027
鬼のように神経を使う作業を終えて、俺はシアラとフィーナさんを連れて再び遺跡に戻っていた。
「こんなものまで自作できるなんて、あなたって本当に変なの」
フィーナさんが手元のスクロールを弄ぶ。灰色の蝋で封をした、呪文を書き込んだスクロール。戦わず、かつ魔法を扱えるフィーナさんに持ってもらっている。
「即興ですから、いろいろ不便ですけど。もっと高機能にするなら、肉筆じゃ無理ですね」
ケルディムさんたち苦痛好む真理に提供してもらったペンと紙で書いた呪文。ただそのままだと効果を維持できないので、魔法を扱える人が意識して効果を維持する必要がある。
呪文の効果は対になるスクロールの破損の感知。相方のスクロールが破れたり燃えたりすると、もう一方も燃え落ちる。連命石と呼ばれる道具の話を聞いて、《呪文の王》の権能で探り探り作った簡易的なものだ。
「兄さん、片付きました」
足下にある通路にシアラが現れる。遺跡に入る通路の前で、俺とフィーナさんはシアラを待っていた。先行して一通り魔造生物を撃破し、戻ってくるのがシアラの役割だ。それを終えた、ということだろう。一仕事終えた顔をーーなんというか、褒めてほしそうな顔をしている。
物欲しそうな。いや、ちがうちがう。
シアラが一足飛びに通路から上がってきた。流石は竜の脚力。
「とりあえず近場だけ。話に聞いたより斑食虫も少なかったです」
「そうか。ありがとうシアラ、お疲れ」
とりあえず頭を撫でてやる。嬉しそうに目を細める。
ドロシーでなくシアラを連れてきたのは、シアラがわがままを言ったから……という理由もあるが、戦闘における特性の問題が主なものだ。ドロシーの魔法は遺跡を破壊するリスクがある。その点、シアラの戦い方は遺跡に傷をつける心配が少ない、らしい。実際に見ていないが、本人達が言っているので間違いないだろう。
「もっと褒めていいですよ」
「はいはい、そういうのは後でねー」
フィーナさんがげんなりした声で言う。言う通りだった。なので俺はシアラから手を離す。シアラが残念そうに唇を尖らせた。こいつ案外あざといよな。
三人で通路に降りて、遺跡を進んでいく。もちろん目的地はある。闇雲に進んでいたら時間がいくらあっても足りない。
「《我が目、無明の異界、踊る明滅の道をたどる蛍火、交差の巫女よ心意に従い扉でない扉、窓でない窓を開き、世界との接点は切り繋がれ、また解け結われる》」
《命視の呪文》。文字通り、魂を見る呪文。これも《闇除けの呪文》のバリエーションだ。真っ暗な視界に、青白い鬼火のような光が映る。遠くのもの、近くのもの。ゆらゆらと揺れていて、おぼろげに洞窟と遺跡の形さえ分かる。壁も無視して見る事ができるが、本来の視界はすべて失われていた。
「どうですか、兄さん。目的地は見えましたか?」
「ああ、大丈夫。集まってる場所は見つけた。あそこに向かえば良いはずだ」
ひときわ光が集まっている場所がある。そこに向かって、ジグザグとした魂の帯が伸びている。あれが洞窟内部で肉体から離れた魂を回収している魔法陣かなにかなのだろうか。詳細は直接視界に入れなければ分からないが……けれど、魂を集めている場所なら、ただの生き物の群というわけでもなさそうだ。
遺跡のどこかに造器があり、そして造器は洞窟から魂を集めている。なら、集まっていく魂そのものを直接見れば、どこに造器があるのか分かるはずーーその発想は、見事的中した。うまくいってよかった。
「じゃ、行きましょう。……それにしても、反則よね。《命視の呪文》を諳んじられるなんて。今は亡きネディアが聞いたら卒倒するわ。苦痛好む真理に入ったら? 高給取りになれるわよ」
「いえ、遠慮します。まだドロシーたちと旅をしていたいですから」
《命視の呪文》を《闇除けの呪文》に切り替えて、先導して歩く。シアラが掃除をしたエリアを超えた先まで進んだけれど、魔造生物も斑食虫も少なくなっていた。
「ふう、じゃあいきます。《爪先》!」
シアラの両腕の爪、それが白い光を帯びて、闇の中に軌跡を走らせる。岩の床を踏み抜くほどの膂力が込められた、高速の突撃。向かう相手は八本足の魔造生物が二体。……あいつらって、そういえばあんまり積極的に攻撃はしてこない気がする。動きも遅いしな。
