と出目金の二匹が私の脳内を泳ぎながら横切っていった。
「用水路は町の水路とは別に……あれ、なんでしょうか」
饒舌だったジークはいぶかし気に指さした。
水路の途中に貯水池がある。
へぇ、あんなところに……二本の棒が水面から突き出して……。
「って、あれってまさか!」
某有名な推理映画の一場面じゃないの!
私が走り出すと、後ろから私を追いかける足音が聞こえた。
「これだからお嬢様は」
呆れたようなナーガのぼやきだが、どこか楽し気な響きが気になった。
貯水池までくれば予想通りに人の足がにょきっと水面から空に向かって伸びている。
「うわぁ、随分と器用な死に方ですね」
カーリーが感心したように声を上げた。
心なしかウルバルも物珍しそうに眺めている。
ジークは景色を見るような眼差しだ。
そしてナーガは一人であたふたしている私を見て口角を上げている。
あれ?異常な死体を見て慌てているおかしいのは私?
どう見てもあれって自殺じゃないよね、猟奇的殺人ってヤツじゃないの?
気が付けば、死体を見つけてあたふたというより、この世界の命の在り方と私の価値観の違いにあたふたしていた。
死から遠い場所で育ったけれど、ここの人たちからすれば死はありふれたもので手をつないでいるようなものだ。
その感覚の違いにはいまだに慣れない。
町でもそうだけれど、道端で人が死んでいたら私は目を向けて悼む気持ちになるけれど、彼らは景色の一つととらえて、それこそ石ころと同じ扱いだ。
でも、最終的に道端の死体を見て見ぬふりをする時点で第三者から見れば彼らと同じなのだろう。
何とかしてあげたいと思ったら日本では警察を呼べばいいだけで、あるいは他の誰かが警察に電話しただろうと思って放置だ。
「お嬢様、そろそろ行きましょう」
カーリーが私を促すが、その時、なぜか反抗的な気分になって動かずにいた。
手を死体の方に向けてかざすようにしながら魔法を操る。
洞窟で鍛えた一本釣りの成果を見るがいい………水魔法で水ごと水球にして浮かべて……あれ?ウルバルの時はできたのに、なんであれは動かないの?水だけが水面から綺麗な球になって浮かび上がるだけ。
もう一度やってみたが同じ結果だ。
「お嬢様はいったい何がしたいのです?」
さすがに四度目ともなるとナーガの突っ込みが入った。
「あの死体を岸にあげとこうと思ったんだけど、うまくいかなくて」
「えっ、なんで死体をわざわざ岸に?放っておけばいいじゃないですか」
ジークにまで言われたけれど、一応は理由がある。
「この貯水池、綺麗だよね。魚もいなさそうだし。放っておくと死体と一緒に水が腐っちゃわない?」
「まぁ、さすがはお嬢様!なんて慈悲深いのでしょう!」
発言のどこに反応したのかカーリーが尊敬の眼差しでこっちを見てくる。
ついでにナーガも何かを期待するような眼差しでこっちを見た。
「お嬢様とは一切関係ないのにわざわざ御自ら手を煩わせて失敗だなんてなんて酔狂な!」
「ひとかけらも褒めてないよね、むしろ全力で貶めに入っているよね!」
思わず全力でナーガに突っ込みを入れてしまった。
「あれは底に突き刺さっているのではないか?だとすればお嬢さんのやり方では引き上げられないだろう」
心なしか憐みを含んだ視線を私に向けながらウルバルが推察する。
底に突き刺さっている……想像すると首をひねりたくなる。
何をどうしてそうなった?
貯水池のほぼ真ん中でボートもない中、どうやってあそこに突き刺す?
