自虐でも被害妄想でもないから
「えっ、将軍はこの町に住んでいないの?」
ウルバルとナーガの視線が痛い。
「隣国との境だからこそ偉い人は住まないものだ」
至極ごもっともな事をウルバルに言われ、私は乾いた笑いをこぼす。
やっぱり王都までいかなくてはいけないらしい。
しかも将軍なんだから辺境にいるはずもない。
お偉いさんは常に安全な会議室にいるものだけど、この世界もそうなのかな。
たまたま出張でこっちに来ていますなんて幸運もなかった。
「ジークは……ええっと、辺境を守っている偉い人に保護してもらわなくていいの?」
決して王都に送り届けるのが面倒になったとかそういうんじゃないですよ。
知り合ったばかりの赤の他人よりも軍関係者の方が安心できるんじゃないかなぁと思っただけです。
「軍の人には貸しを作りたくないです」
子供とは思えない答えに私の方が言葉に詰まった。
貸し借りだなんてんな発想、湧いてこなかったよ。
頭のいい子供って凄いな。
知っているおじさんがいてほっとするとかないのかな。
まさか親御さんの政敵で保護という名の人質になっちゃう可能性が……なぁんて、考えすぎか。
それとも人見知りとか?
いや、でも、ウルバルとも普通にしゃべっているし、謎だ。
「……ああ、そうなんだ」
「そういえばお嬢様、ギルドに行かないと!」
気まずい空気を払拭するかのようにカーリーが明るい声を出した。
「楽しみですね~」
初めての査定にちょっとドキドキ、かなりワクワクしながらギルドに向かう事になった。
ジークはカーリーとウルバルに任せ、私はナーガを引き連れてギルドに入った。
ギルドの受付に顔を出すと、焦ったように見覚えのある受付嬢がすすっと近づいてきた。
「ようこそギルドへ!別室へどうぞ」
挨拶をする間もなく別室へ連れていかれた。
席に着くように促され、真ん中に座ったナーガの隣に座る。
座り心地の良いソファーに腰をおろすとクッキーの盛り合わせが目の前に置かれた。
これはもしや、VIP待遇というやつでは!
生まれて初めてのびっぷたいぐう……ひらがなで呟いてしまうくらいに感無量です。
小市民の私と違ってナーガは優雅に、というよりはソファーにふんぞり返っている。
こういう図々しい、もとい堂々とした態度は私も見習わないと。
ん?でもこいつは執事だから普通は私の後ろで気配を殺して突っ立っているものじゃないの?
なんで主の私を差し置いてソファーのど真ん中に座っているの?
おかしくない?おかしいよね?
いや、隅っことかはじっこは落ち着くから好きだけどさ。
久しぶりに脳内に出てきたバカ息子が鼻で私を笑ったような気がした。
カチャカチャという陶器が触れ合う音に意識が向いた。
「……」
部屋の片隅でお茶を入れている。
緊張のあまりぶるぶる震えていても一滴もこぼさないそのプロ根性にお茶くみ魂を見た気がした。
ぱっと見た感じ、ナーガはヤクザの親分さんに見えるし、羊の目って意外と怖いよね。
私は……情婦とか思われていたりしてね……ハハ、ありえねぇ~。
きっと借金のかたに奴隷にされた哀れな少女とか思われていそうだ。
今日は薄幸の貧乏人に見える服じゃないけど、雰囲気的に。
ひがみすぎだろうか。
過小評価だろうか。
いいや、私は間違っていないだろう。
だって、あの人からはナーガにそそうがあってはいけないという固い決意が伝わってくるもの。
社畜時代の、重要な取引相手にお茶を出すときの私にそっくりだ。
ちなみにプロではない私はトレーの上にちょっとだけこぼしたけどね。
「失礼、待たせたかな」
これまたいかついおじいさんが豪快にドアを開けて入ってきた。
「ギギギギルド長、ノックぐらいちゃんとしてください」
「こまけぇこたぁいいんだよ」
ギルド長は大きな音を立てて私たちの前に座るとその勢いのままテーブルの上に薄汚れた袋をどんっと置いた。
勢いよく座るので袋から細かいほこりがふわっと舞い散る。
慌ててカップを持ち上げて誇りから逃げる。
お姑さんがいたら人差し指で机を人撫でしてから指先にふっと息を吹きかけていただろう。
ナーガは気にした様子もなく袋を一瞥した。
「詳細は?」
「金貨500枚。通常は200だが、状態が良かったんで一匹250」
「妥当なところでしょう。お嬢様、カードを彼女に渡してください。持ち歩きたいというのなら止めはいたしませんが」
「全額入金お願いします。あ、いや、一枚もらいます。すいませんけど、これ、両替してくれると助かります」
偉そうなナーガにお嬢様と呼ばれたのに低姿勢。
目の前の二人はびっくりした顔で私を見ていたので、ついへらっと笑ってしまった。
卑屈に見えなければいいんだけど。
「か、かしこまりました」
どこか引きつった笑みで女性が私のカードと金貨の入った袋をもって部屋を出ていった。
まさかとは思うが、主従関係入れ替わりプレイの最中とか思われたりは……いや、深く考えてはダメなやつだ。
喉も乾いたことだし、せっかく入れてもらったのだからと一口だけお茶を飲む。
雑味が多い紅茶だった。
人様に入れてもらったゼロ円のお茶なのに文句をつける気はないけれど、ナーガの入れた紅茶に慣れてしまった今、私の舌は安売り売れ残り品の茶葉では満足できない仕様になってしまったらしい。
嫌な発見をしてしまったと思いつつカップをテーブルの上にそっと置いた。
ナーガははなっから飲むつもりはない様だ。
「ところで相談なんだが……」
「お嬢様は先を急いでおりますので、お断りいたします
「まだ何も言ってねぇだろうが」
そっけないナーガの言葉に鼻白みながらギルド長がぎろりとこちらを睨んできた。
年配の偉い人ってだけで緊張するのに、睨まれたら身が竦んでしまう。
これは社畜時代の名残であり、条件反射だ。
わかってはいるけれど、変に緊張してしまう。
「コッブラーデをあれだけ綺麗に倒せるんだ。相当の実力者なんだろ」
ギルド長はナーガではなく私の目を見てくる。
「とんでもないですっ、まだまだ未熟者です」
反射的に出てくる否定文。
謙虚は美徳だが過ぎれば卑下だ。
でも私の実力ではまだナーガを倒す事なんてできない。
ナーガに勝って初めて実力者と自信を持って名乗っていいのだと思う。
「お嬢様はまだまだ修行中の身ですので」
「お前さんにゃ聞いてねーよ。なに、お嬢様の実力なら簡単な仕事だ。ちょっくら魔物を狩ってくるだけの簡単な仕事だ」
ああ、うん、私にもわかるよ。
それ、簡単じゃないやつだよね。
ギルド長は目をすがめて私の実力を計ろうとしている。
ん?なんか今、レジストした?
