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家出したら異世界だった  作者: shino
目覚め続ける時計
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009

 戸惑ったのかなんなのか、ドロシーは首を傾げる。かわいい。そして、何かに気付いたようにくるりと、俺の喉元に向けていたナイフを半回転させ、今度は自分の喉に向けた。


「ドロシー、それ、危ないと思うけど」


「私もそう思うわ」


 上にのしかかられていて、完全に両腕を押さえ込まれている。鍛えているドロシーにこの体勢で押し倒されて、抵抗はできない。体重はそれほどでもないので、ドロシーが動けば抜け出せるかもしれないが、けれどそれは叶わないだろう。


「例えば私がこのナイフを自分の喉に突き立てるとするじゃない?」


 ナイフ。ドロシーが使う無数のナイフのうち、最も戦闘と殺傷に特化した、流線型のそれは、魔煌灯の青白い光に照らされて艶かしく光を反射している。刃の側面にある窪みが、血液を流すのだという説明を思い出した。それが、ドロシーの喉に吸い込まれるのを、思わず想像してしまう。


 想像したくもないのに、想像してしまう。そのナイフが生き物の肌に食い込むのを、俺は何度も見てきた。


「そんなこと、しないでほしいけど、それで?」


 どうしてだか息が詰まりそうになりながら、言葉を返す。


「その時にコースケは、私が勝手にやったことだから、関係ないって言うの?」


「言わない。ドロシーのことが、俺に関係ないはずないだろ」


「だったら、どうしてコースケのことは、私に関係ないの?」


 ドロシーが、首を傾げる。何度も何度も見なれたその仕草が、今では薄ぼんやりとした、生気の通っていない仕草に見える。まるで人形が首を傾げているような、表情の見えない暗い瞳が、俺を見下ろす。


 糾弾するような、脅迫するような、真っ暗な目。青い色をした瞳が、今は暗闇に染まっていて、女の子らしさを感じる目つきからは、人らしさすら取り除かれていた。


 ドロシーのことは俺に関係するのに、俺のことはドロシーに関係ないのは、アンフェアだ。そう言いたいのだろう。俺は絞り出すように返す。


「それは……だって、ドロシーに迷惑はかけたくない」


「私は迷惑をかけられたいわ。私は、コースケが自分で選んだ、取り返しのつかない一人でありたいのよ。迷惑だってかけられたいし、コースケの全部に当たり前のように関わっていたいと思ってるわ」


「そんなこと言ったって、俺はただでさえドロシーに頼りっぱなしなんだ。自分の問題くらい、自分でなんとかしたい」


「当たり前じゃない。自分の問題くらい、自分でなんとかしなさいよ。でも、コースケ一人で全部やってしまうのは、許さないから」


 どういうわがままだよ、それ。


「ごめん、言ってる意味が分からない」


「前にコースケ、人間関係は思い出で作られるって言ったわよね。記憶は過去だから変わることもないって」


「言ったよ。言ったし、そう思ってる」


「だけど、思い出の相手って、選べるものね。選べるから、思い出は、特別なのよ」


 自分に言い聞かせるように、ドロシーはそう唱えた。それはまるで、呪文の詠唱のようにも聞こえる。


 呪いを唱えているように。


 ナイフを、俺の顔の隣、ベッドに深々と突き刺して、それからドロシーは、両手で俺の頬に触れた。ドロシーの顔が、間近になる。息がかかる距離で、ドロシーの唇が動いたのが分かった。


「私、間違ってたの。コースケが私を選ぶ理由がなくなるのを、怖がっていたのよ。でも、それは多分逆だったわ。シアラが旅に加わって、私は自分がコースケに不要とされるのを恐れていた……」


 その通りだ。覚えている。ドロシーは自らその不安を俺に打ち明けて、そのせいで俺やシアラを危険な目に遭わせてしまったと言っていた。もう三週間も前の話だけれど、鮮明に覚えている。


 忘れない。あれも、俺とドロシーの、二人だけの思い出の一つだ。


「でも今は、私は、コースケに必要とされたくないと思っているわ。現に私は、今コースケが抱えている問題と、全然関係ないでしょ? 私はコースケがどうしようと気にしないわ。コースケがシアラをどうしようが、ロゼをどうしようが、誰に嵌められて誰に唆されて誰に誑かされても、私には関係ない」


 ドロシーが薄く笑う。心臓を掴まれるような微笑みだった。


「私はあなたに必要とされずに、それでもあなたの隣にいたいの。お互いを必要としない二人が、それでも一緒にいるのなら、それはその人を、ただ(・・)一人(・・)選んで(・・)いる(・・)ということよね」


 絶句、した。


 二の句が継げない。


 自分が必死になって言ったことが、こんな風に返ってくるなんて、思いもよらなかった。


 けれど、いつもどこかにいる冷静な自分が、ドロシーの言葉を肯定していた。


 ——君も私も、私と君の特別な人に、少しずつなっていくんだよ。積み重なった思い出が、どんどん誰かを特別にしていくんだから。


 綾乃の言葉を思い出す。綾乃は、俺たちが思い出を積み重ねていけるのだと、信じていた。けれど、それを信じられない人も、いたんだ。第一、どうしてずっと思い出を重ねていけるなんて、無邪気に信じていたのだろう。現に俺は、もう綾乃に会うことはできないじゃないか。


