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家出したら異世界だった  作者: shino
目覚め続ける時計
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012

 俺たちが宿泊している宿で新しい部屋を一つ取った。いや、取ったというか、ザインがわざわざ部屋を取って、そこに来たというか。


「じゃ、ロゼ。頼むぜ」


「うぬ、任せるがよい」


 ザインの言葉にロゼが胸を張り、そして胸元からペンダントを取り出した。服の下に隠していたわけだ。部屋の真ん中に立たされた俺に、ロゼはそのペンダントを差し出す。


「ほれ、これをつけるのじゃ、黒いの」


「お、おう。なんだ、これ?」


「魔法具じゃよ。それも、魔法による(・・・・・)魔法具じゃ。意味分かるかの?」


「魔法による魔法具……。えっと、つまり、呪文じゃなくて、魔法で作られた、魔法具ってこと?」


「その通りじゃな。さ、早う付けるが良い」


 受け取ったペンダントは白っぽい金属でできていて、弾丸のような形をしていた。もちろん、弾丸というわけではないのだろうけど、そういう形だった。先端に黄色い宝石が埋め込まれている。そして、ロゼの体温が残っていて、こう、生々しい。


 シアラが無表情な視線を向けていた。冷や汗が止まらないぜ。


 ドロシーとフィーナさんは出かけてしまった。情報収集と、ドロシーはいろいろやりたいことがあるらしい。


 ロゼに言われた通り、ペンダントを首に架ける。……特に変わったことはない。《呪文の王》でペンダントを見てみたが、とうに魔法式も刻まれていない。呪文が使われていないことは、一目見れば分かるんだけどさ。


 魔法式は目に見える形でなければならない。色分けしても、彫り込んでもいいが、その形を視認できる状態でなければならないのだ。その上で隠すことは構わないので、例えば金属の板に挟み込むとか、二枚合わせの内側に描くといった方法でも魔法式を描くことができる。けれど、このペンダントには、そういった隠された魔法式もないみたいだった。


「よし、ならば竜人、黒いのの肩にでも手を置いとれ。ザインも、中に入るのじゃろ?」


「ああ、もちろんだ。最初は説明が必要だろ」


「えっと、こうでいいんですか?」


 ザインが馴れ馴れしく、シアラが首を傾げながら、俺の肩に手を添える。


「じゃ、やるぞ。ああ、その前に、《姿惑わしの呪文》は切るぞ。よいな、ザイン」


「ま、しゃーないだろ」


 次の瞬間、見下ろしていたロゼの姿、というか、髪と眼の色が変わった。髪は真っ白になり、眼は薄い緑色になる。神聖さを感じるその髪が、はらりと揺れる。


 《姿惑わしの呪文》。そんなのもあるのか。《呪文の王》は、発動している呪文の効果そのものを解析することはできない。あくまで魔法式、魔法器官、詠唱を理解・分析できるだけだ。恐らく、ロゼは変装をする呪文を常に使っていて、その魔法具は隠し持っているのだろう。ロゼを《呪文の王》で見れば、その魔法具にも気付いたかもしれないが、それはしなかったからな……。


「どうじゃ? 美しい髪じゃろ。わしはリブラの民なのじゃよ。古今東西、真っ白な髪と肌を持つのは、リブラだけじゃ。あらゆる魔術や呪いを受け付けぬ(いわ)れを持つ、何にも染まらぬ白よ」


 確かにロゼは、小さな体と怪し気な笑みに不釣り合いな神聖さを纏っていた。


「無反応か。くふふ、まあよいわ。わしがリブラであることなど、今は重要ではないわい。——さて、はじめるぞ。心しておけ」


「ま、精々悲鳴を上げないように頑張れよ」


 ザインがちょっと愉快そうに言った。終始面倒そうに眉間に皺を寄せていたザインが楽しそうだ。嫌な予感しかしない。


 ロゼが俺を……いや、俺が身につけたペンダントを指差し、眼をつむる。


「《我が指し示し門、我が心意、揺蕩(たゆた)う彼の異界への道標、交差の巫女(ハイコーン)の名において(そら)んじらるるはその時と境の祈られし眼、黄金に因り暗黒に依る誘魂の(あかり)を辿り、放蕩者の羽根休める東屋(あずまや)の木陰に(すが)り、逆さの橋の底を時の(こえ)の杖で歩き——》」


 《呪文の王》が反応する。そして、同時に理解する。この呪文は理解できない(・・・・・・)ということを。いや、正確に言うのならば、最初の四小節の後は、全てが鍵言葉——あらかじめ用意されたフレーズで、呪文言語によって表現された内容には、けれど呪文的整合性が無い。


 一小節ごとに、輪ができる。金の光を纏った、黒い環。空中に浮かぶ魔法陣のように、ペンダントから発されたそれが、俺のや両脇の二人の体さえ貫いて広がる。貫かれた場所に違和感はない。まるで、そこにそれが見えるだけで、けれどその環は実在しないものであるような気がした。


「な、なんですか、この呪文——?」


 シアラが驚いて、俺に寄る。肩を握る手に力が入って、爪が食い込んで痛い。


「《——境舐め時穿ち行き果てる異界の名は門の六界(イーンフィティア)》!」


 ロゼの詠唱と共に、俺の視界は闇に溶けた。


 


 ◇ ◆ ◇


 


