表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家出したら異世界だった  作者: shino
ハインアークの司書
52/78

029

「そこで見ていてくれますね、フィーナさん」


「もちろんよ。私を知識の呪いから解放してくれるのなら、黙って見ているくらいわけないわ。破壊できない、動き続けるそれを、あなたがどうにか(・・・・)してくれるなら、私はやっと自由になれる。それはとても嬉しいことよ」


「安心しました、と言っておきます」


 微笑むフィーナさんから視線を外し、造器を見る。


 壊せない。止められない。なるほど、そのように作られていた。この広いメギルマ洞からすべての生物を排除でもしなければ、動き続けるだろう。けれど、魔法的要素はほとんどない。ほぼ呪文だけで魔造生物を生み出している。恐ろしい技術だと思う。こんなものがこの世界の至る所にあるのだとしたら、世界丸ごと地雷原みたいなもんだ。


 知識を守り、隠す。そもそも止められないこれを、安易に人に触れさせるべきでない理由が、あったのだろう。それが水を舐める猫(リロリティ・リンク)の、おそらくは本質。


 《呪文の王》。


 この数日で慣れ親しんだ権能を、意識的に使う。造器を理解し、理解し、理解する。魂の収集、その経路、魔造生物の設計図、そしてそれらの行動原理や生態、習性。そういったあらゆるものが、造器に内包されていた。


 呪文式の規模に対して随分と小さい。集積回路でも覗き込んだとしたら、こんな気分になるのだろうか。コンピュータって苦手なんだよな。触る機会があんまりないから。


 扉と同じように理解し、そして書き換える(・・・・・)


 造器に含まれる魔造生物の設計図。そしてその行動原理。人を襲う魔造生物の、その部分を書き換えていく。新しいオリジナルに。呪文を使って呪文を書き換える。詠唱によって書き換える場所を指定し、書き換える内容を読み上げる。呪文式によって圧縮された箇所は、指の動きで補助していく。


 その時、だった。違和感が体を這った。


 ぞわぞわぞわ(・・・・・・)と。


 植物が祭壇を覆っていた。俺の体も。足が固定され、体が固定され、植物が首に巻き付く。視界の端で、祭壇の外にいる魔造生物も、シアラさえも植物に拘束されているのが見えた。シアラは必死でそれらを引きちぎっていたが、すぐに絡めとられる。


 フィーナさんだ。


「あなたが失敗したら、その時は私ごとこの祭壇を封印するわ」


 耳元で声がする。囁き声。楽しそうにも聞こえる声。


「私たちの種族はね、自分の肉体のすべてを植物にささげることで、樹木による封印を施せるのよ……。もし造器が暴走したとしても、これは祭壇の周囲にしか魔造生物を生み出せないから。そこまで全部、木と草で覆っちゃえば、そうやって封印すれば、失敗しても大丈夫」


 それはーーつまり、失敗したら俺とシアラを巻き添えに、この場所で死ぬって意味か。


 随分と行き過ぎた使命感だ。


「さあ、貧相な研究家さん。あなたはどうやって魔造生物を、この造器から生まれた無数の子等を、すべて滅ぼすのかしら」


 簡単な方法だ。


 俺は答えずに、呪文を唱え続ける。頭に針が刺されたような違和感は相変わらずで、視界もかすんできた。それでも、《呪文の王》は造器の状態を見せてくれる。書き換えが進む。二十四種類の魔造生物の設計図。それらの中から漏らさずに、該当する箇所を書き換えていく。


 人間を襲う魔造生物。その予想は当たっていた。この魔造生物は、人をーー魔法を用いる事ができる存在を殺すように設計されている。その思考パターンを、行動原理を、差し替える。


 共食い(・・・)


 同族をーーこの造器から生まれた他の魔造成物だけを食らうように、行動原理を差し替える。


 無限に生まれて、どこだかに散らばった生き物を狩るなら、その地域に天敵をばらまけば良い。そして、天敵がいないなら、作ってしまえば良い。幸いなことに、材料は集めてくれる。


