旅だち
魔の森から魔国ウルトロンに向かって出発だ。
旅の準備は今までため込んでいた素材の一部でまかなえた。
これを機会に私の服も一新!
はいっ、その辺にいそうな村娘の出来上がりです!
お金を恵んでもらおうとご令息にまとわりつく貧乏人からどこにでもいそうな村娘に華麗に変身です!
誰が何と言おうと、華麗にですっ!
着なくなった貧乏人が着るようなワンピースはナーガがしまいました。
またいつか役に立つ日が来るといけないので、と言われて私はなんて返せばいいのかわからなかったけれど。
ナギに乗って行けばすぐだけれど、せっかくなので普通の移動方法を勉強するためもあっての旅支度だ。
マジックバックがあるので多めに買っても大丈夫って嬉しい。
どんどん荷物を詰め込む私をウルバルが呆れたように見ていた。
「お嬢さん」
「はい、なんでしょーか」
「……マジックバックは高級品だ。人前で出し入れするのは控えたほうがいい」
「どれだけ高級品なんですか?」
「そうだな……馬車一つ分で白金十枚」
ええっと、金貨が百枚で白金一枚だから百枚で、金貨一枚が十万円だから……一千万円。
物価がどうなってんのかわからないので高いのか安いのかがさっぱりだ。
庶民の平均的な月の稼ぎがいくらだよっ。
眉をひそめた私を見て事の重大さを理解したかと言わんばかりにウルバルは満足そうに頷いた。
「お嬢さんの事を詮索するつもりはないが、第三者から見たお嬢さんの印象は、どう低く見積もっても良家の子女だ」
良家の子息と思しき男性にそう言われて悪い気はしないどころかへらっと表情が緩む。
ピンと来ていない私の表情にウルバルはため息をつく。
「執事の一族、侍女、飼い犬、身辺警護。貴族や高位の商家が持つ大容量のマジックバックを持つ訳ありの女性。そこから何を推察する?」
「……お金持ちかある程度の身分があるお嬢様」
はい、アウトーってやつですね。
ネギしょったカモです。
命のお値段はおいくら?の世界です。
庶民育ちにはテレビ画面の向こうの話だったのに、気が付けば当事者です。
「日雇い肉体労働で一か月働いたらどれくらい稼げるものなんですか?」
「金貨一枚前後だろう」
物価が安い分、給料も安いのか?
「平民で月に金貨一枚稼げるのならまぁいいほうだ」
その言い回しだと、たいていは金貨一枚に届かないということか。
「ちなみに、マジックバックってどれくらいの価値というか、どの程度、出回っているんですか?」
「魔法で付与することを生業にしている者でもリュックの大きさで容量七つ分が限度だ。それ以上のサイズとなるとダンジョン産になるな」
つまり、リュック七つ分ならば手に入れられるけど、それ以上になるとレアで手に入りにくく、ダンジョンの宝箱となれば危険割り増し更に価値が上がると。
「……マジックバックの中にマジックバックは?」
「不可能な技術だな」
それができてれば人を殺してまでも大容量のマジックバックを手に入れようなんて思わないよね。
人が作った容量小サイズは金貨二十枚。
数年頑張れば手に入れられるお値段だけど、ダンジョン産になると一気に金額が跳ね上がって最低でも金貨百枚、つまり白金一枚というわけか。
「ダンジョン産が出回っている数は知らんが、国を代表する商家でも一つ持っているかどうかだな」
それを人はレアという。
自分で作っておきながらなんだけど、これって相当ヤバイ代物じゃないか。
まじまじとマジックバックを見ていると、ウルバルはうっすらと小ばかにするように笑った。
「誰もそれが究極のマジックバックとは思わないだろう。人前で使わなければ問題はない。荷物持ちは執事の仕事だ」
そっか、買ったものはナーガに預けて、人目のないところで返してもらえばいいんだ。
面倒だけど仕方ない。
というか、ナーガもマジックバックを持っているはずなんだけど……いまだにどれがマジックバックなのかわからないんだよね。
「そういえば、ウルバルの準備はどうなっているの?」
カーリーはマジックバックを持っていて、そこに旅の必需品は入っているといっていた。
暗殺者は高給取りで、二個持っていると自慢されたのは記憶に新しいが、ウルバルの話を聞いて納得した。
高級ブランドのバックを二つ持っていると思えばカーリーが自慢するのもわかる。
ちなみにカーリーはまだ私がダンジョン産もびっくりな大容量時間保存停止付きのマジックバックを持っていることを知らない。
