015
直接相手を攻撃する魔法は使用禁止。呪文の使用は自由。武器は一つのみ持ち込み可能。消耗品の類の持ち込みも自由だが、体に身につけられる範囲を上限とする。ある魔法が決闘で使えるかどうかについて判断が難しい場合、立会人が事前に確認する。あらかじめ決められた決闘場の外に出てはならない。
大ざっぱに言えば、これが決闘のルールだ。
ロゼとシアラ、そして俺は、騎士団の詰め所である館に呼ばれていた。そこで改めて、ガレスさんから決闘の詳細なルールの説明を受けて、対価の確認を行なっている。
「決闘が行なわれるのは六日後、二十三日です。場所はオゲイン卿が所有している私的闘技場が候補ですが、よろしいですか? その闘技場に妙な仕掛けがないことは、我々も調べていますが」
「えっと、多分、構いません。他に候補って言われても、街に来たばかりの俺は良く知らないですから。二人も、大丈夫だよね?」
「どこでも一緒じゃろ。大事なのは、どちらが強いかであって、どちらかが賢しいか、ではないのじゃからな」
「私も特には。……個人的には、あんまりあの人を刺激したくないです。問題がないなら、その場所の方がいいかな、って思います」
シアラが沈んだ声で言う。ランパルトの脅し文句はシアラに効果覿面だった。それだけであの面を殴りたくなってくる。
決闘の条件を一通り確認したガレスさんは、読み上げていた書類にサインをして脇にどけた。確認済みのサインみたいなものだろうか。こっちの世界、印鑑無いもんな。基本的にサインだ。ちなみに、文字は未だに読めない。
前にフィーナさんと、俺の名前をどう綴るかっていう話をしたことがある。この世界は音と文字がだいたい対応しているみたいで、単語も文字の組み合わせで表現されるみたいだった。スタイリッシュな筆記体みたいな文字がこの国では使われているらしく、コースケ・ムスミと書いてもらったっけか。
そういうわけで、俺でも自分の名前くらいは見れば分かる。ただ、謎の翻訳現象のお陰で会話はできるけど、なまじ会話ができる分、文字を覚える気にはなれていない。ゆっくり時間がある時に勉強したいけど、日本語との対応付けが難しそうだよなぁ……。
「それから、決闘の対価です。お二人の身柄と、ランパルト殿の身柄および地位。騎士団としては、これらが釣り合うものだと判断しましたので、そのこともお伝えしていきます」
「……単純に、二人と一人じゃ、釣り合わないんじゃないですか?」
「我々もぴったりと釣り合いの取れたものだとは思っていません。言ってはなんですが、コースケ殿にとって、ランパルト殿の身柄には何の価値もないでしょうし」
……それは、そうだな。そう考えると、そもそもシアラ一人とランパルト一人でも釣り合いが取れてない。
「人の価値は様々です。判断基準によっては、五人と一人で釣り合いが取れるという場合もあるでしょうし、百人と比べてもなお釣り合いが取れない人物というものもおります。もし戦争の経験がないのであれば理解しがたいかもしれませんが、人の命になど、大した価値はないのです」
ガレスさんが乾いた笑いと共にそう言った。奇妙な笑顔だった。言いたくないことなのかもしれない。けれど隠さずに真っ直に言ってくれる。
これが誠実さというやつなのかもしれない。
けど、シアラとロゼがランパルト以下、みたいな物言いにはちょっと苛ついてしまう。
「……立会人が口を出せるのは、明らかに不釣り合いな場合のみです。コースケ殿からすれば、ランパルト殿の身柄など価値はないのでしょうが、けれどコースケ殿が自分でない者の命をかけているのに対し、ランパルト殿は自分自身の命と研鑽をすべて賭けているのです。あくまで決闘は当事者のものですから……比較すべきは、命の個数ではない」
言われてみればそうだな。実際のところ俺が負ければシアラが俺を殺すし、それができずともシアラが死ねば俺も死ぬから、命をかけてるようなもんなんだけど。ただそれは、決闘の対価として俺の命をかけているというわけじゃない。複雑な経緯でそうなったというだけのことだ。
「まあ、そりゃそうじゃの。この竜人はともかく、わしの命に価値などありんせん」
からからと笑うロゼ。シアラとガレスさんが、怪訝な表情で彼女を見たが、特に何かを言うことはなかった。……この子、自分の命を軽視してるんだろうか。だから、簡単に俺の決闘に割り込んできた。それなら確かに納得はできるけど、なんで自分の命を軽視できるのかは、わからない。
