004
「どこで時間をつぶしているのかと思えば、また面倒な輩に絡まれていますね。いくら兄さんが最近真面目に魔法の練習をしているとはいえ、まだ《風の揺り籠》程度しか使えないんですから、荒事はやめておいた方が良いと思うんですけど」
シアラが俺を追い越して、男達に対峙する。
時間稼ぎ。少しすればすぐにシアラが俺を捜してくるだろうことは、わかっていた。俺自身が全員を相手にできなくても、シアラが来るまで待っていれば十分というわけだ。
まあ、女の子を連れて逃げても良かったんだけど。俺、体力ないからな。
「……次から次へと、ぞろぞろ現れやがって。もう面倒くせえ、まとめて潰せ」
手前で膝をついている男が痺れから回復し、立ち上がる。拳を握ったり開いたりしているが、どうやら問題ないと判断したのか、すぐに握り込んで構えた。
三対一。竜の手足を持つとはいえ、小柄な女の子でしかないシアラと、大柄な男三人。どちらが強そうに見えるかと言われれば、一般的には男達の側なのだろう。もちろん、一般的には。
「——うふ、うふふふふふ」
シアラが笑う。
愉快そうに。
「兄さんは本当に困った人ですね、全くもう。私がいないとすぐ厄介事に巻き込まれてしまうんですから。でも大丈夫ですよ。こういうことだったら、私が全部まとめて引き受けて、兄さんの分まで暴力を振るえば良いんですから。えへへ——きっと全部ぶっつぶせば兄さんはまた頭を撫でてくれます——だから頑張れ、私」
随分と可愛らしくガッツポーズをして、シアラも構える。爪を開いて、だらりと力なくぶら下げたような構え。下半身を安定させ、上半身の体重移動を主軸に置いた、アテアグニ族独特の武術のものだった。
「やっちまえ!」
男達が向かってくる。波状攻撃。なるほど、彼らとて一朝一夕の関係ではないらしく、彼らの戦闘技術が複数人での連携を前提にしていることは見て取れた。それくらいには俺も荒事に慣れてきている。もちろん、それが分かることと対処できることの間には大きな隔たりがあるのだけれど。
けど、それだけだ。男達の連携は、一瞬で瓦解した。
殴り掛かった拳は半身を引いたシアラの巨大な爪が掴み、体重をかけて引っ張ると同時に腕を捻って肘関節を極め、そのまま半回転して尾で腰の部分を張り倒した。一人目。
「あはッ——! 《カンデラの経路》!」
ずわり、と。何かの気配が持ち上がる。その気配を足場にして、シアラが空中に踏み出す。二歩駆け上がり、短剣を振るった男の頭上を半回転しながら飛び越えると、そのまま爪で後頭部を掴む。無理矢理に、首を持って人間を引っこ抜くみたいに、シアラが男を投げる。男は体の前面から地面に叩き付けられた。多分、あれはもう起きれないだろう。二人目。
「クソッ、ガキがああああ!」
リーダー格の男が低く構えた長剣をシアラの胸目がけて突き出す。その刺突は確かに鍛えられたもので、十分な速度と威力を誇るように見える。威張るだけあって、相応の実力は持っているのかもしれない。
ただ、相手が悪かった。
「《爪先》!」
シアラが魔法を使う。瞬時に爪が光を帯び、そして一閃。鈍い嫌な音がして、剣が輪切りになった。
「ひっ——」
男は小さく悲鳴を上げるが、シアラはそれを無視して両肩に力を込める。肩から腕、そして掌から爪へと、ぎしぎしときしむ音さえ聞こえそうなほどに力が溜められる。
「バラバラになっちゃえ!」
やりすぎだ——! アレだと、殺してしまう!