宝石店でダイヤのネックレスを買ったの、とはしゃいでいる人に女王様が持つ錫杖の先端についている世界最高峰のダイヤをみせるようなものだろうか。
うん、私だったら嫌なので黙っておこう。
信用していないわけじゃないけれど、万が一って事もあるしね。
ちなみにウルバルはナーガとナギによる魔法の訓練を見ているので、私が高難度の魔法を使えることは知っている。
空間、闇、水だけで、聖女だけが使える魔法の事は知らない。
ちなみに索敵魔法は空間、光、闇、風のどれかがないと使えないそうだ。
「私の分はナーガが用意する」
ものすごく自然に、部下が用意する、みたいな言い方だったので驚いた。
「何しろ私は一文無しだからな」
悪びれず卑下することなく堂々といい放つウルバル。
開き直りとは違うことは見ていればすぐにわかる。
行くところに行けば金はあるからこその余裕だ。
ご実家は相当なお金持ちとみました。
「……魔の森を出て、大丈夫なの?」
「ああ。ウルトロンなら問題ない」
「そう。ウルバルは行ったことがあるの?」
「王都ならば」
そこでふっとウルバルは何かに気が付いたように私の方を見た。
「お嬢さん、ウルトロンは世界で一番広い国だ。ジークはどこから来たと言っていた?」
「それはまだ。道中でおいおい聞き出す予定です」
賢そうな男の子は、なついているが心は開いていない。
時折、こちらを見定めるような顔をしているから、今聞いても自分がどこの出身かは教えてくれない気がする。
「先にくぎを刺しておくが、あの子の身許を誰かれ構わず尋ねるのだけはやめてくれ」
「なんでですか?」
「人さらいの罪は男女問わず鉱山での肉体労働だ」
即答された言葉に仰天する。
「私たちが人さらい、ですか?」
「見知らぬ輩が子供の親を探すということは、そういう事だ」
「意味が分かりません」
「自作自演というやつだよ」
「おぉ……その可能性は全く考えていませんでした……」
ウルバルが何を危惧しているのかようやくわかった。
ジーク少年の親だって探しているはずだ。
良い人ならいいけど、悪い人なら?
へたすりゃこっちが罪人扱いされて……うん、この世界、性善説はまかり通らない。
「親が売った可能性もある」
ああ、嫌だなぁ。
売った子供が帰ってきたら、どう思う?
一粒で二度おいしい状態?
「お家騒動が絡んでいたら最悪だな」
問答無用で全員、殺されそうだ。
「礼金を出し渋って罪を着せて投獄もありえる」
「無事でよかったと泣いて喜ぶ親はいないんでしょーか」
「そうだといいな」
世知辛い世の中だとは思っていたけれど、危険がありあまっているよこの世界。
ウルバルは面白がるように口角を上げた。
ええっと、これは、私がからかわれたとか?
「お嬢さんには興味が尽きないな」
「えっ?」
そそそそれはまさか……。
「常識を知らない箱入り娘のようでいて、知識は深い。素性を探るつもりはないが……好奇心を刺激する存在であるが故に、困る」
あっまーい!と言いたいところだが、字面ほど甘い物ではない。
それってさ、私個人じゃなくて、バックグラウンドに興味があると言われたも同然……。
ええ、ええ、そうでしょうとも、私ごときの顔面偏差値でウルバルの横に立とうなどと甘い考え、むしろメイドとして斜め後ろに存在感を消して立てよみたいな?
あら、その絵面だとものすごくお似合いじゃないの、と思ってしまう自分が悲しい。
「なんというか……殺伐としていますね」
もっと明るいことは考えないのだろうか。
「そういうお嬢さんは何を考えていた?」
「ジークの様子から、ちゃんとした裕福なご家庭で両親に愛されて育ったと思ったから、親子の感激な対面シーンを想像していましたけど」
くっ、と肩を震わしておきながら笑いをこらえるウルバル。
なんていうか、育った環境が違うから、という言葉が自然と湧き上がってきた。
性善説を無意識に信じている日本人と、性悪説を実感している異世界人といったところか。
何もかもが正反対だと思ったから、ウルバルの呆れたような面白がるような視線も甘んじて受けようと思う。
人によっては、私の考えって甘すぎて反吐が出るんだろうなぁ……。
ウルバルは上品だからそんなこと口にしないけど思ってはいそうだ。
だからとりあえず、日本人特有の笑顔でごまかしておこうと思う。
秘儀、あいまいな笑顔!
ちょっと目を丸くさせた後、ウルバルは何も言わずに肩をすくめた。
ものすごく様になっていて、なんかちょっと悔しい。




