005
「コースケってアレよね、巻き込まれ体質よね」
「前の世界からずっとそうなんですよね。俺は何もしてないんですけど、こう、周囲で勝手にトラブルが巻き起こっていくというか。受動的な人間だと自己分析してるんですけど」
「受動的な人間だというのは、周囲のトラブルをあらかじめ防がないという意味でしょう」
フィーナさんの言う通りだった。
赤髪オールバックのおっさん、ザイン。そして茶髪少女のロゼ。目の前で大量に酒と食べ物を消費している二人を見て、まあ、なんというか、見てるだけでお腹いっぱいだ。俺も食べるけどさ。
ザインはともかく、ロゼはなんであんなに食えるんだ。腰細いんだぜ、あの子。
ザインの申し出に応じた俺とシアラは、食事ならドロシーたちも誘おうと一度宿に戻り、改めてドロシーとフィーナさんを連れて『若木の恵み停』を訪れていた。
「おお、コースケお前女の子ばっかと旅してんのかよ! いいなー、うらやましいな。おっさんも仲間に入って良い?」
「おいザイン、御主誰の前で何を言っとるんじゃ?」
「……いやあ、俺にはロゼがいるからなー。コースケの申し出は嬉しいんだが、同行してやることはできないんだよなー。残念だー」
「いえ、誰も頼んでないっす」
食いながら楽しそうに話すザインと、黙々と食べつつ時折ザインを諌めるロゼ。
シアラとロゼは相性が悪いらしく、ことあるごとに小さな衝突を繰り返している。
「フン、竜人はまともに食器も扱えんから不便じゃの。そんなじゃから野蛮な一族だと揶揄されるのじゃ」
「それはどうもスミマセンデシタ。野蛮な私なんかが、いちいち人が言われて嫌なことを言わなければ気が済まないネクラな人と食事を共にしてしまって。本当にモウシワケありませんね」
「よいよい、許してやろう。ワシは心が寛大なのじゃよ。ほれ、フォークを器用に使わなければなかなか食べ辛いこの鳥のソテーはどうじゃ。ワシが手すがら食わせてやらんでもないぞ」
「あ、食べたいです。あーん」
「あーん」
……前言撤回。喧嘩してるのか仲がいいのか分かんなかった。
「なんだコースケ、お前あんまり食ってねえじゃねえか。今のうちにちゃんと食っとけよ。何かあってからじゃ遅いんだからな」
「何かってなんですか?」
ザインの言葉に首を傾げる。すると、渋い面のおっさんは歯を見せて笑った。
「何かは何か、だろうが! 傭兵たる者、いついかなる時でも戦闘に備えよ、ってな」
傭兵。そう、このおっさんの職業は、傭兵なのだ。
「なあドロシー、傭兵と討伐者ってどう違うんだ?」
「そうねえ。ざっくりと言うなら、討伐者は自然を相手にする戦士で、傭兵は人を相手にする戦士、ってところかな」
ドロシーが丁寧な所作で食事を続けながら、俺の質問に答える。
「討伐者は冒険者が危険な生物に対処するためにより専門化した職業なのよ。だから、私が所属しているのは冒険者ギルドなの」
なるほど。言われてみれば、ドロシーが所属している悠久の風は冒険者ギルドだ。
「冒険者はそもそも自然全般を扱う仕事だから、冒険者が戦いに特化したら、当然危険な生物を相手取る仕事になるわよね。それに対して、賊を退治したり戦争で雇われたりする自由戦力が傭兵。金次第で誰にでも雇われる、ってのが基本だって聞いてるけど」
そう言いつつ、ドロシーはザインに視線を向けた。ザインがその視線を受けて、説明を引き継ぐ。
「まあ、嬢ちゃんの言う通りだな。俺たち傭兵が所属する傭兵ギルドは、大抵が街に根付くんだ。騎士が公的な暴力だとしたら、傭兵は私的な暴力。騎士が動き辛いような荒事は傭兵が担当することになるな。ここ数年は平和だが、もちろん戦争だってする。それにまあ、手が足りなけりゃ討伐者の手伝いだってやってるぜ」
「つまり、金で動く何でも屋ってことですか?」
「間違っちゃいねえな。もちろん、受けねえ依頼もある。その辺のさじ加減は自由だ。ついでに言えば、傭兵ギルドも傭兵が起こしたトラブルをカバーしちゃくれねえ。基本的にはなんでも自己責任なんで、傭兵の側も依頼を選ばないと長生きできねえってわけだ」
「その辺りは冒険者ギルドと違うのね」
ドロシーが関心したように頷く。
