三度、アルファロ王国
香住ちゃんと相談した結果、やはり次に訪れる「小世界」はアルファロ王国に決まった。
目的は邪竜王の財宝の一部を引き取ることと、ミレーニアさんやビアンテと顔を合わせておくこと。
この前店長が言っていたように、各「小世界」の知り合いと親交を深めておきたいからである。
もちろん、クゥトスさんやその婚約者であるマリーディアナさんとも会っておきたい。
でも、みんな忙しいかもしれないよね。
この前は偶然お茶会をしている時に来たけど、今日は仕事中かもしれないし。
この国の王太子であるクゥトスさんと、国内最強と言われる騎士のビアンテ。そんな二人が忙しくないわけがない。
でも、王女であるミレーニアさんと、クゥトスさんの婚約者であるマリーディアナさんならちょっとは暇があるかも。
だってほら、小説や漫画に登場する王族や貴族のご令嬢って、いつもお茶会をしているイメージだし。もちろん、それは俺の勝手なイメージだから、実際には多忙かもしれないけど。
そんなことを話しつつ、俺と香住ちゃんはアルファロ王国へと転移したのだった。
やってきました、アルファロ王国。
今回、俺と香住ちゃんが転移したのは、なんと王城の真ん前だった。
「ここって……お城の正面玄関……ですよね?」
「う、うん、多分それで間違いないと思うよ」
今、俺たちの目の前には巨大な門がある。おそらくは、これがアルファロ王国王城の正門なのだろう。
実際、門の脇や門に繋がる城壁の上には、武装した兵士さんたちが何人もいる。
ただ、その兵士さんたちは、突然現れた俺と香住ちゃんを見て目を丸くしているけど。
だけど、そこは本職の軍人さん。呆然としていたのは僅かな間だけで、すぐに我に返ると俺たちに向けて手にしていた槍を構えた。
「な、何者だっ!? み、見慣れぬ服装の不審者め!」
「と、突然空中から現れるとは、何と面妖な……っ!!」
俺と香住ちゃんが現れた瞬間を目撃した兵士さんたちは、槍を構えながらも僅かに震えている。確かに、俺たちってかなり怪しいよね。突然現れたりもするし。
「あ、あの、すみませんが……ビアンテは今、城の中にいますか?」
とりあえず、敵意がないことを示すために、軽く両手を挙げながら声をかけてみる。
まず、最初にビアンテの名前を出したのは、いきなり王族の名前を告げるよりはマシじゃないかと思ったからだ。
「び、ビアンテ様だと……?」
「もしや、ビアンテ様の知り合いか……?」
「ビアンテ様に取り次ぐべきか……だが、単にビアンテ様の名を用いた不審者の可能性も……」
「しかし、本当にビアンテ様の知り合いであれば、俺たちの方が叱責されるかも……」
正門の脇にいた兵士さんたちが、槍を構えながらも互いに顔を見合わせ、何やら相談を始める。
しまったなぁ。この前来た時に、この国の身分証明書みたいなものをもらっておけば……って、そういやもらっていたじゃないか!
ほら、マリーディアナさんを暗殺者から護ったお礼として、俺をこの国の正式な客人として扱うと王太子であるクゥトスさんが保証してくれた書類があったじゃん! すっかり忘れていた!
香住ちゃんもそれに思い至ったようで、意味ありげな視線で俺を見ている。うん、大丈夫、しっかりとあの書類も持ってきたから。
「小世界」へ行く時に使うバッグに、入れっ放しになっていただけなのは俺だけの秘密である。
「あ、あのー、ちょっとお見せしたいものがありまして……背負っているバッグの中に入っているんですけど、取り出してもいいですか?」
あ、兵士さんたちの俺を見る目が、すっげぇ怪しくなった。でも、兵士さんたちの目の前で勝手にバッグを漁る方がより怪しいよね? そう考えて、一応一言兵士さんたちに断りを入れたんだけど。
胡乱げに俺を見る兵士さんたちの前で、俺はいそいそと例の書類を取り出す。そして、それを兵士さんたちに見せた。
途端、兵士さんたちの俺を見る目が変わる。それまで明らかに不審者を見る目で見ていたのに、突然偉い人を前にしたような態度に変わったのだ。
「も、申し訳ありませんでした! 王太子殿下のお客人でしたか!」
「ご、ご無礼の数々、どうかお許しください!」
深々と頭を下げる兵士さんたち。彼らはすぐに頭を上げると、背後を振り返って何やら合図を送る。そして、ぎしぎしと軋んだ音を立てながら、王城の正門が開きだした。
王城の正門は、西洋の城と聞くとよくイメージするような、鎖を使った巻き上げ式だ。城の内側で何か操作をして門を上げたり下げたりするのだろう。
ずん、と重々しい音と共に、王城の正門が完全に開いた。
「申しわけありませんが、ここで少々お待ちください。現在、ビアンテ様にお取り次ぎ致しておりますので」
恭しく頭を下げながら、兵士さんがそう言う。おそらく、既に誰かが城の中へと伝令に走っているんじゃないかな。
そうやって正門でしばらく待っていると、城の奥から一人の男性がすげぇ勢いで走って来た。
その男性は俺の前で急停止すると、その場で片膝をついて頭を下げた。
「お久しぶりでございます、シゲキ師匠! そして奥方様! 再びこうして師匠と奥方様にお会いできたこと、このビアンテ・レパード、心より嬉しく思います!」
うん、ビアンテも元気そうでなりよりだ。それに、相変わらず暑苦しい奴だな。
俺と香住ちゃんは、そんなビアンテを前にして顔を見合わせて苦笑するのだった。
ビアンテにそのまま先導され、俺と香住ちゃんはアルファロ王国の王城へと通された。
そういや、このお城に正面から入るのは、今回が初めてだ。この前来た時は、城の中庭にある庭園の方に転移したので、正面の入り口からは城の中に入らなかったんだよね。
さすがは一国の王様が住む城だけあって、通路は幅も広く天井も高い。
屋内でも決して暗くはなく、陽光をふんだんに採り入れられるように、精巧な設計がなされているのだろう。
通路の所々には、彫刻や絵画などの美術品が飾られていて、格調の高さを演出している。
中でも、この国の歴代の王様の姿絵が一堂に並べられている区画は、厳かな雰囲気に満ち溢れていた。
でも……この、初代国王様の姿絵、どこかで見たような気がするなぁ。
その絵は、壮年期の初代国王様を描いたのだろう。威厳に溢れつつもがっしりとした体格の男性が、眼光鋭くこちらを見つめていた。
うーん、やっぱり見覚えがあるな。特に、この目元は絶対にどこかで見たはずなんだけど……どうしても思い出せないなぁ。
この国の初代国王様って、確か二百年ぐらい前の人物だったはず。そんな昔の人になんて会ったことあるわけがないから、他人の空似だと思うけど……じゃあ、誰に似ているんだろうか?