 綾乃にもう会えないように。


 ドロシーやシアラにも、二度と会えなくなる日がくるのだろうか。


 だとしたら、今その人と一緒に居たいという欲望以外の、何が大切なんだろう。


「だから、コースケ。私に迷惑をかけたくないとか、そういうことを思っても構わないけれど、それで私があなたのことと無関係になるなんて思わないで」


 ドロシーが目をつむって、額を合わせてきた。灰色の髪が頬にかかり、ドロシーの匂いがする。体の重さが、額に伝わる熱が、柔らかな脚の感触が、伝わってくる。


「私は当たり前のように、あなたの隣にいるわ。私がそうしたいからそうするのよ。だから、まあ、みんなでグルになって逃げ出して、それで逃亡生活というのも、私は全然構わないわけ」


 そういえばそんな話だったな……。随分迂回した会話だった。会話と呼べるのかどうかも怪しい。ドロシーが言いたいことを言いたいだけ、支離滅裂にぶつけてきただけのような気もする。


 けど、わかった。


 そういうことなら、そうしよう。


「じゃあ、ドロシーにはいっぱい迷惑をかけるよ。嫌になったらいつでも俺を見捨ててくれ」


「コースケこそ、私のことが嫌いになったら、いつだって捨ててくれて構わないのよ」


 そう言って、それから顔を見合わせて、笑い合った。


「あのねぇ、二人で盛り上がってるとこ悪いんだけど、私のこと忘れてない? 大丈夫? 全部見てたし聞いてたけど?」


 ドロシーの喉が引きつった。変な声が出た。名状しがたい声だ。


 慌てて俺の上から退き、もともと俺が座っていた椅子を大急ぎで元に戻してそこに座る。変な姿勢だった。俺はため息をついて、ドロシーのベッドの淵に腰掛けた。俺とドロシーの位置が入れ替わったことになる。


 フィーナさんがジト目でこちらを睨んでいた。


「そのままキスしておっぱじめるかと思ったわ」


「キキキキ、キスなんて! しない! しないから! 別にコースケのことそういう風に好きなんじゃないから! 何か閃いたコースケの顔がすごいかっこいいから好きとかそんなこと思ってないし!」


 盛大に自爆しやがった。なんだそれ俺が恥ずかしいんだけど。フィーナさんはやさぐれたように息を吐いて手をひらひらした。お前もなんだよその仕草。


「はいはい、お腹いっぱいですー。どうぞ末永くいちゃいちゃしてくださいなー。そんなことより、真面目な話、犯罪者になるのは最後の手段でしょうに」


「あー、えーっと、そうですね。実際、決闘から逃げた場合って、どうなるんですか?」


 俺はフィーナさんの誘導に乗っかって話をかなり強引に元に戻す。


 実際に絡め手というか、正攻法でない手段で問題をクリアできるのかどうかは気になっているところだった。それに、相手側が絡め手を使ってこないとも限らない。あいつ、性格屑だからな。


「意図的にしろ、あるいは事故にしろ、決闘に出られないケースって結構あると思うんですけど」


「不戦勝の場合、決闘から対価の受け渡しまで最低でも三日は待つ決まりになっているわ。それまでに相応の理由が立会人に通達されれば、仕切り直しになるはずよ。ただ、立会人も暇じゃないからね。一回か二回までくらいしか受け入れてくれないんじゃないかしら」


「なるほど……逆に言えば、二回くらいまでなら日程の調整は受け入れられるってことですね」


「そうだけど、理由次第よ。ただ引き延ばしたいからなんてのは無理ね」


「うーん、そうですか。それで、実際に逃げた場合は?」


「決闘逃亡罪っていうよくわからない罪状の元、指名手配リストに名前と人相書きが載るわね。もし写真があれば写真も回されるかもしれないけれど、複製の手間があるから……たかが一人の犯罪者にそこまでするかどうか、ってところかしら」


「えっと、決闘法が国の法律なら、外国に逃げれば大丈夫なんですか?」


「理屈の上ではね。もちろん国家間で取り決めが行なわれた場合は別だけど、よほどの凶悪犯でもない限りそういったことにはならないから、まあ今回のケースだと大丈夫でしょう」


「そ、そうは言っても!」


 ドロシーがちょっとうわずった声で話に割り込んでくる。まだ追いついてないのかよ。俺はもう落ち着いたぞ。落ち着けよ。ドロシーが大げさに深呼吸してから、言葉を続けた。


「そうは言っても、シアラは病目の大蛇(アゴラディレス)を倒すことが目標なんだし、この国で犯罪者になるのは良くないわね」


 そういえばそうだったな……。


 シアラが俺とドロシーの二人旅に加わった理由は、将来ドロシーに病目の大蛇(アゴラディレス)を倒してもらうためだ。そのためにシアラは対価として、ドロシーの旅の手伝いをしている、という名目だった。もう設定だけの状態で、あの子、旅を手伝う気とかないだろって気もするけど。普通に仲良く一緒に旅してるだけって感じだしな。


 けれど、ドロシーとシアラが別れるまでは、少なくとも約束は有効だろう。ドロシーを助けると言っておきながら厄介事を持ち込んでいるのだから、まあ、いろいろとダメダメなのかもしれないが。いや、厄介事を持ち込んだのは俺か。俺だな。シアラは悪くない。

自分で書いたヒロインに萌えてるのってエコだと思います。

そういえば100万PV突破しました! ありがとうございます!

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