イレギュラー
甲高い金属音が、何度も練兵場に木霊する。
その金属音の源は、二振りの剣。ビアンテが振るう剣と、香住ちゃんが操る剣──もちろん、聖剣の分身である──が、何度も激突して音を立てているのだ。
香住ちゃんの剣が俺の聖剣そっくりに変化したのを見て、ビアンテが凄く驚いていた。一体どういうことですか、と俺に激しく詰め寄ったビアンテだったが、俺が「そういう剣なんだ」と言ったらすんなりと納得したけれど。
いや、そんな説明で済ませる俺も俺だが、それで納得しちゃったビアンテもビアンテだよね。本当に、それでいいのか、王国最強騎士?
まあ、それはともかく。
今、俺の目の前で剣を打ち合わせているビアンテと香住ちゃん。見た感じ、やっぱり香住ちゃんが優勢のようだ。ただ、先ほど俺がビアンテと手合わせした時のような一方的な展開ではないところを見ると、おそらく聖剣は少し手を抜いているように思う。
きっと、香住ちゃん自身の稽古になるように、聖剣がうまく調整してくれているのだろう。
だん、と香住ちゃんが鋭く踏み込み、正面から剣を振り下ろす。素人の俺にはよく分からないが、あれは剣道の動きじゃないかな? ということは、やっぱり聖剣に操られるばかりじゃなく、香住ちゃんの意思で動いている時もあるようだ。
とはいえ、聖剣による身体操作で、彼女のパワーは凄まじい領域に達している。間違いなく、あの振り下ろしは俺の素の実力では受けることもできないだろう。うん。
だが、そこは本職騎士のビアンテである。苦し気な表情ながらも、何とか香住ちゃんの打ち込みを自らの剣で受け止めてみせた。
「女性とは思えない剛力……さすがは師匠の奥方様です!」
ぎりぎりと鍔迫り合いをしながら、ビアンテがそんなことを言う。そして、そう言われた香住ちゃんは、苦笑を浮かべるばかりだ。
まあ、女性にしてみれば、「剛力」と言われてもあまり嬉しくはないよね。たとえそれが、剣道をやっている人だとしても。
「とは言え……私もアルファロ王国の騎士として、いつまでも守勢に回ってばかりはいられません!」
香住ちゃんの──というか聖剣の押し込みを、ビアンテは耐える。いや、耐えるどころか、逆に押し返し始めたではないか。
すげぇな、ビアンテ。足を止めての力比べとはいえ、聖剣に負けていないなんて。
俺には絶対無理だからね。それどころか、あっさりと力負けして最初の鍔迫り合いにさえならないだろう。
そして、とうとうビアンテは香住ちゃんの体を後方へと押しやった。まあ、聖剣によるブーストがあるとはいえ、体格でいえばビアンテの方が遥かに勝っている。
その体格を活かして香住ちゃんを下がらせ、今度はビアンテが逆に攻め込む。
先ほどの香住ちゃん以上の踏み込みで瞬く間に香住ちゃんとの距離を詰め、俺と手合わせした時のようなラッシュを見舞う。
傍から見ていると、本当に剣の嵐だな、あれ。ビアンテが力だけではなく、速度も兼ね備えた剣士だということが嫌でもよく分かる。
だが、その鋼の暴風を香住ちゃんは全て受け止めていく。当然、聖剣のサポートがあればこそだし、先ほどは俺も同じことをやったけど。
それでも、やっぱり異様な光景だよね、これ。小柄な少女が大柄な騎士が振り回す剣を、ことごとく受け流しているのだから。
実際、俺以外にもこの練兵場には数多くの人たちが集まっているのだが、皆が皆、ぽかんとした表情でビアンテと香住ちゃんの手合わせを見つめていた。
あ、そうそう。見ていると言えば。
今、ビアンテと香住ちゃんの手合わせを見ているのは、練兵場の騎士や兵士ばかりじゃないんだ。
前にここに来た時もそうだったけど、練兵場の周囲には観客席のような場所があるのだが、その中に一際立派な貴賓席らしき場所がある。そこに、数人の身なりのいい人たちがいて、その人たちもビアンテと香住ちゃんの手合わせを観ているみたいだ。きっと、俺とビアンテの時も同じように観ていたと思う。
遠目だけど、その人たちの内、二人ほどは誰か判断できた。
一人はミレーニアさん。先ほども見た鮮やかな青のドレスは、遠くからでもよく目立つ。そのミレーニアさんの近くにいる男性は、おそらくミレーニアさんのお兄さんであり、この国の王太子でもあるクゥトスさんだろう。
そして、その二人に挟まれるような形で、一人の男性がいた。
ちょっと年配のその男性は、見たことがない人だ。だけど、周囲に一際煌びやかな鎧の騎士たちがいたり、王女であるミレーニアさんと王子であるクゥトスさんとも親し気にしていたりするところからして、もしかするとあの人こそがここアルファロ王国の国王様かもしれない。
だとしたら、やっぱり挨拶しておくべきだろうか?
