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常識って何だっけ?

 私はどこにでもいる普通のOL。

 昼休みを利用してスイーツを買いに行ったら、道路の陥没に巻き込まれちゃったよ、絶対絶命の大ピンチ!

 かと思ったら、なんと異世界に召喚されちゃった!えへっ!


 三途の川が見えそうな意識の中、気をそらすためにアニメ風の冒頭を飾ってみました。

 久々に魔力が枯渇したうえに全身打撲というひどい仕打ち。

 ナーガにも治癒魔法が使えると知ったナギが、上達の近道は余計な事を考えずに一心不乱にやり遂げることだともっともらしい事を言いながら魔物の巣に私を放り込んでいきやがりました。


 気配に敏感な魔物さんたちの視線が痛いです。

 秘儀、隠ぺい。

 存在を希薄にし、魔力をごまかし、相手の意識をこちらに向けないように闇魔法で誘導する。

 必死に頑張ったよ。

 魔力がなくなるまで頑張ったよ。

 そして魔力が尽きた瞬間、私の気配に気が付いた魔物が私に体当たりをし、漫画のように私は空中を飛び、そして落下。

 現実逃避のため、アニメ風のナレーションをしてみる。

 泣いてもいいよね。


『だいぶ良くなったぞ、静香!』


 嬉しそうに尻尾を振りながら褒めてくれるナギ。

 聖獣とは人間と色々と認識が違うのだろうか。

 これはあれか、ライオンが我が子を千尋の谷に突き落とす的な試練なのか?

 この世界の動物界はそれがデフォルトなのか?


「お嬢様、よくがんばりましたね」


 全身ボロボロな私にナーガが魔法をかける。

 あっという間に傷が治り、さっきまでの痛みはなんだったのかわからなくなる。


 不思議なもので、体は痛みを覚えている。

 でも今、傷はないから体は痛くない。

 ああ、脳みそが混乱しているのがよくわかる。

 なんだっけ、ええっと、そう、ファントムペインだったかな。

 脳みそが痛みを記憶してあるはずのない痛みを再現しちゃうってやつ。

 けっこう精神的にしんどいな、コレ。


 魔法の概念がまだないから余計になじまない。

 いや、痛みが好きとかじゃないからねっ!

 痛みがなくなって嬉しいんだよ!


 ただね、記憶に染み付くくらいの強烈な痛みが一瞬にして消えると、体がどう反応していいのか迷っちゃうんだよ。

 治癒魔法でオールOK!と思えればこの違和感はなくなるんだけど、ケガを治すのは麻酔を使う手術で、麻酔が切れると痛いのが当たり前って考え方が染みついて落ちないから無理だ。

 頑固な汚れどころか染まっているからね……物理法則、化学変化、分子結合、魔法よりもこっちの方がよっぽと理解できる。


「お嬢様、どこか違和感でも?」

「大丈夫よ。気持ちの問題だから」

「気持ちですか」

「魔法のない世界に生きてきたから、魔法で何かをしたり何かをされたりするのってものすごい違和感があるの」


 そういって笑うと、ナーガとナギは分からないという顔をする。


「骨を折ったら腕を切って骨をむき出しにして、プレート……金属板で骨を接ぎ合わせて最後に糸で皮膚をつなぎ合わせるのが主流なの」


 簡単に向こうの外科手術を説明すると一人と一匹は壮絶な顔で私を食い入るように見た。


「なんて恐ろしい……」


 おう、何百年も生きて何でも知っていそうなナーガとナギをドン引きさせてしまったようだ。

 ……私の説明、間違ってはいないよね?


「想像を絶する痛みと苦しみに異世界人は耐えるのですね」

「一応、麻酔薬っていう痛みを感じさせない薬があるから、普通はそれを使って手術をするのよ。だから想像しているような痛みはないよ。たまに切られたり縫われたりする感触はあるけどね」

「その麻酔を使わない場合もあるのですか?」

「野戦病院とかだとストックが切れてそういう場合もあると思うけど」

『なるほど。そのような世界であれば、治癒魔法に違和感を感じてもおかしくはない』

「治すために更なる苦痛を甘んじなければならないとは、異世界の医療とはなんと恐ろしい……」


 あれ?私、何か間違ったかな?

 なんだかトン引きされているよ。

 マジでガクブルしているナギたちを見ながら首をかしげた。


「好奇心でお聞きしますが、手足がちぎれた場合はどうなのですか?」

「切断面がぐしゃぐしゃならその部分は切り捨てて、綺麗な面を接合……骨は金属板でつないで、血管とか神経とか筋肉とかは一つ一つ糸で結ぶ」

『糸で……』

「糸で……」


 高度な治療法なんだけど、いまいち伝わっていないような気がする。

 物事を正確に伝えるって難しい。


「糸と言っても時間がたつと溶けて消えるから抜糸はしなくても大丈夫。……というか、この世界に外科的な手術……手法はないの?」


 逆に不安になってきたよ。


「初めて聞きました。怪我ならば魔法で治せますので」


 風邪などの病気は薬師が薬を調合して治し、擦り傷切り傷小さなけがはほったらかしか治癒魔法を使える人に頼み、それ以上のケガならば普通に治癒師と呼ばれる治癒魔法に特化した人に金を払って治してもらうのだそうだ。


