つじつま合わせ
戦術というにはありきたりで確実な方法だった。
ナーガが睡眠の魔法を使って全員を眠らせ、ウルバルとカーリーが突入して起きていた犯罪者を文字通りに一刀両断。
私はナギの後にくっついて子供達の救出。
一方的な蹂躙というには現場は綺麗なもので、むしろ魔物を狩った方がグロイ光景だったなと思ったほどあっけなかった。
ウルバルとカーリーが眠りこけた悪者たちの心臓に刃を立てる。
その対象が魔物じゃなくて人っていうだけ。
そう冷静に思える自分がちょっと怖かった。
人を殺した描写で、あまりの良心の呵責に体が震えたり吐いたりっていうのは定番だけれど。
自分の手で下していないから、という言い訳があるけれど。
でも私の手はすでに魔物や獣の命を刈り取ったことがあるので、心臓に突き刺す二人の手の感触は容易に想像できる。
皮膚を貫く感触をすでに私は知っていたんだと愕然としながらも、それは生きるための狩りであって人殺しではないけれど、やっていることは同じなのだと理解した。
命を刈り取る理由が違うだけ。
違うだけでやっていることは変わらない。
食べるか、食べないか。
戯れか、生存本能によるものか。
これはどれでもない。
あえて分類するならば、生存本能によるものだけれど、私は彼らに恨みなど欠片もないし命を脅かされたわけでもない。
だからといって無駄な殺生かと言われると、そうも言いきれなくて。
結局のところ、手を汚すことなく命を刈り取るという意識をしてしまう自分が嫌なだけの、自己保身からくる嫌悪なのだ。
大義名分というのは耳に聞こえがいいけれど、心にも聞こえがいいのだなと思った。
少なくとも盗賊退治という大義名分で殺害し、偽善で子供達を助けることで自分にも他人にも言い訳ができる。
鉄錆に似た匂いにむせ返って気持ち悪くなっただけの、日本人としてどうなのよという突っ込みにそう返す。
この匂いに慣れた時、私はどう変わっているのだろうか。
日本人のアイデンティティを鼻で笑う嫌な女になっているのだろうか。
酸いも甘いもかみ分けて受け入れて割り切って。
ゆっくりと異世界人と同じ色に染まっていくことは確実だ。
朱に交われば赤くなるっていうけれど、鮮血も酸化した血も赤は赤だ。
できれば違う赤色になりたい……。
「うわぁぁぁん、ありっ、がとう」
洞窟を出るなり一斉に泣きじゃくりつつもお礼を口にする子供達。
緊張感から解放されて一気に感情が高ぶったのだろう。
子供達の涙とともに私の中の苦いものが流れて消えていく。
屠った命の事を忘れさせてくれるほどの生きていることに対する喜びと力強さに圧倒された。
「怖かったね。よくがんばったね。おうちに、帰ろうか」
自分でもびっくりするくらい優しい声が出た。
この子達は私と同じだ。
自分の意志とはちがう別の思惑で攫われ、監禁された。
だからかな、とにかくこの子達には幸せになってほしい。
純粋にそう思う。
己の力で未来を切り開けるだけの、くじけぬ強さ。
抗えない力の前に屈せぬ強さ。
知力体力はその後でいい。
やる気と根性がなきゃ知力も体力もつかないしね。
とにかくがんばって生きろ、幸せをつかみ取れと心の中でひっそりとエールを送る。
四人の子供達の頭を一人一人なでながらそんなことを思っていたら、慌てたようにナギが駆け寄ってきた。
「何かあったの?」
ナギは信じられない、と言いたげな顔で私を見た。
『主、今、子供達に何をした?』
「頭をなでなで」
見たまんまでしょうけど、一応言葉にしてみると、ナギはなぜだががっくりと首を垂れた。
『…………子供達に聖女の祝福がなされた』
「…………」
『…………』
「お姉ちゃん、どうかしたの?」
いたいけな瞳を向けられた私は思わず空を仰いだ。
「いい天気だね……」
取り合えず、現実逃避をしておこう。
「大丈夫かな……」
「やってしまったものは仕方ありません。それとも、証拠を隠滅いたしましょうか?」
ナーガに顛末を話して相談した私は激しく後悔することになった。
証拠隠滅って、もしや皆殺し?
確かに、情報を知る人間をみんな殺せば情報が洩れる心配はなくなるけれど、だからって子供を殺すのは……。
青ざめる私を不思議そうに見るナーガ。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
「だ、だって証拠隠滅って……」
「ステータスに刻まれたという事は魂に刻まれたという事と同じです。つまり、助け出した時に聖女はいなかった、ということにすればよろしいのです」
「は?」
「つまり、お嬢様は実は女装好きのお坊ちゃまだったという事をこども達に認識させればよろしいのです。子供の口をふさぐのは難しいですからねぇ」
な、なんだ、そっち。
私の存在を隠滅しちゃう方向なのね……あいからわず紛らわしい。
この場に聖女はいなかった。
奴らは最初から聖女の祝福がある子供をさらい、それを私たちが助け出したということにするのだ。
ナーガはニヤリと口元で笑った。
「おやお嬢様。何を想像されましたかな?」
白々しいんだよ、コンチキショーめっ!
