001 目覚め続ける時計
家出したら異世界だった俺は、現在三人の女の子……一人女の子って歳じゃないのがいるけど、まあ、概ね女の子と旅をしている。
「何か言ったかしら?」
「いえ何も言ってませんよフィーナ様」
「そ。乙女に年齢の話はタブーよ。邪推するのもタブー。そんなことしたら縊り殺してあげるわ」
オレンジと白の花飾りが目立つ女性、フィーナさんはそう言って微笑んだが、目は笑っていなかった。
ハインアークを出てから三週間。俺たちは途中にある村や小さい街で行商をしながら、少しずつ旅を続けていた。ドロシー曰く、目的地に到着するまでに想定より倍の時間がかかってしまうらしいが、元々急ぐ旅でもない。のんびりと進んでいる。
次に到着するのはレグランドという小さな街だ。領主がいて、森林の近くで、丘の上にあるらしい。丘はより高い山の一部でもあるらしく、街には山から流れる川が入り込んでいると聞いている。木工が盛んで、それは木材加工と建築といった大きな規模のものから、手作りの装飾品や小道具まで幅広いとか。
旅の資金は十分あるし、シアラの行商も黒字になっている。暖かなので香辛料はあまり売れないんじゃないかと思ったのだけれど、必需品ではなく嗜好品として比較的裕福な層が購入するらしく、年間を通じて一定の需要があるのだとか。
「南の大陸で手に入る珍しい香辛料を比較的良い条件で取引できましたから、恐らくここからルディアまでなら、お金のある人には売れると思いますよ」
とシアラは言っていた。
丘陵と半分混じったような平原を抜ける。上り坂になっている街道を荷馬車で進んでいく。
途中の村でフィーナさんが歩き疲れたらしく、村であまり使われていなかったという荷馬車を舌先三寸口八丁で言いくるめて譲り受け(なんとタダだ!)、今はそれを使って旅をしていた。
現代人だった俺は馬車には全然詳しくないんだけど、荷馬車っていうのは幌、つまり屋根に該当する布の覆いのない馬車で、リアカーを馬が引いているようなやつだ。御者台には二人くらいしか座れない。そして座っているのは俺とフィーナさんだ。
フィーナ・ルルイエ。金と緑の混じった髪が印象的な、白とオレンジの大きな花を飾りのように身につけている女性。ただしこの花は飾りではなく生花である。頭部に根付いてるんだとか。植物に体を提供することで共生する種族である彼女は、その種族固有の植物の魔法を操ることが出来る。
目つきがエロい。それから、嘘つきである。脈絡もなく嘘をつく。この三週間、旅路を共にした感じだと、どうやら感情は偽らないらしい。そのせいか変に子供っぽいところがある。子供っぽく感じられるところ、というか。
紫の瞳が俺を見返す。
「何? じーっと見て。私は確かに美しいけど、露骨に観察されるのはあまり気分が良くないわ」
「はいはい、フィーナさんは今日もお美しいですね」
御者台に座っているのは俺とフィーナさんだが、手綱を握っているのは俺だった。何故かやらされている。ここぞという時以外全く役立たずなんだから出来ることを増やしなさいと言われてやってみたのだが、フィーナさんもこの旅に何も貢献してなくね? とか最近は思う。いや、荷馬車を手に入れたのはフィーナさんの能力のお陰だけど。もうちょっと日常的な話だ。
最初はうまくできなかったが、今では馬をきちんと操れるようになって、ドロシーが荷馬車に乗ったままナイフの手入れが出来るくらいの安定を保てるようになっていた。結果オーライかもしれない。
「兄さん、私は? 私はどうですか?」
横から、つまりフィーナさんの反対側から絡んできたのは、シアラだった。
シアラ・アクティス。行商人で、俺の妹で、竜の手足と尻尾を持つ女の子。鎖骨がエロい。民族衣装のような厚手のスカートは相変わらずだったが、肩の露出は増している。暖かくなって薄着になっているらしいが、薄着というかもう普通に生肌だった。触りたい。