防衛のためにいる、とかだろうか。
一匹目をシアラの両の爪が切り裂く。ドロシーの《岩の斧》でなければ一撃で貫けなかった堅い魔造生物が、ただ爪の一振りで体の三分の一ほどを吹き飛ばされていた。肉が引きちぎられる鈍い音と、堅い体が割れたような乾いた音が同時に聞こえる。赤い血が飛び散って、通路にばらまかれた。
二匹目がすぐさまシアラに噛み付く。八本ある足を器用につかって顎を突き出し、シアラの右半身に丸ごと噛み付こうとする。アリシアさんはこれを首に受けて死んだのだと思い至った。
「あはっーー! 《憑依》!」
シアラは右腕を魔造生物の顎にーーあろうことか差し出し、そしてそのまま、口部を破壊した。腕を突っ込んで、思い切り体重をかける。それだけで歯の並んでいた口、その下半分が千切れ飛ぶ。顎にある二本の牙は、空を切った。
身を屈めて八本足の目の前まで体を潜り込ませ、そしてーーなんというか、巨大な爪を使ったアッパーを放った。アッパーと言って良いのだろうか。堅いはずのそいつは、腹部をシアラに貫かれて動かなくなる。
爪を引き抜いて血を払うシアラ。そしてくるりと俺を振り返り、ぱあっと、笑った。まるで花畑が幻視できるような笑顔だ。ただし見えるのは彼岸花。
「兄さん! どうですか、私の戦い!」
「お、おう。すごいと思うよ」
直線的というか直情的というか激情的というか。防御のことなんて考えてない、ただ相手を蹂躙するための戦闘。ドロシーの洗練された技巧とは全く異なる、白兵特化の肉弾兵器って印象を受けた。
病目の大蛇は倒せないって言ってたけど、大型でない生き物ならなんでも滅ぼせるんじゃないのか、この子。一瞬だったぞ。
あと、守るのは下手そうだ。今だって、俺とフィーナさんのいた場所からかなり先行してたし。背後から別のが来たらどうするんだよ。
ただし、シアラに対処できないやつが現れない限り、問題無さそうだった。《命視の呪文》と《闇除けの呪文》を切り替えながら、目的地を目指して進んでいく。
途中、アリシアさんの死体のある通路を通った。フィーナさんが悲しそうに目を伏せて、アリシアさんの首のない体に、どこから取り出したのか、一輪の花を手向けていた。白い花だ。何か謂れがあるのかもしれないが、今尋ねるのは憚られた。
広い通路に出る。流石にここには斑食虫がまだ結構な数残っていた。シアラが威嚇しながら、襲いかかってきたものだけ撃破していく。ネディアさんたちの死体を調べて魔法具を回収することも考えていたが、断念せざるを得ないようだった。
広い通路に接続されている細い通路から一つを選んで進む。そこから先でも魔造生物はいたが、灰色のトカゲのようなやつや、ユルズが昨日倒していた四本足の蜘蛛のようなものも多くなってくる。……シアラが暴れたので、問題は何も起こらなかったのだけれど。
「素晴らしいわね。ネディアがいたら、泣いて喜んだでしょうに」
ランタンで照らしたその大きな扉。見上げる程の大きさの扉に描かれているのは、蛇と蜘蛛を象ったように見える紋章だった。周囲にころがっているのは、八本足の魔造生物の死体だ。シアラが片付けたものだが、数が多い。
「この先、ですね。恐らく造器があります」
遺跡の様々な場所から集められた魂が、この先で集まって、再び生まれている。やがてそれは門の隣、天井付近に空けられた大きな横穴から這い出してくる。
八本足の魔造生物が二体。横穴から飛び降りてくるーーが、一体は飛び上がったシアラに吹き飛ばされ、もう一体を巻き添えにして壁に激突した。あとは雑な蹂躙劇だった。
なんで地上で死者出したんだろ、この子。二本爪の魔造生物がヤバかったんだろうか。
フィーナさんがため息をつく。
「とりあえず周りはシアラに任せてれば良いみたいだけれど、どうする? この扉、開けるの?」
「あ、はい。ちょっと待ってください。これ多分、水を舐める猫の稀覯書塔と似た扉です」
「アレと似た扉って、ほぼ開くのは無理じゃない」
「まあまあ、ちょっと待ってくださいって。多分できますから」
怪訝そうなフィーナさんを余所に、俺は《呪文の王》の権能を発動する。
シアラさん大暴れ回(?)