「なあロゼ、なんで決闘の対価になるなんて言い出したんだ? ロゼがそうする必要は、なかったと思うんだけど」
今更だけれど、俺はそう聞いてみた。
「うん? なんじゃぬし、わしを賭けて戦うのは不満じゃとでも申すのか?」
「いや、不満だよ。余計な負担だよ。心理的に」
ロゼが俺の言葉にきょとんとして、それからつまらなさそうな表情になった。口を尖らせて、ゴミでも見るような目つきだ。
「ぬしは男が小さいのぉ。女子の二人くらい、背負って戦ってみせんか。それにの、わしがあの場で立ち入らんかったらの、ザインは主にあの空間を使わせておらんぞ。それがなければ、わしを助けたことと、まあ、せいぜい剣の握り方を教えるのとで、おあいこじゃな」
なる、ほど? ザインが門の六界を俺に提供したのは、ロゼのため。たしかに本人もそう言っていたし、そこに偽りはないだろう。けど、門の六界ってロゼの魔法だよな? だったらザイン関係ないんじゃ……。
「じゃあ、俺を助けるために……?」
「うん? 勘違いするなよ、黒いの。わしは二人の男がわしを取合って争うというシチュエーションに燃えておるのじゃ。女子の夢じゃぞ」
ロゼは弾むような声でそんなことを言った。
「いろいろ考えてぬしにいい方向に転がるようにはしてみたが、それはついでじゃ、ついで。あのタイミングで割り込んだのも、ああすればザインの説得が楽じゃろうと思うたからじゃの」
「それは……なんつーか、礼を言うべきなのかどうなのか、悩むな。でも、ありがとう。お陰で少しはまともな戦いになりそうだよ」
「礼には及ばんわい。それに、ザインのやつがぬしとシアラに借りがあるとすれば、わしはぬしらに一飯の恩があるからの。まあそれはザインもじゃから、案外わしが何もせんでも、あやつはぬしに稽古をつけとったかもしれん。ならばわしのしたことは徒労じゃな」
うーん、なんかこんがらがってきた。貸しとか借りとか、勝手に判断されても困るよな……。俺との貸し借りなら、俺に断ってくれって思う。ザインの中で釣り合いが取れてれば良いんだろうか。
「俺が負けたらどうすんだよ」
「ま、その時はさっさと逃げれば良かろう。ここだけの話、わしはお尋ね者じゃからな」
と、ロゼが声を潜めていった。……いや、言っていいのかよ、それ。ガレスさんもいるんだぞ。そう思って慌てて彼を見るが、ガレスさんはため息をついて肩をすくめるだけだった。
「聞き捨てなりませんが、私の記憶にはロゼ殿の名前はありません。調べるのも、決闘が終わるまでは保留にいたします」
「えっと、すみません。助かります」
「ま、決闘が終わってから奴隷になるまでの間は、どうしても猶予があるからの。あっても数分じゃろうが、数分もあれば、人生捨てる覚悟で全部ご破算にはできる。ぬしもあの小僧も全員わしが八つ裂きにして、全部なかったことにして適当に逃げれば良い」
外見に似合わない蠱惑的な笑みを浮かべて、ロゼはそう言った。怖えよ。
けど、犯罪者になって逃げる手もある、みたいな話もそういえばしていたな。あれ、一応現実的なのか。どうだろ。立ち会った騎士を全員倒して街から逃げ出すなんて、できるだろうか。……できそうだなぁ。ドロシー強いし。ザインもなんか別格みたいだし。いや、ロゼは俺たちも殺すつもりだって言ってるけどさ。
「まあ、主は竜人のために戦う気概だけ持っておけば良い。わしのことは気にするな。繰り返しになるが、わしの命など安いもんじゃからの。ほれ、さっさと戻らんと、あの小僧に勝てんぞ。稽古の時間は限られとるのじゃから」
ロゼはそういうと、椅子から飛び降りてさっさと部屋を出て行ってしまった。小さな姿が扉の影に隠れて、すぐに見えなくなる。何歳なんだろうなあの子。話し言葉だけじゃなくて、案外考えてることも老獪に思える。絶対見た目通りの年齢じゃない。ファンタジーのお約束といえば、お約束だけど。
……なんだかなぁ。いろいろ煙に撒かれた感覚が残る会話だった。そもそも、なんで自分の命をそんなに軽視するのか、聞けてねえし。
「ガレスさん、いろいろとありがとうございます。また何かあれば立ち寄るかもしれません。それから、当日はよろしくお願いします。……さ、兄さん、私たちも行きましょう?」
「ああ、そうだな。ガレスさん、それじゃあ、これで失礼します」
「了解した。頑張ってください。私としても、コースケ殿に勝利していただきたいと思っている。……その、ロゼ殿の過激は発言は、聞かなかったことにする」
そうしてください。
次回、やっと決闘です。




