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手続きを終えて街に入る。確かに木工の街に相応しい光景だった。
木造の家……というより、木と建物が融合したような構造の家が立ち並ぶ。普通、街の中っていうのは直線が多くなりがちだけれど、ここではむしろ曲線が入り交じっていた。森の中とも、普通の街とも違う。独特の、良い意味で異世界特有に感じられる町並みだ。
街灯から手すりにいたるまで様々なものが様々な風合いの木で作られていて、細かな装飾も施されている。道を歩く人が多いわけではないが、事前に聞いていた街の規模からすれば普通だろう。曲線の入り交じったこの街にもメインストリートに該当する通りはあるようで、俺たちが立っているのはその端ということになりそうだった。
遠くにはひと際大きな木が見えていて、どうやらそれも建物になっているらしい。木材だけではなく、さまざまなところに葉や自然木が散りばめられていて、木漏れ日が建物に金色の模様を作っている。
「すげーな、これ。めっちゃ綺麗じゃん」
思わず唸る。こんな街、前の世界にあるんだろうか。少なくとも俺は知らない。
「ふっふっふ、すごいでしょ。ここは観光地としても有名な珍しい街なのよ」
なぜかドロシーが得意げに解説する。
「この街の建物に使われている木は星読の木っていうんだけど、加工した後でいくつか呪文的な処理をすると硬度が増すのよ。星読の木がもっている魔法器官が影響するとかって言ってたかな?」
「へえ、なるほどね。それはちょっと興味あるかも」
《呪文の王》の権能でいろいろな呪文に接してきたからかはわからないが、俺は自然と呪文に興味を持つようになっていた。以前は戦力というか、ヒントを得るために図書館に通ったりもしたけれど、今ではわりと好奇心のままにいろんな魔法具を調べている。
好奇心を持てるのは良いことだと思う。これも生まれてはじめての経験だった。
メインストリートから少し離れたところで宿を取る。大部屋はなかったので、シアラと俺、フィーナさんとドロシーでそれぞれ一部屋ずつ。部屋割りを最初に決めた時はいろいろと揉めた。ああ、揉めたとも。従って俺のリビドーは未だ解消されていない。もう逆に清々しい気持ちにすらなってきてる。
荷馬車は宿に預けている。荷物は全て部屋に移す……といっても、俺のは手荷物くらいだ。シアラが香辛料を入れてる大きめの鞄を積んでいるが、それは竜の腕力で軽々と持ち上げて運ぶので、まあ、俺に手伝えることはなかった。
「兄さん、今からこの街の商館に顔を出そうと思うんですが、いいですか?」
「ん、オッケー」
シアラの提案に頷いて、俺たちはすぐに宿を出た。
◇ ◆ ◇
商館は、いわゆる流通拠点だ。一つの商人ギルドが複数の商館を経営する場合もあれば、複数の商人ギルドが共同で商館ギルドを運営するケースもある。どちらの場合でも、商館の役割は二つだ。
一つ目は現地商人と行商人の取引の場として。もうひとつは商人への情報および融資の窓口として。
また、現地商人にも小売専門の人も入れば、卸しを専門にする人もいたりする。らしい。
「もっと勉強しとけば良かったんかねぇ」
実際、高校生程度の知識だったら役に立たないとは思うけどさ。こういうのって、実務経験がないと使い物にならないんじゃなかろうか。まあ、それでいうなら、やれば分かるんだろうけど。
シアラとおっさんの交渉を見守る。
「では青胡椒と黒胡椒をそれぞれ二グラーダ、合わせてカルノトーツ銀貨二十三枚で取引ということで」
「かしこまりました。いやはや、青胡椒は中々手に入らないもので。東よりも北の方が値が高くつきますからね。需要では負けてないと思うのですが、どうしても嗜好品となると価格は抑え気味になるんですよ」
交渉中のシアラは流石商人に育てられただけあって、唐突に風格が出る。普段の不安定さが嘘のように落ち着き払って、倍近い年齢のおっさん相手に対等に話をしている。凄いことだ。
「ええ、わたしもそのように伺っています。たまたま目的地がこちらだったのと、重量の問題で香辛料を選んだのですが、そうでなければ中々……というのが本音です」
「そうでしょうとも。いやはや、若いのに手慣れていらっしゃる。どちらに向かわれるのか、お伺いしても?」
「……東に。ひとまずはルディアを目指しています」
商館の一画、直接商品のやり取りをする場所まで移動しつつ、シアラとおっさんは雑談を続ける。俺ともう一人、おっさんの従者がその後ろを付いて歩いていた。
「ルディア……学園都市ですね。あの街は行商人の利益はあまりないと思いますが」
「いえ、個人的な目的のためですから」
改めて個室に入り、銀貨と商品のやり取りをする。こういう時にシアラの代わりに受け渡しをするのが、俺の仕事だった。単に、シアラの腕は威圧感があるし、まあ、銀貨を数え上げるのに向いてはいない。デカい爪だし。
シアラが小分け用の袋に入った胡椒を渡し、銀貨をシアラの代わりに受け取って数える。えっと……二十三枚か。確かにある。知らない女性の横顔をレリーフにした銀貨を数え終え、シアラの前に戻した。
「問題ないよ。確かにある」
「こちらも、問題ないようですね。良い取引をありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。またこの街に立ち寄ることがあれば、リグルさんを訪ねさせていただきます」
「お待ちしておりますよ」
挨拶を終えて、俺たちは部屋を出る。取引相手のおっさんは部屋に残るらしいので、シアラと二人だけだ。商館のホール、商談が行なわれている場所にたどり着いた辺りで、シアラが俺を振り返った。
「兄さん、仕事中は私にも敬語を使ってください」
ジト目で怒られた。
そういえばそういう話だったな……。もう四回目になるけど、イマイチ切り替えが足りてない。ほとんど喋らないから、どうも忘れちゃうんだよなぁ……。
「ごめんって、次は気をつけるよ」
「毎回同じことばっかり……。もういいです、私は商館に用がありますから、外で待っていてもかまいませんよ。取引はこれだけで十分だと思いますので」
「了解。じゃ、ちょっと表でも散策してくるよ」
独特の活気に満ちた商館を出て、シアラと別れる。とはいっても、どうせすぐに合流するんだけどな。シアラが商館で情報集めをしている間は、文字の読めない俺は暇だ。シアラが気を使ってくれるので、それに甘えているということになる。
レグランドの街中は穏やかで、昼寝でもしたくなる暖かさだった。今はこの辺り、温暖期なんだっけか。
前の世界で家出したのが七月だったから、今は八月くらいか? ……いや、そもそもこっちの世界って、暦はどうなってんだろ。まさか前の世界と同じってことはないだろうし。
そんな益体もないことを考えながら道を歩いていると、怒鳴り声が聞こえた。
「なんて事をしてくれたんだッ! この糞ガキがッ!」
んー、こう、あんまり関わり合いになりたくない声が聞こえてきた気がする。
周囲に人は……いないことはないが、少ない。そして声は、すぐそこの建物の間、影になっている場所から聞こえてきたみたいだった。
まあ危なそうだったら逃げようと思って通路を覗き込むと、女の子と、ガラの悪い男が三人。女の子は尻餅をついて男を見上げていて、男の服には、まあ何かの食べ物だろう汚れがべっとりとついていた。
テ、テンプレすぎる。