私の想像力では力持ちのプロレスラーみたいなおっさんがえいやっと放り投げるシーンが浮かんできた。
完全にギャグ漫画の世界である。
「じゃあ、ナーガだったらどうやってあれをここまで運んでこられるのよ」
口をとがらせて不満を前面に押し出して文句を言いうと、ナーガは恭しくお辞儀をしてみせた。
「お嬢様のご命令とあれば、私めが承りましょう」
慇懃無礼に言ってのけたナーガはそのまま軽い足取りで水面の上を歩く。
うわ、歩いてるよ、なんで?忍者?忍者なのか?
いや、落ち着け自分、アレは羊で執事な悪魔みたいな生き物だ。
しかも大根みたいに死体を軽々と抜いて肩に担いで戻ってきた。
「すごいっ、ナーガさんって魔法の使い方が上手なんですね」
ジークがキラッキラな目をしながらナーガを尊敬のまなざしで見上げていた。
「執事殿は相変わらず器用な真似をする。何をしたのかわかるか、お嬢さん」
ジークのための解説であろうウルバルの問いかけに答えた。
この人、結構教えたがり屋さんだよなぁ。
スタイリッシュな悪役がお似合いなんだけど、間違った知識を許せないみたいな変な完ぺき主義な感じがある。
しかもいい人だと思われたくなくて、徹底的に相手にそれと分からないようにやるあたり、偽悪的にもほどがあるだろう
「足場を魔法で固めたか、凍らせた?」
「水を変質させて固め、その上を歩いたんだ」
砂を固めた感じだろうか。
それとも水に片栗粉とか混ぜて止まると沈むダイランタンシーの実験?
たまにテレビで見かける、芸人を水面の上を走らせるやつね。
でもあれはあんなにゆっくり歩いたら沈むよね。
あれは反発すると瞬間的に固まるんだっけ?
水に飛びこめと言ってあれを仕掛けておけば飛び降り自殺みたいに殺せたりするかな。
頭脳は大人な少年探偵とかじっちゃんの名にかけちゃう話に出てきそう。
漫画、読みたくなってきた。
地球でもダイランタンシーを応用したなんとかアーマースーツの研究があったけど、完成したのかな。
銃弾とかも弾いたり……弾いたとしても衝撃はどうなんだろうね。
あ、衝撃吸収ジェルがあるから大丈夫か。
そうなると分厚くなるね、一センチとかでも動きにくくなるけどどうなんだろう。
アニメとかで出てくる防刃スーツでも衝撃はダイレクトにきてたよね。
「お嬢様、これはいかがいたしましょうか」
ナーガが水死体?を私の前に横たえたので否が応でも現実に引き戻されてしまった。
「穴掘って埋める、が正解じゃないの?」
むしろそれ以外のやりようがあるのだろうか。
この世界じゃ検体とか検死なんてないだろうし、火葬場もないし。
あれ?最大出力で火魔法を放てばあっという間に炭化できるんじゃ……。
改めて死体に目をやった私の思考は停止した。
「うわっ、何ですかこれ」
思わずといったようにカーリーが声を上げたが私も同じ気持ちだ。
青年?中年?壮年じゃない男は白衣を着ていた。
顔の造作はウルバルを上回るほどに美しい。
ウルバルが金魚ならこの男は錦鯉……そろそろ魚から離れようか。
白衣の下は着古してはいるがモノはよさげな白いパンツ。
死体は白衣とパンツだけを着用していた。
服装と顔の良さが際立っており、思わず無駄に美形だと感じ入ってしまった。
「……変態?」
ウルバルのボソッとした呟きがその場を支配した。
猟奇殺人とか死体の扱いをどうしようとか、そんな考えはウルバルの一言の前にどこかへ吹っ飛んでいったよ。
「お、追剥にでもあったのかな。よほどいい服をきてたとか」
ジークがそうに違いないと言わんばかりに声を上げる。
むしろそうであって欲しいという願望か。
いい服なら古着屋で高く売れるしね。
服をはぎ取ったくせに売り物になりそうな白衣を着せるという矛盾にはこのさい目をそらそうじゃないか。