だけど、俺なんかが国王様に会えたりするのかな? それに、会えたとしてもこの国の礼儀作法とかよく分からないから、王様を怒らせたりしちゃわないかな?
うん、やっぱり挨拶は見送ろう。
もしも、国王様の方から俺たちに会いたいと言われたら、その時はその時で覚悟を決めようか。でも、その場合は前もってミレーニアさんを通して、多少の不作法は大目に見てもらえるように頼んでおこう。
と、俺が余所見をして考えごとをしている間に、香住ちゃんたちの手合わせは終わりを迎えていた。
下から掬い上げるような一閃を繰り出した香住ちゃんが、ビアンテの剣を弾き飛ばしたのだ。
多分あれ、ビアンテの握力が弱くなったんだろうね。
俺との連戦だったし、香住ちゃんが……いや、聖剣が繰り出す強烈な剣閃を、何度も何度も受けていれば握力が落ちるのは当然だ。
その点、俺や香住ちゃんの握力が弱くなることはない。だって、自分の意志で剣の柄を握っているわけじゃないから。
俺との手合わせの時と同じように、数歩後退したビアンテは香住ちゃんに向かって跪いた。
「参りました! さすがは師匠の奥方様、師匠に劣らぬ剣の腕でございました。世界にはまだまだ私よりも腕の立つ者が存在することを、改めて実感致しました次第です」
うんうん、そうだぞ、ビアンテ。自分が世界最強だなんて思いあがると、いつか痛い目を見るからね。初めて会った時の誰かさんみたいに。
まあ、俺たちは本来この世界の住人じゃないから、もしかしたらビアンテこそがこの世界の最強の一角かもしれないけど。
そんなことを考えながら、俺は香住ちゃんへとタオルを差し出した。
「どうだった、香住ちゃん? ビアンテとの手合わせ、少しは得るものがあったかい?」
「はい、それはもう。やはり、自分よりも遥かに強い人との稽古は、いろいろと勉強になりますね」
そりゃそうだよね。聖剣のブーストのお陰で俺も香住ちゃんもビアンテに勝利したが、素の実力だとビアンテの方が上なのは間違いない。
ちょっと失礼な言い方かもしれないが、所詮はスポーツでしかない剣道経験者の香住ちゃんと、実戦を想定しているビアンテとではその実力が段違いなのは当たり前だ。
だけど、その段違いの実力が香住ちゃんの糧となるのだろう。今の彼女は、息を弾ませてはいるが、凄く充実した顔をしている。
一方のビアンテも、二連敗したというのにかなり嬉しそうだ。
でも、大丈夫だろうか? 王国最強と言われるビアンテが、衆人環視の中で二連敗もしちゃったけど……まあ、本人が満足そうなので、問題ないのだろう。きっと。
気づけば、ビアンテと香住ちゃんの手合わせを静かに見守っていた周囲の人々が、ざわざわと騒ぎ出していた。
どうやら、ビアンテに勝った俺たちに興味津々のようだ。
ざわめきの中には、「あれが噂の……」とか、「実在したのか」とか聞こえて来るので、以前この国に来た時から俺たちのことは噂になっているのかもしれない。
「師匠、そして、奥方様。本日は勉強させていただきました。今日のお二人の教えを胸に刻み、更に修練に励むことを約束致します」
俺たちの下へとやって来たビアンテが、そう言いながら改めて頭を下げた。
「いや、勉強になったのはこちらの方だよ。ありがとう、ビアンテ」
「ビアンテさん、ありがとうございました」
俺と香住ちゃんも、ビアンテに頭を下げる。実際、俺たちがビアンテに稽古をつけてもらったようなものだしね。
「な、なんと……なんと、もったいなきお言葉……」
なぜか、感極まって涙を浮かべ始めるビアンテ。いや、ちょっとお礼を言っただけだよ? お世話になったら、お礼を言うのは当然だよね?
先ほどよりも更にざわめき出した周囲から逃げるように、俺と香住ちゃんはビアンテの手を引いて練兵場を後にするのだった。
場所は再び先ほどの客室。
俺たちが客室に戻ると、既にミレーニアさんが待っていてくれた。
「お疲れ様でございました、シゲキ様、カスミ様。まさか、カスミ様まであのようにお強いとは……とても驚きましたわ」
この前アルファロ王国に来た時、香住ちゃんは威嚇射撃で銃を撃っただけで、剣は振らなかったからね。誰も香住ちゃんがビアンテと互角に戦えるとは思っていなかったのだろう。もちろん、ビアンテと互角だったのは香住ちゃん本人ではなく、聖剣に操られた香住ちゃんだけど。
ミレーニアさん直々にソファへと案内され、俺たちは再び腰を落ち着ける。
テーブルにはお菓子が用意されていて、俺たちがソファに座ると同時に控えていた侍女さんがお茶をカップに注いでくれた。
うん、さすがは王女様つきの侍女さんだ。様々な仕草が優雅だね。
興奮冷めやらぬといった感じのミレーニアさんと、静かだけどどこか嬉しそうな様子のビアンテ。
だけど、時々……本当にほんの僅かだけど、ミレーニアさんの顔に影が過ぎるような気もするんだ。
まるで、何かを思いつめているかのように……本当に一瞬だけど、ミレーニアさんがそんな表情を浮かべることがある。
ひょっとしたら、俺の気のせいかもしれないけど。
ともかく、表面上はいつも通りのミレーニアさんによると、やはり貴賓席で彼女と一緒だったのはこの国の王様らしい。王様も俺と香住ちゃんがビアンテと戦う様子を見て、すごく興奮していたとか。
興奮のあまり自分も俺たちと手合わせすると言い出した王様を、ミレーニアさんとクゥトスさんで何とか抑えたそうだけど、この国の王様って結構武闘派なのかしらん?
もしかして、お疲れ様だったのは俺たちよりもミレーニアさんたちの方だったのかも。時々彼女が浮かべる思い詰めたような表情は、お父さん関連のことなのかもしれない。
そんなやり取りをした後、俺と香住ちゃんはミレーニアさんとビアンテに案内されて宝物庫へ。そこで邪竜王のものだった金貨やら宝石やらを適当に見繕ってポケットへ入れた。
よしよし、これで近未来世界へ行った時、新しい装備を購入できるぞ。
目的を果たし、宝物庫を後にしようとした時。俺は変わらずここに飾られているペットボトルを見た。飾られているというより、既に祀られていると言った方が正しいような感じだ。
やはり、どう見てもあれってペットボトルだよね。この国の建国王様と、あのペットボトルの関係……ちょっと気になるな。
そう言えば店長が、いつか聖剣が時間を超えられるようになるとも言っていたっけ。だったら、その時に200年前のこの国に来てみるのもいいかもしれない。
そうすれば、あのペットボトルと建国王様との関係が明らかになるかもね。
そんなことを考えながら宝物庫を後にし、俺たちは再び客間に戻る。
客間に戻った後は、お互いにとりとめもないことを話し合った。でも、四人で他愛もないことを話し合うのは、すごく楽しかった。
ひょっとして、店長が言っていた他の世界の人たちとの絆って、こういうことを指しているのかもしれない。根拠なんて全くないけど、何となくそう思った俺だった。
楽しい時間というものは、瞬く間に過ぎ去るもので。
気づけば、俺のスマホがアラーム音を響かせた。どうやら、帰る時間が来たらしい。
「その音は確か……もしや、師匠と奥方様がご帰還される時間ですか?」
「そのようだ。また、近いうちにこっちに来させてもらうよ」
「はい、お待ちしております。師匠がお越しの際には、またお手合わせをお願いします」
にこやかな顔でそう告げるビアンテ。こいつもブレないよね。
そんな一方で、やはりミレーニアさんは思い詰めたような表情で俺を見ていた。
やっぱり、先ほどから感じていたミレーニアさんの「影」は気のせいじゃなかったっぽい。もしかして、俺が何かやらかして彼女を怒らせちゃったのかも。だったら、早く謝った方がいいよね、きっと。
「あ、あの、ミレーニアさん? 俺、何か──」
と、そこまで言葉を口にした時、俺は僅かな浮遊感を感じた。この感覚は、最近ではすっかり慣れた転移の感覚だ。
しまった、俺が何かやらかしたかどうか、ミレーニアさんに確認する前に帰る時間が来てしまったみたいだ。
仕方ない。今度この「小世界」に来た時、改めてミレーニアさんには謝ろう。
そう思った時だ。俺の体に小さな衝撃が走った。あれ? 転移の時にこんな感覚あったっけ?
突然の小さな衝撃に首を傾げた俺だが、次の瞬間には周囲の景色が見慣れたものへと変わった。どうやら、俺の部屋に戻ったようだ。
そういや、今回は例の「害虫」は姿を見せなかったな。もしかしたら、店長がくれたペンダントの効果かも。
そのペンダント、香住ちゃんも身に着けているんだよね。そう思うと、何だかちょっと嬉しい。
その香住ちゃんはと言えば、俺の隣でじっと俺を見ていた。ひょっとして、彼女も俺と同じでペンダントのことを考えているのかも……って、あれ? 何だか香住ちゃんの様子が変じゃね?
香住ちゃん、ぽかんとした表情で俺を見ている。正確には、俺の腰の辺りをだ。
この時になって、俺はようやく気づいた。自分の腰の辺りに、何かが纏わりついていることに。
もしかして、気づかないうちにズボンがずり下がっていたりするのか? そ、そんなことはあってはならない! 紳士を自負するこの俺が、婦女子の前でズボンを下げるなんて大失態だ!
慌てて腰の辺りへと目を向けると、ばっちり目と目が合いました。ええ、目と目が合ったんですよ。
誰の目と合ったかって?
それは俺の腰に抱き着き、呆然と俺を見上げているミレーニアさんとだよ。
………………あれ?
どうしてミレーニアさんがここにいるの?
いよいよ12月に入り、仕事の方も忙しさを増してきました。
申し訳ありませんが、次回の更新はちょっとお休み。
次回は12月25日に更新します。