「ま、そうだな」
ザインが肩をすくめて、料理を大量に取り分ける。
「えっと、冒険者ギルドはいろんなところに支部があるとこが多いんだっけ? 悠久の風は特にその傾向が強いって言ってたよね?」
「そうね。私みたいに旅をする冒険者は珍しいけど、少なくはないから。そういった、冒険者でありながら旅人でもあるっていう人のために、悠久の風があるのよ。……そうでなくとも、冒険者ギルドが一つの街にだけあるというのは珍しいかな。大抵はその周囲一帯の自然を相手取るわけだから、街に固執しても仕方ない、っていう考えのところが多いみたい」
ふうん……そんなものか。
そうすると、冒険者ギルドってのはどこも比較的大手ってことになるのかな。地方の有名企業みたいな。で、街の商店街くらいの規模が、傭兵ギルド、ってところだろうか。
「なんだ、お嬢ちゃん、悠久の風だったのかよ。エリートだな」
「そりゃどうも。そういうザインさんはどこの……ああ、傭兵に所属を聞いても意味がないんだったかしら」
「まあな。傭兵ギルドは、傭兵であれば誰でも受け入れるし、街の移動も自由だ。流れの傭兵もある程度はいるし、人を相手にする以上、仕事がなくなることもままあるからな。新しい仕事を求めて街を移動するのも、街が気に入って居着くのも、傭兵の自由ってこった」
「じゃあ、あなたはこの街の傭兵ってこと? それとも、旅の途中かしら?」
さっさと食事を終えてぼんやりと話を聞いていたフィーナさんが、ザインにそう尋ねた。それは俺も気になっていたことだ。
「一応、旅の途中だな。大陸中央は一年前の内乱以降、仕事がねえからな。ハインアークまで行って、そこから南下しようかと思ってんだ」
ふむ、ザインたちはハインアークを目指してるのか。なんか不思議だな。俺たちが前に立ち去った場所を目指している人がいて、その人とこうして食事を共にするっていうのは。
旅っぽい。旅っぽくてとても良い。
フィーナさんもそう思ったのかはわからないが、少し楽しそうに微笑んだ。
「あら、奇遇ね。私はその街でずっと暮らしてたのだけれど、コースケに口説き落とされて仕方なくこうして同行しているのよ」
「おお、やるなあコースケ。ってことは、フィーナの嬢ちゃんがお前の本命なのか」
「実はそうなの。私、年上の方が好みなのだけれど、ほだされちゃって」
「ナチュラルに嘘ついてんじゃねーよ!」
嘘八百だった。なぜだか隣に座ってるドロシーの食事が乱暴になった。……シアラがロゼと遊んでて、こちらの話を聞いていなかったのは幸いかもしれない。
俺がフィーナさんの嘘を指摘すると、ザインが大仰に驚いてみせた。
「おいおいコースケ、フィーナの嬢ちゃんが本命じゃないってことは、ドロシーの嬢ちゃんの方が本命なのか? まあ見たところ歳も近いし、それも悪くねえかもなぁ」
ドロシーの動きが今度は止まった。火がついたように顔が赤くなる。俯いて、皿に差し出したままのフォークはわなわなと震えていた。
そういうリアクションになるのか。
「……二人とも、俺の大事な仲間ですよ。今のところはそれ以上でも以下でもないです」
「何だその返事。つまんねーな。男なら、どっちも本命だ! くらい言ってみろよ」
「そんな甲斐性ないんで……」
ドロシーとシアラの収入で旅を続けている俺としては、その辺り肩身の狭い部分があるのだ。ドロシーのことは、好きだと思う。一ヶ月もずっと身近にいるわけで、しかも可愛い女の子だ。思春期の男子としてはやっぱ気になる。もうだいたい本能みたいなものだ。
ただその気持ちが、自分を助けてくれるドロシーへの利己的な、ドロシーの気持ちに応えるという形の奉仕でないとは、俺には断言できなかった。
弱者の利己心でドロシーと一緒にいるのは、ドロシーに対してフェアじゃない。誰かにとって代わりのない人になりたいと言ったドロシーに、やっていいことじゃない。
そう思いつつ、ドロシーを見ると——彼女は、真顔だった。いや、真顔というより、戦士の顔。真剣な色を帯びた表情だ。何かに気づいたような。
「来たな」
ザインが呟くと同時に、『若木の恵み停』の食堂、その扉が勢い良く開かれた。




