007
「ちなみにザインさんはなんでついてきたんですか?」
「そりゃあ、ロゼが行くんだから俺も行かないと、何かあった時に困るだろ。基本的に俺はロゼの連れだからな」
「ロリコン」
「ちげーよ。俺の好みはあんなお子様じゃなくてな、フィーナの嬢ちゃんみたいなグラマラスな女だっての」
「真性のロリコンはみんなそう言うと聞いた事がありますけどね」
「なんで男とロリコン談義しなくちゃならねーんだ……」
などという会話で気を紛らわしつつ、十数分後、俺たちは詰め所に到着していた。
ちなみにロゼの身長は頭のてっぺんが俺の胸の辺り、ってくらいだ。幼女とは呼べない。童女といった所だろうか。一応あれもロリだと思う。思いたい。
騎士団の詰め所というから男臭い掘建て小屋のイメージだったけれど、到着してみればそれは立派な屋敷だった。ただ、騎士の詰め所という実務的な建物であるからだろうか。他の建物に比べて質素で、けれど厳格な雰囲気を感じる。
中に入るとオレンジの照明が十分な明るさを保っていたが、暖かな色の光とは対照的に、どこか殺風景な印象を受ける。エントランスも、外装とは裏腹に狭く、実務的なものだ。
「こちらです」
騎士のうち一人は俺たちの後をついてきている。そして、先頭を歩くのはリーダー格の騎士であるガレスさんと、血気盛んなコーデックさんだ。
俺たちはわりと広めの部屋に通される。中央には木で作られた大きなテーブルがあり、四人ずつ対面で座る事ができるようになっている。そして、議長席——いわゆるお誕生日席の、入り口から遠い側にも一席。壁には黒板のようなものがあるので、おそらくは会議室なのだろう。窓はあるようだが、今はすべて厚手のカーテンが閉じられていた。
壁際には背の低い棚と、それから植物が置いてあり、この建物が持つ殺風景な空気はいくらか緩和されていた。
ガレスさんが議長席の横に立つ。
「ではみなさん、席にどうぞ。少々想定より人数が多かったので、いつもは会議室として使っているこちらの部屋にお通ししました」
言われて、俺たちは席に着いた。ザインとロゼがふてぶてしく、シアラとドロシーが普通通り、そして俺は多分、ちょっと緊張していたのが出ただろう。ロゼはともかく、ザインはあれだ、傭兵って騎士と仲悪そうだしな。そういう態度もイメージ的に頷ける。
取り巻きというか、残る二人の騎士は入り口の外で待機するらしい。つまり、今この部屋には俺たち五人とガレスさんしかいない。いざとなったらシアラとザインさんの二人で、まあ騎士の一人くらい抑えられそうな気もする。でも団長だしなぁ……。強いんだろうか。強いんだろうなぁ……。
「では、コースケ殿。この国の法律の一つ、決闘法について、まず説明させていただきます」
「……決闘法、ですか?」
あーなんか、いやな予感しかしない。もう嫌な予感全開だ。これぞテンプレって展開だ。
「それはあれですか、決闘を申し込まれたら必ず受けなければならないとか、そういう法律ですか?」
「いえ、流石にそのような事はありません。決闘法は、成立した決闘は誰も邪魔してはならない、そして決闘による対価はお互いに見合うものをかけなければならない、という二つを骨子としたものです」
「簡単に言えば、決闘を決闘として成立させるための法律ね」
ガレスさんの説明をドロシーが引き継ぐ。
「代理人を立てる場合は両者ともに立てる。決闘の敗者は、お互いに決めていたものを相手に差し出す。命や奴隷、立場も含めてね。それから、決闘に賭けるものはあらかじめお互いに合意の上、公的機関がその平等性を担保すること。その公的機関が基本的には決闘の立会人になるのよ」
「あのさ、それって搾取の温床になるんじゃないの。偉いやつが無理矢理決闘を成立させて、合法的に財産を奪い取るみたいな」
「……非常に耳の痛い指摘だ」
ガレスさんが唸る。
「原則的に決闘という制度は、法で裁けない個人間のもめ事を、死人が出ないよう解決するための制度なのですがね……。実は、コースケ殿に決闘を申し込むため、騎士団から立会人を推薦してほしいという依頼があったのです」
「はあ……あの、それは誰から?」
「オゲイン卿の三男、ランパルト・オゲイン殿からだ。騎士団としては、あなたとランパルト殿の諍いが私的なものだと判断した上で、決闘の立会人を引き受けることになる。ランパルト殿と何があったのか、伺ってもいいだろうか?」