ひょっとして鑑定魔法、私に使った?
ギルド長が目を見張って私とナーガを行ったり来たりとせわしなく視線を動かしている。
あんなに目を左右に動かして、眼球が疲れたりしないのだろうか。
「申し訳ないのですが、実は今、別件で依頼を受けていますので」
「別件?依頼?なんだったらギルドからの指名依頼をかけてもいいんだが?」
いかにも機嫌が悪いですという低い声で言われた。
これは恫喝されている?
どうしよう、怖い。
隣から放たれる殺気が怖い。
あ、ギルド長の顔が青くなった。
恐る恐る隣に座るナーガを見れば、無言でギルド長を威嚇している。
「何か勘違いをなされているようですね」
上から目線の口調でナーガが言った。
「お嬢様は冒険者ではありませんので、こちらのギルドにとやかく言われる筋合いはないのですが?」
「は?」
嘘だろ、と言わんばかりの目を私に向けてきたので急いで顔を上下に動かす。
ああ、今頃はきっときゃっきゃウフフとジーク達は買い物をしているんだろうな……。
現実逃避をはじめようとしたら、女性が部屋の中に入ってきた。
おいおいノックはどうした?
このギルドにはノックの文化がないのか?
「お待たせいたしました。こちら、ご確認ください」
カードと崩した銀貨を乗せた銀のトレーごと私の前に置いた。
「ナーガ、確認して頂戴」
お嬢様風に言うと、さっきを綺麗に引っ込めてナーガが素早く銀貨の山を数える。
その間に私はカードをしまった。
「確認いたしました。問題ありません」
そのまま銀貨を鷲掴みにして財布代わりの子袋にしまい込む。
庶民そのものの行動にギルド長と女性は何か言いたげだったがまるっと無視だ。
早くここから立ち去らないと、執事な羊がキレてしまったら誰が止める?
私しかいないだろうが、やりたくない。
「用は済んだし、みんなと合流しよう。軍資金も手に入ったし、買い物したい」
旅に必要なアレコレを物色したい。
カーリーと女子トークしながらジークと一緒に珍しいものを見てはしゃぎたい。
買い食いしてウルバルのご尊顔を見ながら現実逃避したい。
「そういうわけなので、失礼します」
社会人なので挨拶はちゃんとしないと気持ち悪い。
立ち上がって頭を下げるお辞儀をするとそそくさと部屋から退出した。
逃げるように?いいえ、普通に退出です。
社畜時代に鍛え上げた、茶を出したら客に話しかけられる前に即退出の秘儀を久しぶりに使った。
「お嬢様、素晴らしい逃げ足です」
冒険者ギルドを出てすぐになぜかナーガに褒められた。
「カーリーたちはどこにいるかな」
「市場でしょう。調味料と食材の調達をしているはずです」
野菜や塩コショウは魔物を倒しても手に入らないものね。
私の収納空間の中には肉が山のように入っている。
今ならあの流れ着いた洞窟で数年はくらしていけるだけの蓄えはあるのだ。
肉だけ。
……苔だけに比べたらマシだ。
肉だけとはいえ、種類は無駄に豊富だし。
「お嬢様、いかがなされましたか?」
ナーガに声をかけられ、はっと我に返る。
「ううん、どうもしないよ。早くみんなと合流しよう!」
今日はなんだか昔の事を思い出す。
会社で磨いた処世術とか、洞窟での日々とか。
思い出したからってどうもこうもないのだけれど、少しだけセンチメンタルな気分になる。
落ち込んでいるわけじゃないけど、戻れない、戻りたくない事をなんで思い出すかな。
「せっかくだし、古着屋で洋服もいっぱい買いたいな」
「オーダーメイドではないのですか?」
「旅で汚れるのに新品なんてありえない」
こっちの世界の新品はブランド品並みにお高いし、オーダーメイドなんてとんでもない。
誰に何と言われようとも、この世界での私の身の丈に合ったものと言えば古着なのだ。
……別に自虐じゃないよ。
古着と言ってもピンキリだし、普通の村、いや、普通の町娘が着るような服を買うんだから貧乏じゃないし、幸薄そうだなんて思われたりしないんだからっ、絶対にね!