「治癒師って初めて聞いた」


 外科医は治癒師で、内科医は薬師の領分だ。

 住み分けがちゃんとできているんだなぁと感心する。


「腕の良い治療師ならば状態異常も治せるので引く手あまたですよ。聖女ともなればそれ以上に欠損の復活や死にたてならば蘇生も可能ですし、病気も治せます」


 治療以上に特化した能力なんだ……。

 今の私は治すのが精いっぱいで、はっきりいってナーガの方が腕がいい。


「すごいんだね、聖女って」


 私が他人事のようにそういうと、それが面白かったのかナーガが小さく笑った。


「そうですね。聖女という存在に私は驚きを禁じえません」

「はい?」


 首をかしげる私を面白そうにナーガは見ている。


「この世界に来てまだ一年にも満たない貴女は、いわばこの世界に生まれて一歳にも満たない赤ん坊のようなものです。それなのにもう魔法を使いこなしているという事をお嬢様は誇ってよいと思いますよ」

「でも大人だし、無垢で何も知らない状態ってわけじゃないから」

「魔法に関しては無垢で何も知らない状態です」


 ナーガは朗々と説明する。


「この世界の常識を何も知らない。貴女はいわば、天才としてこの世界に生を受けた者と同じだと私は考えます」

「ててて天才……」


 私には縁のない言葉だ。


「魔法を持たない世界から来た者が一年も満たずにこれだけの魔法を使いこなせるという事に私は感動に打ち震えております」


 それはさすがに言いすぎだと思うが、よく見ると彼は本当にプルプルと震えていた。

 不整脈とか痙攣じゃないよね?


「このままご成長なされればどれだけの傑物になるかと思うと、このナーガ、久方ぶりに心躍ります」


 あれれ~、おかしいなぁ。

 彼が褒めれば褒めるほど嫌な予感がしてくるのはなんでだろう。


「我が主を世界一のお嬢様にっ!」

「しなくていいからっ」


 どこかの親バカもびっくりだよ。


「私は細々と市井の中でまったりゆったりのんびりスローライフを目指しているんだけど!」

「おお、さすがは我が主!不可能にも挑戦する果敢な心意気に小生、深く感嘆いたしました」

「えっ、なにそれ、全然褒めてないよね!」


 一般市民生活がミッションインポッシブルになっちゃっているよ!

 おかしいよねそれ。


「残念ながら、お嬢様は普通ではありませんので」

「めっちゃ普通でしょ!」

「召喚された聖女候補という時点ですでに普通ではないですよ」


 その通りなので言葉に詰まった。

 あれ、普通って何だろう。

 なんだか泣きたくなってきたぞ。


「失礼ですが、お嬢様は巻き込まれ体質とお見受けしました」

「……た、たぶん違うと思います」


 だよね?

 巻き込まれてこの世界に来たわけじゃないってナギも言っていたよ!

 ナギの方に視線を移すが、なぜか視線が合う事はなかった。

 なぜ空を見上げているのかな、ナギ。


「そうですか?お嬢様は自ら騒動を起こすお人柄ではないのでそう思ったのですが……」


 困った人が目の前にいても手は差し伸べない。

 目の前で転んだ人がいても、まぁ落し物が転がってきたらひろってあげるくらいの事はすると思うけど、倒れたままの人がいても電話をかけたりはしない。

 私じゃない誰かがやるだろうって思って、足早にその場を離れる。

 上司や客が間違っていることがあっても声高らかに糾弾することはない。

 不都合な事は全てスルーだ。

 助ける勇気も手を差し伸べる勇気も逆らう勇気もない、ただ周りに流されるだけの小狡く小賢しい小市民。

 それが私だ。

 こんな風に褒めて奉られるような存在じゃない。


「騒動は避けて通りたい派は確かだけど」

「なるほど。では自覚がないのですね」

「は?」

「前にもいったかと思いますが、私の勘が告げているのです。この方にお仕えすれば私は有終の美を飾れるのだと」


 こいつは何を言っているんだ?

 突っ込みを所望します。


「…………ええっと、種族的寿命を考えると私の方が先に死ぬと思うの。しかも私が死んでも人族ならあと一人か二人の人生を見送っちゃいそうなんだけど」

「細かいことはさておき」

「いや、ぜんぜん細かくないとおもうよ」

「お仕えがいのある方が主で私は嬉しゅうございます、お嬢様」

「なんかいい風にまとめようとしているけど、ぜんぜんダメダメだからねっ!」


 なんかもう、何の話をしているのかわからなくなってきた。


『シズカ。ナーガの意見には俺も賛成だ。少なくとも異世界から召喚された、という時点でお前の周りがキナ臭い』


 きな臭いのきなってなんだろう。

 きなこ?きのこ?きな……。

 なんかこういうくだらないワードにこだわる漫才を遠い昔に見たような気がするけれど。

 おっと、現実逃避をしている場合じゃない。


「そんなことを言われても……」

『自衛できるだけの力は持っていても困ることはない』

「そうだけど……」


 そうなんだけど……何か違う気がする。

 私がおかしいのかな?

 いや、そんははずはないと思う。

 普通の一般女子に死線ぎりぎりの修行っておかしいよね。

 修行ってもっとこう……あれ、でも、少年漫画の修行ってこんな感じじゃ………いやいや、普通に地道に腕立て伏せから腹筋に始まってタイヤを引きずって岩を動かしたり崖を上ったりとかそんな感じだよね。

 命の危険を感じちゃうような修行はないはず。

 それは実戦でそういう場面が出てくるだけで、修行は……。

 神様お願い、どうか普通の常識を持っている人を紹介してください。

 私の常識が揺らぎそうです。




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