「おいおいガレスさん、それについては既に話したと思うんだけどねぇ」
声がして、振り返る。部屋の入り口がいつの間にか開かれていて、とびらに肘をついてポーズを決めていたのは、昼間の身なりの良い男だった。
やっぱこいつか。
こいつがランパルト殿か。
……なんつーか、小物臭がヤバいんだけど。
ポーズを解いて扉を閉め、中に入ってくるランパルト。服装は昼間の仕立てのいい服よりもさらに華美で、柄の悪い顔立ちと相まって非常にミスマッチだ。
「ここにいる男、コースケは俺をコケにした! よって決闘を申し込む。俺とタイマンでの勝負を要求する」
いや、いやぁ……。そんなこと言われましてもですね……。
ガレスさん以外の全員が、胡散臭いものを見る顔というか、残念なものを見る、憐れみと侮蔑と呆れをごっちゃにしたような目で、ガレスさんの隣に立つランパルトを見ていた。
ガレスさんだけは、なぜか難しそうな顔をしている。
「コースケと言ったな?」
「ええ、はい。俺がそうですけど」
「俺が勝ったら、その娘とその娘を俺に寄越せ」
そう言ってランパルトが指差したのは、シアラとロゼだった。
「何を言ってるんですかこの汚らしい顔の男は。私は兄さんのものですから、決闘の対価にされるのはやぶさかではありませんが」
そこは嫌じゃないんだ。そこは嫌じゃないんだな! お兄ちゃんびっくりだよ!
「そもそも、あなたのようなクズが兄さんと対等に戦えると思ってるんですか?」
お、俺ってそんなに過大評価されてんのか?
「兄さんは戦闘能力皆無なんですからね! どんなに逆立ちしても、まともな勝負になるはずがないでしょう!」
痛快に言い切られた。
「同感じゃの」
ロゼがシアラの言葉に応じて口を開く。
「第一、そこの黒いのは時間稼ぎをした程度で、貴様らを直接下したのはシアラじゃろ。シアラに復讐をしようというのならば百歩譲って理解を示してやらんこともないんじゃがの。しかし黒いのに決闘とは、弱いやつを選んで挑んどるようにしか見えんわ。器が知れよう」
俺の名前すら呼ばねえのかよ……。
「そもそも、ワシはそこの黒いのとは何の関わりもないのじゃよ。決闘の対価にされる謂れがないわ。その上、そもそものう、そこの黒いのにも、貴様の申し出を受ける理由がなかろう?」
「ふん、そう言うと思ってたぜ」
ロゼとシアラにボロボロに言われたランパルトは、ちょっと顔を引きつらせつつも怯まない。ていうか、俺にも喋らせて……。
「だが、コースケ、お前は俺の決闘を受けざるを得ない。なぜなら、俺がルドルフ・オゲインの息子だからだ」
「……えっと、すみません。俺、世間知らずなんですけど、そのルドルフ・オゲインさんってのはどちら様でしょう?」
「俺の親父殿にして、レグランドの市長にして、西風の薔薇売りの出資者! おい、この意味が分かるか、そこの竜人のお嬢ちゃんよぉ?」
不意打ちだった。シアラが目を見開いて驚き、それから、ランパルトを睨みつける。
西風の薔薇売り。それは、シアラが所属する商人ギルドだ。出資者が商人ギルドに存在するということは知らなかったが、けれど、ギルドが前の世界における企業に似た存在であるならば、商人ギルドが株式会社に似た構造を持っているとしても不自然ではない。
「商人ギルドの活動において出資者は重要だからなぁ。俺の親父殿が何かの理由で機嫌を損ねて出資金を回収するとなれば、西風の薔薇売りは立ち行かなくなるだろうねぇ。そして、そんな事故の原因なった商人は、さてどういう扱いを受けるんだろうなぁ? あらゆる商人ギルドを出入り禁止されたり、するのかねぇ?」
ランパルトの言葉に、俺は思わず立ち上がる。
こいつは、何を言ってんだ? 俺の妹を、脅してんのか?
心臓のあたりがざわざわする。親父が荒れ始めた頃を思い出す。なにかを踏みにじられそうになっているという焦燥がわき上がる。
「どうしたよ、コースケ。別に俺は良いんだぜ。だいたい、竜人が商人やったって、碌なことにはならねえんだ。蛮族は蛮族らしく、奴隷でもやってりゃいいんだよ。わかるか? 俺が奴隷として使ってやるって話をしてんだ。むしろ感謝してほしいくらいだぜ」
何かが切れた。
今までずっと押さえ込んでいた何かが這い出してきたような。頭に血が上って、気づいたら掴み掛かっていた。ランパルトは、つまらない物を見る顔で俺を見下ろす。