 白い石畳と、青紫の空。そこはそういう空間だった。


「……あ、え? えっと、なんだここ。じゃない、どうなった?」


 周囲を見回す。ザインもシアラも、ロゼもいない。独特の様式の門が六つ、ぐるりと俺を囲んでいた。その門の向こうにも、同じように門に囲まれた広場が見える。門や石畳は真っ白な石でできていて、しかも光っていた。空が暗いのに視界が通っているのは、このためだろう。空気が澄んでいるのか、遠近感が狂いそうな程に遠くを見ることができる。視力の方が追いつかない。


 六つの門で囲まれた広場の中央に、台座があり、諸刃の長剣が突き立てられている。


「兄さん、大丈夫ですか?」


「え、シアラ? どこだ?」


「こっちです、上です」


 シアラの声が聞こえて周囲を見回すと、視界の少し上、なんかこう、光る精霊みたいになった神々しいシアラがいた。隣にザインもいて、空中に立っている。なんか強そうだ。ザインがからかうような、あるいはちょっと得意そうにも見える顔で口を開く。


「んじゃま、必要な説明だけさっさと済まそう。まずここは異界(・・)だ。本来存在する世界とは異なる、魔法によって作られた世界。その名も門の六界(イーンフィティア)。ロゼの魔法の一つだな」


「い、異界? ここは、元の世界のどこかってわけじゃないのか?」


「全く別の場所だって俺は思ってるぜ。全部ロゼの手品で、ここも世界のどこかに存在する場所かもしれねえけどな。でもそれはどっちでも良いんだよ。重要なことをいくつか説明するから、まず大人しく聞け」


 混乱していた。けど、言っていることは理解できる。こういう、魔法で作られた特別な空間っていうのは、良太の家で読んだ漫画でも使われていた設定だ。星のない空、延々と続く門。ここが元いた場所とは大きく異なるものだということについては、納得せざるを得ない。


 理解させられる。それだけの異質な空気を、この空間は持っている。


 魔法って、すげー。


「まずこの内部では、外部との時間の流れが四倍差になる。だから、決闘まで一週間として、一ヶ月くらいは鍛えられるな」


「お、おおう。そうか、そういうやつか」


 テンプレだなぁ……。


「そんで、この異界では(ろく)に魔法が使えない。魔法の発動に必要なあらゆる英霊効果が得られないから、らしい。あとは、武器だけは無限に手に入る。門に囲まれた広場一つにつき一つ武器が置いてあるから、好きに使え」


 言われて、台座に刺さっている長剣を見る。広場は、素人の目測だけれど直径で二十メートルくらいの距離はあるので、隣の広場にどんな武器が置かれているのかは特定できないけれど、ここにある長剣とは違っているようだということは分かった。


「腹は普通に減るから、飯だけは食いに出てこい。睡眠もこの中で取るから、四半時おきに休憩って感じだな。三回死んで、一回睡眠。その繰り返しだ」


 四半時ってのは、六時間くらいのことである。なんでこの辺、自動変換してくれないのかね。単位の換算機能はついてないんだろうか。


「いやいやいや、エグいって。ぶっ続けかよ。死ぬよ」


「文句言うな。鍛えとかねえと死ぬんだからよ」


「えっと、兄さん。頑張ってください。私、見てますから」


 シアラが両手でガッツポーズした。かわいい。


「お、おう。ちょっとついていけてないけど、頑張ってみるよ」


 シアラが頑張れって言うなら頑張ろう。


 俺はとりあえず台座に近づき、突き刺さっていた長剣を抜いてみた。簡単に抜けた。真っ白な諸刃の長剣。片腕でも両腕でも振ることができる、バランスの良い武器に思えた。うろ覚えの漫画知識で、適当に振ってみる。腕が引っ張られて、体勢を崩した。


「うわ、っと」


「……兄さん、下手ですね。剣を触ったこと、あんまりないんでしたっけ?」


「そうなんだよね。だからって、槍も斧も触ったことないけど」


「私と会った時は剣を使って喧嘩してましたよね」


「あの時はカウンターで突き刺すだけだったからなぁ……」


 きちんと振るのは思ったより難しい。これ、ただ武器振ってるだけで何か訓練になるのかな……。そう思っていると、カシャリと音が聞こえた。剣から顔を上げると、門を阻むように白い人が立っていた。俺と同じ剣を持った、同じくらいの背格好の人物。ご丁寧に髪型まで真似られている。


 のっぺらぼうの顔からは、表情は伺えない。それがぐるりと、六人。彼らの剣と床が触れた音だった。


「ああ、うん。これ、対戦相手ってこと?」


「そういうことだな」


 ザインが頷く。


 六人の門番のうち、一人が進み出て、俺に剣を向けた。俺は思わずそれに応じて、彼のを真似て剣を構える。すると、彼は微かに頷いた。それでいい、と言われたような気がする。


 実践で学べ、ってことか。


「いいか、コースケ。傭兵の教えだ」


 ザインが頭の上から説教する。


「情報は力だ。技は盗め。そして、命は賭けるな」


「それ、抽象的すぎるし、命はもう賭けてるんだけど……」


「教えってのはそんなもんだ。まあ、なんとか頑張ってみろ」


「あんまり気は進まないんだけどな……。でも、まあ、やるよ」


 負ければ死ぬのは、事実だ。できることはやらないと。


 深呼吸して、心を落ち着ける。武術において大切なのは心構えだ。と、漫画知識ではあるけれど、そう思ってはいた。思い込みかもしれないが、今はそれでも構わない。はじめて剣を握った俺にとって、これは大事な手順だと思う。


 短く息を吐いて、同じ姿をした真っ白な剣士に、斬り掛かる。

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