同じ死体でも変態と気の毒な人では悼む気持ちも違うし。
「その辺に埋めてしまうのが一番いいだろう」
非道真っ当な意見がウルバルから提案され、私たちはこくりと頷いた。
「それではお嬢様、その辺に穴を掘ってください。深さは2mあれば十分かと」
「わかった」
土魔法で墓穴を掘る。
我ながら綺麗にできたと思う。
日本のどこかで開催されている穴掘り選手権に出たら自衛隊なんか足元にも及ばないで優勝できるだろう。
ああ、スコップを使っていない時点で失格かぁ。
ナーガは軽々と死体を墓穴に放り捨てた。
その上を土で埋めて平らにならして終了。
「南無~」
お経は知らないんで、これで勘弁してください。
しわとしわをあわせて幸せで、ふしとふしをあわせてふしあぁ……成仏してください。
目を閉じて祈りのポーズをとる。
ちょっとだけいい事をした気分に少し浮かれる。
たとえ死体だろうとも、それが変態チックだとしても、全ては良い事をしたという、満足感に上書きされた。
「それじゃあ行こうか」
いい事をした後は気分がいい。
歩き出してすぐに地響きがどこからともなく聞こえ、私たちは足を止めた。
「なに、地震?」
「この辺りは火山はないですよ」
ジークの言葉に、この世界の人たちも火山と地震の関係は理解しているのだとわかった。
科学ではなく魔法というのは何とも不思議で、変なとこだけ日本よりも発展している。
「お嬢様、は、平気、なんですか?」
カーリーは真っ青な顔でぶるぶる震えていた。
「私の住んでいた場所は火山地帯で地震もしょっちゅうあったから。これぐらいだと町も被害はないんじゃないかな」
耐震設計がないと震度3で崩れ落ちるからね。
でも地鳴りって不気味。
「お嬢様の感覚はおかしいですね」
「ナーガだけには言われたくないっ!」
感情に任せて言い返したら、私の感情を表すかのように後ろの方で地面がドーンと爆発した。
「えっ、なに、まさか今の地震で温泉でも湧いたの?」
うっかり声に喜びがにじんでしまったのは日本人の性だと思う。
だからそんな眼差しで見ないでよ。
異邦人と現地人との感覚差を痛感しつつ、噴水のようにあふれ出す温泉を想像しながら振り返った。
土煙はすぐに風に流されて、そこにある光景は私が思ったものと違った。
地面から手が生えている。
なんかRPGでああいう敵キャラがいたような気がする。
ズボッという音と主にもう一本腕が生えてきた。
「んん?」
続いて手の間から頭が生えてきた。
「これって……ゾンビ?」
「お嬢様、ここは浄化魔法の出番です」
「了解。成仏してね」
そんな祈りを込めつつ浄化魔法をゾンビに向けて放った。
聖女だけが使える固有魔法だけど、光魔法でもできるんじゃないかと時々考察している。
「えっ、浄化魔法?今、浄化魔法って言いませんでしたか」
「そうなのか?私には聞こえなかったが」
「僕にははっきりとそう聞こえましたっ」
「言い間違えは誰にでもある。完璧なる執事と言われる者であっても、例外はない」
淡々とすっとぼけるウルバルとジークの会話に冷や汗をかきながら空を見上げた。
もう魔法、放っちゃったし、どう誤魔化す?
とういかナーガが浄化魔法なんて言うから……。
ナーガをじろりと睨むが、ナーガは綺麗に私の事などスルーしている。
かまってちゃんの気持ちがちょっとだけ理解できた。
「にゅおぉ、なんじゃこりゃー、体が綺麗になったぞ!」
テノールボイスは美声なのに内容が変だよ。
「よっこらしょっ、と」
くだんの人物は地面から抜け出し、地面の上で仁王立ちになった。
薄汚れたパンツと薄汚れた白衣だけを身にまとって。
お巡りさん、ちっとも安心できないよ。