焦るが、もう遅かった。シアラの弾んだ声。両腕を使った両脇からの攻撃は——男を殺しては、いなかった。
「は、ひゃい?」
肩で息をしている男が、何が起こったのか分からずに、力を失って尻餅をつく。
その男の背後。
シアラの両腕を受け止めた人物が、姿を現す。
「ふん、遅いのじゃよ、ザイン」
「悪い悪い。いやー、思ったより良い業物が見つかったんでな。この街にしちゃ掘り出し物ってやつだぜ」
俺の横にいる女の子と言葉を交わす。
赤い髪の中年の男だった。竜の膂力が込められたシアラの両爪を受け止め、ぎしぎしとそれに拮抗している。シアラが手を抜いているわけではないことは、両者の腕の震えを見れば明らかだった。
黒いコートのような服の上に、プロテクターのような要所を守る鎧を纏い、幅の広い大剣を背中に帯びている。髪はオールバックで、右目は眼帯で隠されていた。海賊か山賊のような厳つい顔だが、身なりに気を使っていない荒くれ者というわけでもない。
「ぐ、ぐううううう」
「おーおー、若い子は元気だねえ。お嬢ちゃん、おっさんみたいな中年は好みかい? できるなら仲良くしてくれると嬉しいんだけどねえ」
呻きながら力を込めるシアラを、涼しい顔で押さえ込む中年のおっさん——確か、ザインと呼ばれていたか。
「シアラ、もう良いよ。その人は関係ないから」
「……わかりました」
力を抜いて、シアラが数歩退く。足元には三人の男が倒れている。リーダー格のやつは……気絶していた。お前、一番情けなくねえ?
女の子がシアラと入れ替わりにおっさんに近づいて、こちらを振り返る。
「ぬし、巻き込んで悪かったの。まあ何もしとらんかったが」
牙を見せてカラカラと笑うのは、幼い少女だった。茶色い髪と金の瞳。背こそ高めだが、けれど顔立ちから判断するに恐らく十二歳かその辺りだろう。少女と呼ぶべきか童女と呼ぶべきか悩んでしまうが、それぞれの厳密な年齢の定義なんて知らなかったので少女ってことにした。
ザインと呼ばれていたおっさん同様に、仕立てのいい服を着ている。戦うことなど全く想定していないワンピースタイプの服で、手足は革製のアクセサリーに彩られていた。額に奇妙な刺青があるのが気になったが、どうやら魔法式などではないらしい。
「兄さん、それで、結局のところこの女は誰ですか?」
「この女とは随分な物言いじゃの、竜人。兄とやらに聞かずに、自分で少しは考えたらどうじゃ」
「——人に助けられておいて口ばかり達者ですね。今から八つ裂きにしてあげましょうか」
「ふん。お前ごときがいくらワシを切り刻んでも、意味などありはせんよ」
睨み合う女の子とシアラ。なんでか一触即発の空気になってた。なんでやねん。
「シアラ、もう良いから、落ち着いて」
「ロゼも、無用な挑発すんなって」
「むう……」
「うぬぬ……」
納得がいかない様子の女子二人だった。疲れた目のおっさんと目が合う。
「よお、すまんな。俺の連れが迷惑をかけたらしい」
「いえ、俺が自分で巻き込まれたんですよ。気にしないでください。えっと、俺はコースケで、こっちの子がシアラです」
「俺はザイン・ディアレティだ。傭兵だよ。こっちのちっこいのがロゼで、俺が養ってやってる」
「ワシがおらんかったら死んどったこともあろうに、ワシが役立たずであるかのような口ぶりは看過できんの」
俺とザインのやり取りに、女の子——ロゼが割り込んでくる。老成した言葉遣いだが、声と仕草は幼い少女のものだ。
ロゼとザインの間には気安さがあった。随分長い間、二人でいるのだろう。旅をしているのかこの街に定住しているのかは定かではないが、けれど相当に近しい関係に見えた。年端もゆかない少女と中年のおっさんという組み合わせはなかなか犯罪的だが、いろいろな種族のいるこの世界ではそういう認識で見られないのかもしれない。
「まあ、細かいことは気にすんなよ」
ザインはロゼの言葉に肩をすくめると、倒れている男達を一瞥してから、こちらに向かって言った。
「なあコースケ、と、シアラちゃんだったか? お前ら暇なら、ちょっと飯でも付き合えよ。礼もしたいしな」




