NOと言えない日本人
ここはあれだ、命の恩人というのをかさに着てみようと思う。
「痛いところはありませんか?」
イメージ的には手術後の麻酔から覚めた患者さんに声をかける看護師さんのように思いやりが溢れたやさしい口調だ。
男の意識が私の方に向く。
「二人とも、武器を下ろしてください。ナーガ、下がって」
私の言葉にナーガはその場を蹴って私の横にふわりと着地して背筋をピンと伸ばす。
とても洗練された動きに一瞬目がいくが、今はそれどころではない。
私は目の前の男に目を向けた。
こんな時だけど、私の目は男の顔に釘付けだ。
まさに水も滴るいい男……。
「ケガを治してくれたのは君か、お嬢さん」
思いもかけず丁寧な言い回しに私の目が丸くなる。
下町のにーちゃんかと思ったが、違う?
お嬢さんなんて声をかけられたのは日本でもこっちでも初めてだよ!
なにこの英国紳士!いや、ここは英国じゃないけど。
「はい、そうです」
男はゆっくりと立ち上がり、私の方を向いた。
「ありがとう、助かった」
「お嬢様に近づくことは許さん」
私の方に歩き出そうとした男の足が、ナーガの声に止まる。
彼の目がナーガの特徴的なくるんと巻いた角で止まる。
「羊の魔族か……」
何かを考えるように彼の目が再び私の方に向けられた。
「主従なのか?」
問いかける声には好奇心がにじんでいる。
質素なうえにボロボロになったワンピースを着た女に超一流の羊な執事がついている。
彼じゃなくても好奇心を刺激されるだろう。
「そう、なるかな?」
「そうだ」
私の疑問形の返答にかぶせるようにナーガが答える。
「そうか。助けてくれた恩を返したい」
どこかで聞いたような展開だ。
「当然却下ですね、お嬢様」
「お前にはきいていない」
男とナーガがにらみ合う。
どうしたらいいんだろう。
再び私がオロオロとしていると、ナギがやってきた。
『腹が減った』
緊張感も何もない以前に、聖獣は食べなくても大丈夫な存在じゃなかったっけ?
心の中で突っ込む私をよそに、ナギはナーガを見ながらもう一度行った。
『腹が減った』
ナーガのやる気が失せるのがわかった。
「わかりました。食事の準備をいたしましょう」
「ナーガ、そっちの彼の分もお願いします」
絶対に彼の分は作らないだろうと思ったので先にくぎを刺す。
「わかりました。お嬢様のお望みのままに」
優雅に軽く腰を折って礼をしたナーガはその場を後にした。
ナギがいるから大丈夫と思ったのだろう。
「それは……まさか、聖獣なのか?」
驚きのあまり、声が震えている。
感極まった、というよりは緊張感?
「わかるんですか?」
「あり方が我々と違うから、見る者が見ればすぐわかる」
そう言ってから男は私の方を見た。
「私はウルバル。盗賊に襲われて殺されそうになったので、川に飛び込んだのだが……思ったより深手を負ったらしく途中で意識がなくなった」
「不幸な事故だったんですね」
なんといっていいのかわからないので、毒にも薬にもならない言葉にしておく。
なるほど、だからお育ちがよさそうな雰囲気が駄々洩れなんだ……。
こんなボロボロの貧乏を通り越した女を相手にお嬢さんだなんてすんなり出てくるから、詐欺師かと思ったよ。
「ええっと、ウルバルさん」
なにか、と目で彼が問いかけてくる。
なんといいましょうか、とげとげで神経質な感じの人だ。
まぁ盗賊に襲われたばかりなんだから、人間不信になって態度がとげとげになってしまうのもしょうがないだろう。
かつての私のように、川に流れてどんぶらこっこ……。
そう思うと、親近感がわいてくるから不思議だ。
「お礼はいいです。たまたま目について、たまたま助けただけなので」
大事な事なので二度いました。
たまたま……下ネタじゃないからね。
「ここはどのあたりだ?」
「魔の森のどこかです」
役に立たないなコイツ、みたいな目で見られました。
その通りなので視線を逸らす。
「私たちは家なき子なので、森の中をなんとなく彷徨っています」
「なんとなく……さまようものなのか?」
突っ込み入りました~。
ですよね~。
「目的がないから彷徨うのです」
「なるほど」
納得されたようで何よりだ。
やはり堂々と言いきったのがいいのだろう。
ウルバルの目がほんの一瞬だけ憐れむような感じに見えたのは気のせいだと思いたい。
「……図々しいお願いだが、しばらく一緒に移動しても構わないだろうか」
おっとぉ、そーきましたか。
「そうか、ありがとう」
一瞬の戸惑いの間にお礼を言われてしまった。
……嫌と言えない日本人です、はい。
ナギの呆れた視線が後頭部に突き刺さります。
「すまないが、しばらく世話になる。もちろん世話になるからには貴女の手伝いはさせておう」
あれぇ、なんか上から目線で押し切られてしまったぞ。
ナーガには嫌味を言われそうな気がする。
ナギは特に気にした様子もない。
さて、ナーガがどう出るか。