「おわっ、たーー」


 すべての書き換えが終わり、ため息をつく。ちょうど造器が光って、祭壇の外側、まだ植物に覆われていない場所に、二本爪の魔造生物が現れた。


 そいつは素早く、隣にいた八本足を切り裂く。


 シアラがばらまいた血液の上に、八本足の血が飛び散る。新しい二本爪の魔造生物は、次々に元からいた魔造生物を刈り取る。シアラを無視して、魔造生物だけを勝っていく。


 うまくいった。


「……なるほど、どうやったのかは知らないけれど、確かにすべての魔造生物が滅ぼせるわね」


 フィーナさんがため息をついた。植物の結界が解かれ、シアラが解放される。祭壇周囲に、古いタイプの魔造生物はもういないようだった。次々にあらたな魔造生物が祭壇から出て行く。やがて洞窟中に広がって、古いタイプは駆逐されるだろう。


 植物に支えられていた俺は、力なく倒れる。頭を使った。死ぬ。こんなに集中したのは人生で初めてだ。


「数日もすれば、十分じゃないですかね。その後で、また、これを止めに、くれ、ばーー」


 最後にそれだけを言って、俺は意識を手放した。


 うまくいってよかった。


 やらなくていい事にまで手を出して殺されたりしたら、骨折り損も良いとこだからな。


 


 ◇ ◆ ◇


 


 一週間後。後日談というか、俺とフィーナさんの結末。


 予定より三日ほど長くハインアークに滞在した俺たちは、苦痛好む真理アグリローア・ココロゥから倍の報酬を受け取った。ユーリさんから、ユルズたちが死んだことと、停止させたとはいえ造器を発見してくれたことを鑑みての報酬らしい。ネディアさんとアリシアさんを守れなかったこと、地上組や他のグループの被害などもあったはずだが、その辺りの話は聞かなかった。


 聞いても意味はない。


「もう会えないのは寂しいです……。きっとまた遊びにきてくださいね、コースケさん」


 ユーリさんにそう言われたのは、悪い気がしなかった。ユーリさん可愛いからな。猫耳だし。


「あー、それにしても、結果オーライね。死ぬほど疲れたけど、報酬が倍なら文句ないわ」


「ええ、そうですね。香辛料も沢山仕入れられましたし、これだけあるなら道中で売れなくても、コーカニアまで行けば無事に売れるでしょうから」


「おー、良かったなー」


「何よコースケ、その元気なさそうな反応」


「いやー、あの造器止めるのしんどかったわ。書き換えるよりしんどかった。なんであんなに非常電源みたいなの多いんだよ、馬鹿じゃないのマジ」


「んー? まあ、良いじゃない。止めれたんだし」


 ドロシーが気軽に言う。本当に疲れたんだからな。


 大きな荷物を背負ったシアラと、そこまで荷物の多くないドロシー。砂漠までと違い、俺も自分の荷物は自分で持っていた。思ったより重くてしんどいけれど、今までドロシーに持ってもらっていた身としては何も言う事ができないわけであった。


 ハインアークの関所を出て、東に進む。多少は整備された街道が続き、丘を越えた先は白い小さな花が咲き乱れていた。


 いい眺めだな、と思った。自然とため息がでる。ドロシーとシアラも、足を止めてその光景に見入っていた。そして、すぐに気づく。


「あ、コースケ。あれーー」


 ドロシーが指差す。


 オレンジの花。


 白い花畑の中頃、街道のすぐ側にある岩の上に、座って、花畑を眺めている人がいた。


 緑と金の混じった髪色。髪飾りにも見えるオレンジと白の花。ここ数日ずっと会っていた、遺跡の守り人。


 俺たちが彼女のところまでたどり着くと、彼女は振り返って笑った。


「私、自由になったんだけど、行く場所がないのよね」


 水を舐める猫(リロリティ・リンク)がやったことは、公には秘匿されている。だから彼女が罪に問われる事はないが、罪に問われないからといって、街に居続けることはできないのかもしれなかった。


 いろいろな事をないまぜにした笑顔で、フィーナさんが言う。それは、旅に憧れていると話してくれた時の笑顔に似ていた。


「だから、あなた達についていっても良いかしら?」


「もちろんです、フィーナさん!」


 俺ではなく、シアラが即答した。思わずドロシーと顔を見合わせて、肩をすくめる。


 こうして俺たちは四人旅になった。

長かった。フィーナさんエピソードのはずがドロシーとシアラが目立っててなんかフィーナさん空気だった。

あと友人に「猫耳はヒロイン化せんの?なんで?」って言われました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