おのぼりさん
道中、何の問題もなく混沌の国と呼ばれるウルトロン国に到着した。
城壁ってどんなかと思ったら万里の長城を連想させるもので、ぱか~んと口をあけて城壁を見上げてしまった。
本物の迫力に圧倒されていた。
街を丸ごと一つ囲んじゃう塀……規模が違う事に改めて感心した。
ナーガの咳払いで慌てて口を閉じ、人が並んでいる列の後ろにつく。
なぜ並ぶのかわからないので、教えて、ナーガさん。
目をやれば、ナーガはすぐに教えてくれる。
「大きな都市や街に入るには、税金がかかるのですよ」
入るだけで税金がかかるって、すごいな……。
でもこれだけの城壁を作るだけでも相当な金がかかるから、仕方ないとも思える。
「ここは辺境と呼ばれる国境沿いの領になります」
ジークが説明してくれたよ。
辺境って言われると文明も遅れている自然しかない場所ってイメージで、未踏なのが秘境で、その一歩手前が辺境。
この世界だと、国境沿いの領土を辺境で、その中で一番偉いのが東西南北の辺境伯爵で、侯爵と伯爵の間くらいの地位なんだって。
国の制度を勉強しているうちに列は進み、私たちの番になった。
カーリーが門番と何か話してお金をわたす。
門番たちは私たちをじろじろと見ていたが、やがて頷くと後ろの人に目を向けた。
「さぁ、行きますよ」
カーリーが私たちに声をかけ、ぞろぞろと通過した。
「うわぁ……」
城壁を抜けると映画村……じゃない、石畳が敷き詰められた三階建ての建物が軒を連ねる目抜き通りがあった。
まっすぐな道の向こうには噴水が辛うじて見える。
服装は中世ヨーロッパって感じで、ミレーの落ち穂拾いとかに出てきそうな女性がそこかしこにいた。
ロングスカートがデフォなのかと思えば、膝上スカートにズボンという格好の女性もいる。
そして一番の注目度はお尻と頭。
人族にはない耳と尻尾。
モフモフすりすりしたいっ!
秘かに興奮する私だったが、ナーガのジト目に気が付いて冷静にというか、我に返った。
「ナーガも獣人なんだっけ?」
「ええ。羊の獣人です」
獣人に対する浮ついた気持ちは潮が引くようにどこかへ消えた。
それはもう見事にきれいさっぱりと。
もう羊の一族だけがおかしいのだという事を祈るしかない。
「お嬢様、あまりきょろきょろすると絡まれますよ」
カーリーが苦笑気味に私に声をかけた。
「うっ……ごめんなさい、気をつけます」
ジークにすら呆れられている私は究極のお上りさん状態です。
大人なんだから、もうちょっと落ち着こう。
中世ヨーロッパにタイムスリップしたような気分だけれど、異世界に召喚されるのとどっちがマシなのだろう。
そう考えると冷静になれる。
伊達政宗はよくもまぁ欧州に部下を送り込んだなぁと感心しちゃうよ。
おおっといかんいかん、現実に目を向けよう。
ここは異世界、私は追われる身の召喚された聖女。
現実に目を向けると、ものすごく胡散臭いよね、私。
いかん、落ち込みそうだ。
「あの髪飾り、お嬢さんに似合いそうじゃないか」
雑貨屋さんの店頭に飾られた髪飾りを指さしたかと思うと、ウルバルが私の腕をつかんで連行……じゃなくてエスコートして店に入った。
ウルバルが似合いそうと言ったのは、銀色の髪留めだった。
横長の楕円で真ん中に女性の横顔が浮き彫りに入っている。
「これは……」
「お客様、お目が高いですね。これは四百年前に降臨なさった聖女様の横顔を模したものなのですよ!」
聖女、ねぇ……。
偶然か故意か……ううん、考えすぎだよね。
流されてきたウルバルは私がいなかったら死んでいた。
あれは演技じゃなくて本当。
彼は私に助けられたことは恩にきてもカーリーの様に崇拝したりしない。
むしろなぜこんな所に治癒の魔法が使える女がいるのか訝しげだったし、打ち解けたようでいて一線は引いている。
いつか別れることを前提にしての付き合いだからだ。
私の想像だけれど、彼はきっと人の上に立つ人だ。
どんな立場なのかはわからないけれど、どんなリーダーなのかは少しだけ想像ができる。
カリスマはあるけれど、彼は他人の弱みを握って操るタイプだと思う。
下種な人種ではないけれど、悪いことを悪いとわかっていて平気でやれちゃう人。
私の素性を勘繰るのが嫌だから、わざとそれを口にして私に警戒させて距離をとらせようとするくらいには、私に恩を感じている。
深入りしてはいけない人。
綺麗な顔は誘蛾灯と同じ。
私と彼の世界は違うのだから。
「すごく素敵だけど、もったいなくて普段使いにはできないよ……」
笑いながら、相手が不快にならないような断り文句を口にする。
ほんの少しの後悔に胸は痛むけれど、きっとこれでいいのだと振り返った時にきっと思えるはずだ。
恋に溺れるには踏み出す勇気がない小心者で、恋に盲目になるにはまだ足りない。
だから見ざる聞かざる言わざるの精神でいれば大丈夫。
今のままの距離感を、彼も私も望んでいるのだから。
「そうか。ではこっちの物ならどうだ?」
それは木でつくられた髪飾りで、真ん中に花が彫られていた。
どこにでもありそうな茶色い枝の色合いで、森でつけていても目立つ事はないだろう。
むしろ埋没するから大歓迎だ。
嬉しい気持ちが抑えきれずに口元がへにょっとするのが自分でもわかった。
雑貨屋さんでオシャレな小物をお買いモノって、いつぶり!