とりあえず脳内のバカ息子から巨大ハリセンを受け取ってナーガの後頭部をフルスイングする想像でやり場のない怒りを吹っ飛ばす。
「ウルバルとカーリーにも伝えておいてね。逃走中だから女だって伝えられたら困るっていえば大丈夫だよね」
「了解しました。お嬢様はどのように?」
「ええっと、変化の魔法で胸を平らにして髪はカツラだって思いこませれば問題ないよね」
「はい。ではこれをどうぞ」
どこからともなくナーガは長い髪のカツラとショートヘアのかつらを取り出した。
カツラの上にカツラって、むれそうだけど贅沢は言えない。
そしてなぜカツラがあるのかも突っ込んだらきっと負けだ。
でも好奇心に負けて一つ問いかける。
「金髪ドリルのカツラってあるかな?」
「コレでございますか?お嬢様には似合わないかと」
昔懐かしお蝶婦人と呼ばれたお金持ちのお嬢様といえばコレなカツラがナーガの手にあった。
「あぁ、うん、聞いてみただけ」
本当に持っていたよ。
そして金髪ドリルでなぜ通じた?
執事の一族は奥深い……。
子供達が見ていない間に胸をぺったんこにして布を詰め、二段構えのかつらをかぶる。
そして子供達の前でわざわざ着替える。
ズボンをはいてから貧乏くさいワンピースを脱ぎ、シャツを着る。
ポロリとおちる布の塊が二つ。
子供達の目がそれを追って地面に向けられたあと、幻術で男の胸に見える私の胸に注目。
シャツを着て上着をきると、おもむろに黒髪長髪のかつらを外す。
茶色のショートヘアになった少年の出来上がりに子供達の口がぽかんと開いていた。
「お、お、お姉ちゃんが、お兄ちゃん?」
子供達は困惑している。
ウルバルはすでに私たちから視線を外し、他人ですという顔。
「お姉ちゃんはね、実はお兄ちゃんなの」
打ち合わせ通りにカーリーがフォローを入れる。
「わけあって女の子の恰好をしていたけれど、本当は男の子なんだ」
「なんで今、男に戻ったの?」
鋭い質問が飛んできた。
「えっ、だってこれから湿地帯を抜けるのに女の子の恰好じゃ大変でしょ」
実に分かりやすい単純な理由に子供達は納得する。
純真で素直な子供達が直視できませんっ!
でもこれで子供達は私が本当は男の子だって信じただろう。
もし誰かにステータスを見られたとしても、子供達は私=聖女とは結び付かないはずだ。
カーリーに聖女疑惑がかかるかもしれないと心配したが、カーリーは冒険者としても暗殺者としても身元は確かなので大丈夫だと太鼓判を押された。
暗殺者の身許が確かってどういう意味なんだろう……。
職業的に、大丈夫なのか?
異世界って奥が深いなぁ……。
あとちょっとで隠れ里というところでいったん休憩。
とりあえず男の娘で納得したであろう子供達の好奇心丸出しの視線の中、女装に戻る。
こっちが本来の姿なんだけど、純真無垢な子供達はしたり顔だ。
「秘密なんだよね?」
子供って秘密って言葉が好きだよね。
特別感にわくわくしている。
「絶対に言わないよ!」
これ、絶対にしゃべるやつだよね。
「こっちの方が似合うね」
素でいうなら嬉しいけれど、男の娘としては複雑になるのだろうか。
「どっちでもいいっ、お兄ちゃんはお姉ちゃんだっ!」
大らかなお言葉だが君の将来がちょっと心配になった私は腐っているのかもしれない。
「お嬢様。そろそろまいりましょう」
ナーガに声をかけられ、こちらを見ている仲間たちに頷き返す。
「それじゃあみんな~、あとちょっとで帰れるよ~」
歌のお姉さん的なノリで子供達に声をかけると、子供達は元気で返事をしてくれた。
ノリの良い子供達でよかった。
「お嬢様は小さな子供がお好きなんですね」
ニヤニヤしながらカーリーが言った。
なぜピンポイントに小さなをつけるのか?
お前は私をショタコンロリコンにしたいのか?
いや落ち着け、ナーガと違ってカーリーに変態疑惑をもたれるいわれはない。
「うちは親戚が多いから、子供の扱いは慣れているの」
従姉の子供とか、従兄の子供とか、叔父さんの弟の子供とか、伯父さんのお姉さんの孫とか、親戚づきあいが濃いというか、半分近くが県内にいて、距離的な中心地がウチだったからもう年始年末連休中は合宿所のようだった。
当時は面倒だとか思っていたし他所に行けよとか心の中で悪態をついたこともあったけれど、振り返るとよくしてもらった記憶も蘇って、あの場所にいたらわからなかったことが今はよくわかる。
面倒を見たお礼に美味しいアイスやゼリーの詰め合わせ、映画のチケット、ちょいお高めの流行りのバックや服、そして化粧の仕方も教わった。
離れて初めて気が付くことは存外多くてびっくりだ。
「カーリーはどうなの?」
「好きですよ」
笑顔で答えられたのはいいけれど……会話の流れからどうしても不穏な方向へ思考が流れる。
そういえば、イケメンのウルバルの顔を見ても表情一つ変えなかったな……私の美意識とこの世界の美意識がずれているとか?
……そう思っておこう、うん、そのほうが私の精神は守られるはず、きっと、たぶん。




