026
不老不死はありふれている、という話を聞いた。ロゼに限らず、この世界にはそういった存在が多いらしい。フィーナさんのような苗の民は、不死でこそないが不老ではあるとか。いろいろな魔法の作用で、不老も不死もそこそこにいる。当然、ほとんどの人は普通に死ぬが、そうでない例外が全く存在しないわけではないと。
一般には知られていないらしいが。いわゆる、不老不死界隈みたいなものがあって、迫害から逃れつつ暮らしていると。
自分のコピーを無数に作って魂を共有しているから何度でも蘇るとか、竜の魔法によって完全再生能力を手に入れたから死ねないとか、そういう感じの人もいるらしい。
「不老不死ってどんな感じなんですかね?」
俺たちは一度宿に戻っていた。シアラがベッドで眠っている。ドロシーとザインはルドルフさんと報酬の話をするので残り、ロゼは先ほどまで不老不死についていろいろ話してくれたが、ザインが戻るまでに荷物をまとめると言って自分の宿に帰っていった。
というわけで、フィーナさんと二人きりだ。
「不死は知らないけど、不老ってだけでも気が滅入るわよ。友達も恋人もだんだん離れていく。不老不死の人間にはありふれた話だろうけれど、まるで置き去りにされ続けているような感覚になるの」
「……俺には全然分からない感覚です」
「そうでしょうね。コースケ、何歳だったっけ?」
「前の世界の数え方で、十七歳ですね」
「それくらいしか生きてないなら、分からないものだと思うわ。身近な誰かが死んだことはある? 寿命でも、事故でもいいのだけれど」
「んー、ないですね。親戚付き合いもほとんどありませんでしたし、祖父母は俺が生まれたときには亡くなってましたから。……結局、あなたも殺さずに済みましたし」
嫌みっぽく言ってみた。ちょっとした仕返しのつもりだ。フィーナさんはどこ吹く風で、動じずに答えた。
「残念ね。そういえば、あなたが私に施した呪文って、発動条件は”印を持つ人間の不利益になるようなことを行った場合”よね?」
「ん、まあ、そういうことになりますね」
「だったら、あなたの旅に同行しないことがあなたの不利益になると、私が思っているとして」
うん?
「そう思っているにも関わらず、私がこの街に残ることはできるの?」
「あー、どうなんだろう。発動するんじゃないですか、多分」
「……ねえ、それってとても、なんというか、酷いと思う」
「……そうかもしれません」
よくよく考えると、不利益になることはできないって、鬼みたいな条件だな。なんかすごく取り返しの付かないことをしてしまったような気がする。
「まあいいわ」
と、フィーナさんはため息をついて、立ち上がった。座っている俺の正面に立って、細い指で唇を撫でられる。艶っぽく微笑まれて、どきりとした。フィーナさんの目が、すっと、俺の唇に落ちる。
「こういうことは、不利益?」
「いや、あの……不利益じゃないですけど、気は進まないというか、唐突過ぎて——」
「なら、差し引きゼロね」
狼狽してうまく反応できないでいると、そのままキスされた。
そして、フィーナさんの唇の感触を感じるのと、部屋のドアが開いてドロシーが現れたのは、同時だった。
呆然とするドロシー。これはヤバい。思わずフィーナさんを突き飛ばす。紫の瞳が楽しそうに笑う。
「あなたが不利益だと認めなければ良いのか、私が不利益だと思わなければ良いのか、どっちなのかしら? あ、今のはただの仕返しだから。じゃあ、頑張ってね」
それだけ言い残して、フィーナさんは部屋を出て行った。
あ、あの女! なんて事をしてくれたんだ! ドロシーが来るタイミング分かってただろ絶対!