しかも超絶美形からの贈り物って、死亡フラグですか!
ううん、もはやそんなことはどうでもいい、純粋に嬉しいっ!
「ではこれを」
私が口をはさむ間もなくウルバルはさっさと髪飾りを店員に渡してしまい、私の手が空をさまよう。
それを見てウルバルはくすりといたずらっ子のように笑った。
「普段使いがいいのだろう?」
文句があるのか、と言わんばかりの口調に私は金魚みたいに口をパクパクさせ、それから閉じた。
店員から受け取った包みを持ってウルバルは店を出たので、私もあわてて店を出る。
そこでウルバルは包みを私の前に差し出した。
「気が向いたらつけるといい」
上から目線だが気づかいのある言い方に私の両手は水をすくうみたいに包みの下に伸び、ウルバルが手を離したので包みが手のひらの上に落ちてきた。
「ありがとう」
気が付けばお礼を口にしていた。
打算も何もない、単なる好意が嬉しくて、泣きそうになる。
私はこんなに感激屋さんだったかな。
もっとロジカルで捻くれた捉え方をする人間だったと思ったけれど、この世界に来て変わったようだ。
私の顔を見てウルバルは驚いたようだが、すぐに笑みを返してくれた。
冬の陽だまりのような、親が子を見守るような、そんな生温かな笑みだったけれど、その顔を見てしまった通りすがりの人が顔を真っ赤にしていたほうが印象的だった。
鼻を抑えている人がいたけど、大丈夫かな。
あっちの人はよろけて店の壁にぶつかっているけど、大丈夫かな。
美形の破壊力って半端ないんだという衝撃に、私じゃ一生、笑顔で他人に衝撃を与えるなんて芸当はできないだろうと苦笑するしかなかった。
「お嬢様~、よかったですね」
なぜかカーリーが嬉しそうに私の頭をなでた。
良い大人がいい子いい子されるっていったい……恥ずかしいんだけど、でもちょっと嬉しいと思うあたり相当人のぬくもりに飢えているのだろう。
「宿でつけてみましょう!」
「やど?」
やどかり?ヤドラン?ヤドン?ヤドクガエル?
どれも違うからね、と自分に突っ込みを入れてからこてんと首をかしげる。
野宿生活が長いから、どこかに金を払ってお泊りするって思考がまるっと抜けていたことに気が付いた。
「宿って、この町に泊まるって事?」
「はい、そうですよ」
お金、もってない。
まっさきにそれが思い浮かんだが、そういや村長から金をいくばくかもらっていたっけ。
通貨価値が全くわからないけれどねっ。
「お嬢様、各種ギルドで素材を換金できます」
グーグル……じゃない、ナーガが私の考えを読んだのか、横から口をはさんだ。
「ああ、そっか。で、各種ギルドって?」
「冒険ギルド、商業ギルド、魔法ギルド、医薬ギルド、傭兵ギルドの五種類です」
「魔法ギルド?」
「魔道具を取り扱うのですよ」
「商業ギルドじゃないんだ……」
「魔法を生業にしている者は魔法ギルドに登録して魔道具を作り、商業ギルドに登録している商人に売るのですよ」
餅は餅屋という事なのだろうかと思ったら、ご禁制の品をはびこらせないためだとナーガが補足してきた。
作った魔道具はいったん魔法ギルドで品質チェックを受けてお墨付きをもらってからでないと売れないらしい。
「人の護衛とか商品に護衛はどうなるの?」
傭兵ギルドのお仕事を詳しく聞くと、日本で言う警備会社みたいなものだった。
護衛や警護なんか仕事が被るけれど、単発や移動時なら冒険ギルド、長期なら傭兵ギルドと案外住み分けができているらしい。
傭兵ギルドだと街を拠点にしている人が多く、冒険ギルドだと放浪癖のある人が多いという事も教えてもらった。
「素材はどこで?」
「分別しないで丸ごとならば冒険ギルドが一番です。医薬ギルドはクスリになる物しか買取しませんし、魔法ギルドも魔道具の素材になる物しか買い取りません」
「商業ギルドは?」
「買い叩かれます」
商業ギルドだと細かく見るため、傷一つない状態の素材ならば高額で買ってもらえるが、傷が一つでもあれば買い叩かれるらしいので自信があれば一獲千金も夢じゃない。
その点冒険者ギルドだと良し悪しで差はあれど一定額が決まっていて商業ギルドよりも買取価格の差が小さいらしい。
そもそも戦って倒して素材を入手するんだから、相当の腕を持ってない限り傷がないって無理なんじゃ……。
「初めての冒険者ギルド……って、登録は無理じゃないの?」
深夜のアニメのあれこれだと、ギルドカードなる物には職業やらスキルが記載されていた気がする。
聖女の卵とか聖女もどきとか表記されたらどうすんの?
しかも使い魔に神獣とか、騒動になるのが目に見えるようだ。
「大丈夫でございます。私がおりますので」
そう言ってナーガはふところから名刺ほどの大きさの真っ黒いカードを取り出して見せた。
「それっ、ブラックカードじゃないですかっ。初めて見ました!」
それを聞いた私が思い浮かべたのは、使用金額の限度がない超金持ちだけが持てる某金融カードだった。
この世界にもあるのかと驚いたが、出どころはきっと過去に召喚された勇者や聖女なのだろう。
「ギルドではお金を預かってくれるシステムもありますので、お嬢様はそちらに登録されれば問題はありません」
なんだかよくわからないけれど、銀行みたいなものがあるらしい。
どのギルドでも引き出し入金可能で年間使用料を払うだけ。
お得なシステムである。
なんだかワクワクしてきたぞ。