竜の特徴を持つ彼女と元地球人(?)の俺が兄妹なのは複雑な経緯によるもので、今更話すことでもないので割愛するけれども。むしろ問題は兄妹になってからだったが、それはまあいいや。
「はいはい、シアラも可愛いよ」
「えへへ」
そう言って頭を撫でてやると、つり目がちな金目を細めて、嬉しそうに笑った。
ちなみにこの子、運動になるからと言って荷馬車の隣を歩くのが習慣だった。荷馬車はそんなに早くないというか、人が歩く速度と同じくらいだから、大変ってほどじゃないんだろうけど。
ちらりと、荷馬車の荷台を見る。
ドロシー・ドロセリア。灰色の髪の、たれ目の女の子。可愛い顔でクールな性格をしている、このメンバーの稼ぎ頭だった。大型の生物を専門にした討伐者で、岩と炎と防御の魔法を操る短剣使い。万能型の戦士だ。途中にあった街で旅装束を着替えていて、今はロングブーツと薄手の赤いマフラーが特徴的な格好をしている。
俺の視線に気付いたのか、ナイフを手入れしていた手を止めた。
「なに?」
「いや、えーと、ドロシーも可愛いよ」
「はあ? 死ねば?」
辛辣だった。ゴミでも見るような目で睨まれた。
「そんな流れ弾みたいな褒め言葉で喜ぶ女の子がいるでもと思ってる? 馬鹿なの?」
「いや、でも流れ的に言った方がいいかなって」
「ふーん、そう。そんなお世辞はいいから、いいからちゃんと手綱握ってなさいよ」
言い訳さえ切って捨てられた。まじで辛辣だ。いや、俺が悪いんだけどさ。
ハインアークを出てから、ドロシーはもともと遠慮なかったのがさらに遠慮なくなってる気がする。いいように使われているというか、気安くなったというか。別に嫌なことを言われるわけでもないし、単に親しくなった、距離が近くなったってことだと思う。……思いたい。
ドロシーがさっさとナイフの手入れを再開したので、俺も視線を前に向ける。
「あららー、振られちゃって。オネーサンが慰めてあげましょうか?」
「いえ結構です。自分から毒を飲む趣味はないんで」
「それって私が魔性って意味で言っているのかしら?」
「魔性って別に褒め言葉じゃないですよね」
「男を籠絡させる魅力的な女性のことを”魔性”って呼ぶのよ。そういうことは知らないのね」
国語の成績は悪かったんだよ。
天気は良く、青空と雲のコントラストが広がっている。平原は緑に恵まれていて、遠くに見える山岳地帯まで続いていた。
広い世界だ。ため息をつく。前の世界でこんな光景を見たことはなかった。まともな旅行の経験もない。修学旅行くらいじゃないだろうか。今思えば、あれも一応お金がかかっていたはずで、よく行けたもんだなと思う。母親が世間体を気にする人だったからだろうか。
スマートフォン、ぶっ壊れたしなぁ……。壊れたというか、壊したというか。バッテリーもたなかったろうけど、でも、やっぱ前の世界の写真が見れないのは、悲しい気がする。
それに、三人に前の世界の景色を見せてやりたかった。そう思う。思ってしまう。
感傷なんだけどさ。
やがて丘を登りきり、街の外壁を見ることができた。石と木でできている、そこまで高くはないものだった。この辺りには危険な生物も少ないので、あの程度で大丈夫なのだろう。街の入り口には二人の門番が立っている。
ドロシーとシアラが身分証を見せて、俺とフィーナさんのことを説明した。今のところ俺たちは二人の従者、みたいな扱いだ。
従者、要するに身内ってことなんだけど、厳密な立場があるわけではなくて、この街での身元保証はドロシーやシアラが行なう。ドロシーやシアラの身元保証は、ギルドから発行されている身分証で行なう。つまり、俺たちは間接的にドロシーやシアラの所属するギルドに身元を保証されているわけだ。
ギルドによっては当然従者の数の制限や事前登録が必要な規則になっているところもある。とりあえず俺はシアラの所属するギルド西風の薔薇売りで、フィーナさんはドロシーのギルド悠久の風でそれぞれ従者登録している。