ドロシーと俺の間に、気まずい沈黙が落ちる。なんだ、これ。なんて言えば良いんだ。いや、落ち着け俺、なんで焦ってんだ。ドロシーは好きだけどそういう関係ってわけじゃないし、だからといってフィーナさんとそういう関係ってことでもないけど。
「ど、ドロシー、今のは別にそういうんじゃないんだ」
「……そう。うん、分かってるわ。けど——」
ドロシーが部屋に入ってくる。素早くドアを閉めて、鍵をかけた。腕を取られて、いつかのようにベッドに押し倒される。馬乗りにされて、青い瞳が冷たく俺を見下ろした。
怖い。めっちゃ怖い。
「——汚れたところは、消毒しなくちゃ。ね?」
◇ ◆ ◇
ドロシーに消毒された後で、ザインとロゼが宿を尋ねてきた。思ったより軽装だが、必要なものは全てもってきたらしい。
「じゃあな、コースケ。最後に稼がせてもらったわ」
「ああ、うん。少しでも返せたのなら良かったよ。世話になりっぱなしだったから」
「なんだ、固いこと言うなよ。俺はお前のこと、戦友だと思ってるぜ」
バシバシとザインに肩を叩かれる。痛いが、悪くない気分だった。
「あんまり話す暇、無かったな。もっといろいろ聞きたかったよ、戦いのこととかさ」
「男の友情に会話は必要ないだろうが。剣を向け合うか、同じ戦場に立てば十分だ。それに、俺はお前が頑張ってたのを知ってるからな」
ああ、そうか。俺が門の六界に引きこもってる間、たまに見に来てたしな。シアラは眠れないからって理由で俺と一緒に潜り込んでたから、どうしても比較してしまう。
不意にザインが真面目な顔になる。
「コースケ、ランパルトの野郎をどう思った?」
「……危ない奴で、嫌な奴、かな。それと、面倒でかっこわるくて、なんというか……馬鹿な奴、って感じ」
「違いないな」
ザインは少しだけ笑って、ため息をついた。窓から差し込む夕日に照らされた横顔からは、心情を読み取ることはできない。複雑な色をしていた。
「どんな悪人でもな、そして善人にも、命の重みってのがある。人を殺すと、その重みが自分にまとわりつく。罪悪感を感じる必要もないし、人殺しを躊躇する必要も無い。殺すべき相手は殺せ。だけど、必要以上には殺すな。命は重い。軽いのは、ロゼのやつくらいだ」
「……肝に命じておくよ」
そう言ったものの、あんまり腑に落ちてはいなかった。ただ、言葉だけは覚えておこうと思った。自分自身の実感が籠った言葉を俺に言ってくれる人はあまりいなかったからな。
それに、人を殺したくない俺には、都合のいい忠告でもあった。
「じゃあの、シアラ。あんまり黒いのにかまけて、自分をおろそかにするでないぞ」
「おろそかにはしてません……。あの、ロゼ、いろいろとありがとうございました」
「気にするでない。ぬしには貸しがないのじゃからな。黒いのと苗の民にはそのうち返してもらうが」
ロゼが快活な笑みを浮かべる。
「あの、また会えますか?」
「生きておればの。わしは死なんから、シアラが生きているうちは、もしかしたらどこかでまた会えるかもしれぬ。その時はゆっくりとはなせると良いの」
「……そっか。そうですね。生きていればまた会えるんですね」
シアラが確かめるように頷く。それから、ザインが荷物を背負い直して、立ち上がった。
「じゃ、行くか、ロゼ」
「そうじゃの。四人とも、またの」
最後はそれだけの短い挨拶をして、二人は宿を出て行った。
数日後、ランパルトの遺品の処分を決めてしまって、ガレスさんとルドルフさんに挨拶をして、俺たちもレグランドを出た。雷獣の件の報酬の他には、特にもらったものはない。なんとなく、ランパルトの遺品を使うのは気が引けたし、財産を持ち出すのも嫌だった。
騎士にならないかというガレスさんの誘いと、街に残らないかというルドルフさんの誘いは断った。
太陽の光が降り注ぐ草原を、荷馬車で進んでいく。
「ルディアまであとどれくらい?」
「森を抜けて、山を越えたらすぐよ。大きな街は一つだけかな。レグランドと同じくらいの、ヘイムギルっていう街にも立ち寄ると思うけど」
荷台に座ったドロシーがそう言った。ルディアという街に到着したら、ドロシーはどうするんだろう。今更だけど、俺はルディアに生活の手段を手に入れるために向かっている筈だった。だから、半分はルディアに向かう理由はなくなっているとも言える。
けど、まあ、それはその時に決めれば良いか。
「あなたの旅は、どこまでつづくのかしらね」
隣に座るフィーナさんが楽しそうにそう言った。
死ぬまで続くと良い。
というわけで第4章「目覚め続ける時計」でした。フィーナさんの話でした。
作者的に書きたいフィーナさんが書けて満足してます!フィーナさんかわいい!
第5勝はまだ構想段階なので、投稿再開まで少し時間が空くと思います!次回はシアラの話(の予定)です。
感想で好きなキャラクターのことを書いてもらえると執筆意欲がまします!よろしくお願いします!