「茂樹さん、どうかしましたか?」
初代国王様の絵の前で立ち止まった俺を、香住ちゃんが首を傾げながら見ていた。ん? その香住ちゃんの向こうでは、なぜかビアンテがびっくりしたような顔をしているぞ。なぜだろう?
「いや、何でもないよ。この初代国王様に、何となく見覚えがあるような気がしただけだから」
「見覚え……ですか?」
香住ちゃんも、俺の隣に来て初代国王様の姿絵を見つめる。その際、肩と肩が自然と僅かに触れ合う。
うん、こういう何気ないところで、以前よりも二人の距離が縮まったと確信できるよね。
「うーん、少なくとも私には見覚えありませんよ? ということは、茂樹さんの大学関係の人でしょうか?」
もしもバイト関係での知り合いに似ているのであれば、香住ちゃんも知っている人だろう。その香住ちゃんが見覚えないと言うのであれば、やっぱり大学関係の誰かだろうか。
まあ、少なくとも、「四十の顔を持つ男」の異名を持つ、友人の山田ではないのは間違いないけど。あいつはこんな渋いイケメンじゃないからな。
しばらく初代国王様の絵の前で考え込んでみたが、結局誰に似ているのか答えは出なかった。
その後、ビアンテに案内してもらったのは客室らしき部屋だった。
「師匠、奥方様。こちらでしばらくお待ちください。ただ今、ミレーニア姫様は師匠方にお会いするための準備をしております」
ああ、そうか。俺たちは急にこちらに来ちゃったからね。
女性の身支度には時間がかかるものだし、ちょっとぐらい待つのは仕方ないってものだ。
部屋に控えていた侍女さんたちが、静かにお茶を準備してくれている中、俺たちはソファに腰を落ち着けて改めてビアンテと向き合った。
「改めまして……お久しぶりでございます、師匠。そして、奥方様。お変わりのないご様子で安心いたしました」
「うん、俺たちは元気にやっているよ。そういうビアンテも変わりないようだね」
「はい、あれからも毎日、必死に修練に励んでおります」
そう言ったビアンテは、どこか自信に溢れていた。きっと、かなり厳しい鍛錬を自分に課してきたのだろう。
「できましたら後程、再び手合わせしていただけると幸いでございます。して、本日は何か御用があって我がアルファロ王国に?」
「ああ、そのことなんだけど……」
俺は、この国を訪れた目的をビアンテに話した。
とある目的のため──こことは違う「小世界」で買い物するから、とは言わなかったけど──に、邪竜王の財宝の一部が必要になったことと、俺たちとは敵対する存在がいることをビアンテに説明する。
もちろん、敵対する存在──「害虫」に関しては、詳しいことは話さなかった。たとえ話しても、よく理解できないだろうからね。
「……師匠たちに敵対するような存在……そのような不届きな者どもがいようとは……」
「とある人が言うには、俺と俺の知り合いたちとの絆が、その連中と戦う際の力になるそうなんだよ」
「は! 師匠の敵ならば、それは私の敵でもあります! 師匠が戦い赴く際には、このビアンテ・レパード、師匠と共に戦場に立ち、先陣を切って敵と刃を交えて見せましょう! なにとぞ、師匠がご出陣の際にはこの私にもお声がけいただきたい!」
うん、ビアンテにそう言ってもらえると心強いね。最初に出会った時こそ高慢で鼻もちならない奴だったけど、改心した後は本当にいい奴になったし、剣の腕前も確かだし。
「害虫」と戦いになった時に、彼ほど心強い存在はいないと言ってもいいだろう。
でも、問題はどうやってビアンテを呼び寄せるかだよね。俺が聖剣を使って別の「小世界」へ行くことはできても、ビアンテを他の「小世界」へ呼ぶことはできないのだから。
それとも、店長が言っていたように聖剣が今後成長すれば、そういうこともできるようになるのかも。
「店長が言っていた、絆を深めるって……こういうことなんですか? 何か違うような気がしなくもないですけど……」
「まあ……これも絆を深める方法の一つには間違いないんじゃないかな?」
微妙そうな表情の香住ちゃんに、俺は苦笑で答える。うん、確かに店長が言っていたこととは、ちょっと違う気がしなくもないよね。




