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つかまれた胃袋


 ナーガラージャがとってきた獲物は巨大だった。

 象というよりは超巨大ショベルカーの大きさだった。

 超巨大なやつって、タイヤだけで乗用車よりでかいんだよね。

 テレビでしか見たことなかったけど、タイヤの大きさが直径4mとか。

 そんなでかいものを笑いながら今夜の夕食ですなんて言われたら叫ぶよね。

 しかも一度じゃ食べきれないだろうといったら、いけしゃあしゃあと言い放った。


「ご主人様にはマジックアイテムがあるじゃないですか」


 収納しろってか。

 ……これを収納したら他に入れられないじゃないか。

 というか入るのか?

 どう見ても家庭科室よりでかいよね。


「全部は入り切りません」

「では必要な部位だけ。売ればお金になる素材と食肉。これなら大丈夫ですよ」


 そういってナーガラージャは懐から包丁を取り出した。

 一般的な、家庭にある普通の包丁に見える。


「なんで包丁?」

「食材を切るのは包丁でしょう」


 そう真顔で返されてしまった私はもう突っ込むのをやめにした。

 彼なりのこだわりなのだろう。

 包丁を振り回すナーガラージャからそっと目をそらした。


「ナギ、練習、しようか。……ナギ?」

『む、お、おう、そうだな』


 滴り落ちるよだれは見なかったことにして、私は収納スペースを拡張すべく修行に戻るのであった。






「ん~、東京ドームのスペースが限界かなぁ」


 理詰めな考え方がじゃまをするせいか、想像力じゃなくて経験や知識に基づいて創造するしかできない。

 つまり、地球世界で見たり聞いたりしたこと以上の事はできそうもないし、想像ができない。

 じゃあ四次元ポケットとかはどうなんだといえば、これはただたんに他人の想像力に乗っかっているだけだ。

 きっと剣と魔法の物語系のアニメとか見ていたら、もっとうまく魔法の力を扱えていたんだと思う。

 アニメは嫌いじゃないけど、私の好きなジャンルは刑事ものとプロジェクトバッテン系だ。

 きっと私は収納魔法に無限をつけることはできないだろう。


 そもそも無限って概念が理解できないし、無尽よりも大きい不可説不可説転なんてどこの誰がいつ何のために使うのかもわからないけど、単位が付くとそれは無限に感じるだけの有限だし。

 インド人の数字愛に恐怖と畏敬の念を感じちゃうね。

 コンピューターもなかった時代になんでこんな数字の単位を作ったのか理解に苦しむ。

 これを考えた当時の人達はダジャレ系CMの深夜会議のノリだったんじゃないかと思う。


 押し入れで生活しろと言われても困らない私にとって無限という言葉はわかっても概念がわからい。

 終わりがない、はじっこがないから無限。

 かなしいかな、それが想像できない私にとって無限収納袋は夢のまた夢なのだ。

 ……がんばれば空母くらいの大きさまでいけるかな。

 その次に大きなものって何だろう。

 東京ドイツ村とか入っちゃうくらい?

 フロリダのディズニーランドが入る?

 地球サイズまでいけたりするのかな?

 おまけで月もいけちゃう?

 それ以上のサイズは想像がつかないよ。


「……真面目に修行するかぁ」


 余計な事は考えずに、とりあえずは現実と向き合おうと気持ちを切り替えた。











「どうですか、主様」

「おいひいふぇふぅ~」


 野性にかえったかの如く肉にかぶりつく。

 あふれ出す肉汁にからみつく柑橘系をベースにしたソースに舌鼓を打つ。

 単純な塩コショウの味付けもよいが、このソースに私の胃袋は完全につかまれた。

 美味しさのあまり目から涙が……。


 そういえばちゃんと調味料という名の味が付いた美味しいものを食べたのはいつ以来だろうか。

 こっちの世界に来る前に食べた朝食を思い出す。

 コンビニのパンとインスタントカフェオレ。

 お、美味しいモン!

 美味しかったもん!

 前日の夕食は確か……居酒屋の唐揚げと枝豆と焼き鳥……大根サラダ……豆腐に酒……。

 お、美味しいよ!

 調味料万歳だよ!


 いかん、余計に泣きたくなってきた。

 そう、郷愁のせいだよっ、ホームシックってヤツ!

 決して自分の貧相な食卓事情のせいじゃない!


「ナーガラージャさんは執事ですよね。どうして料理もお上手なんですか?」

「執事ですから」


 いや、ドヤ顔で言われても。

 この世界の執事は料理もできないといけないのか?

 料理はコックの仕事であって、執事の仕事じゃないはず。


「どうですか、ご主人様。私が一緒ならばいつでも美味しいご飯が食べられますよ」


 くっ……こんなことで屈するなんて私も甘く見られたものねっ。

 見た目がいぶし銀の渋いイケオジだとしても、ストーカー気質でサイコパスな執事なんて絶対に嫌だ。


「食後のデザートもご用意いたしました」


 マジか!

 いったいどうやって……。

 いやいや、どうせカットしたフルーツてんこ盛りが出て……。


「ケーキ……」


 直系十センチほどの可愛らしい丸いケーキが皿にのせられて出てきた。

 そえられた銀色に光るフォークが神々しく感じる。

 ケーキというよりはタルトか。

 フルーツの光沢が美しい……まるで宝石のようにキラキラと光を弾いて……って肝心なのは味よ。


「いただきます」


 いつぶりのスイーツだろう。

 コンビニの新作スイーツを買いに出て異世界召喚に巻き込まれたことを思い出しながら、ちょっと苦い気持ちで口に運んだ。


「美味しい……」


 圧倒的な甘みの中に私は敗北を認めた。


「命の恩人ということを差っ引いても、家なき子の私にここまでしていただくのは嬉しい反面、怖い気もします」

「怖い、のですか?」


 意外そうな顔でナーガラージャは私を見た。


「我が一族はハウスキーパーに特化した一族です。皆、もろ手を挙げて喜び迎えいれてくれますが……怖いと言われたのは初めてです」

「私には返すものがない」

「その必要はありません。むしろ私が返すべきでしょう。命の対価はいかほどか?」

「対価って、お金の問題じゃないでしょう」


 私がそう返すと、彼はくっ、と喉の奥で笑った。

 はいはい、青臭いこと言っちゃってるよこいつ~みたいな感じで悪かったわね。


「そう、お金では返せないのです。でしたら私自身で対価を払えばいい」

「いらないものを押し付けられても困ります」

「本当にいらないものですか?」


 にやり、と悪魔のような笑みを浮かべた。

 そういえば、ヤギも羊も目だけ見ると怖いよね。


「何も持たない、という主義ではないでしょうに」


 調味料の効いた料理に涙を流して喜んだあとでは言い訳もできない。

 持たないのではなく、持ちたくても持てない状況なのだ。

 痛いところをつかれた。


「私がいれば、身の回りの事をせずに済むのですよ。主様は魔法の修行に没頭していれば、他は私がすべて整えておきましょう」


 なんだがダメ人間になりそうな気がする。


「もちろん主が望まない事はやりません」

「望むこともやらないよね?」


 バカ息子の話を思いだしながらささやかな逆襲。


「いいえ。主のためになると思えば主の望みをかなえることはやぶさかではありません」


 なんだよその最後の言い回しは。

 お前は政治家か?弁護士か?


「正直に答えて。なぜ私に仕えようとするの?どうして私を主とするの?」


 私とナーガラージャの視線が合った。

 そらしたいけどここでそらしたら私の負けだ。

 言い訳は絶対に許さないという気持ちで彼を見つめる。


「私は退屈が嫌いです」


 いきなり何言ってんだこの人。


「完璧な主人なんてつまらない。ダメな主ほど仕えがいがあるというもの」


 仕事が多いほど楽しいのだろうか。

 精神的マゾなのだろうか。


「私の長年のカンでは、あなたは巻き込まれ体質のようですから、その点でまず合格です」


 嫌な合格判定だ。


「趣味と実益をかねるにふさわしい境遇」

「だったらスラム街にでも行けばいい。私のように家のない人がいっぱいいますよ」

「しかし聖獣を従えて魔の森で生活しようという酔狂な人間は誰もいないでしょう」


 酔狂と言われてしまった。


「好きな事をしながら恩返しができる最高な状況です」


 本気で言っているから困る。

 そして本気で恩返しもしたいって気持ちも伝わってくる。

 この人は、人じゃないけど嘘はついていない。


「主様。私をあなたの執事にするとおっしゃってください。許可すると」

「許可すると、どうなるの?」

「もちろん、私は貴方の執事として仕事ができます」

「ナギ」


 離れたところで魔物の骨にむしゃぶりついているナギに声をかけた。


『大丈夫だ。ただの雇用系契約でお前に不利な事はない』


 本当だろうか、大丈夫だろうか。

 私はこの世界の事をまだよくわかっていない。

 不安でいっぱいのなか、私はナギを信じることにした。


「許可します」


 私と彼の体がうっすらと輝きをはなち、そして消えた。

 これは契約の光だ。


「えっ、今のは?」


 にっこりとナーガラージャは微笑んだ。


「契約がなされました。この時から私は貴方様のしもべ、専属の執事です」

『よかったな、静香。これでいつもうまい飯がくえるぞ』


 もっしゃもっしゃと口を動かしながらうまそうに目を細めているナギを見て早くも後悔していた。


「……それ、美味しかったんだね」


 ナギがすっと目をそらした。

 まさかの裏切り!


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