026
「兄さん! よかった、どこも怪我してないんですね」
シアラが抱きついて、また離れて、全身べたべたと触ってくる。竜の手で触られると地味に痛い。一通り触って落ち着いて、シアラはほっと胸を撫で下ろした。
「ドロシーさんも怪我は……いえ、ドロシーさんはなさそうですね。それどころか疲れてもいなさそうです」
ドロシーにも駆け寄って手を取っていた。改めて言われてみれば、俺が全身くたくたなのに対して、ドロシーは澄まし顔で疲れた様子さえない。これが基礎体力の差なのか……。
「ユーリ、無事で良かったわ」
「うぅ……ぐすっ……フィーナさん……」
フィーナさんとユーリさんが抱き合って、背の低いユーリさんが頭を撫でられていた。
フィーナさんはアリシアさんの事に触れなかった。ユーリさんを慮ったのか、あるいは自分自身、そのことに触れたくなかったのか。
「とりあえず、合流できたわね」
ドロシーが言う。
シアラ、フィーナさん、そして地上に残っていた二人の男性と一人の女性。俺たちも合わせると、合計で八人。リーダーシップを取っていたのはフィーナさんのようだった。
「基本的に、斑食虫が発生してから散らばっていくまで、一週間くらいってところだけど……私たちは街に帰れるようになれば良いから、明日の夜明けを待って洞窟を出れば安全だと思うわ」
フィーナさん曰く、夜に行動するのはリスクが大きすぎるので、多少滞在時間が伸びても洞窟の中に留まった方が安全だろうとのことだった。斑食虫が洞窟から外に出るほど、相対的に洞窟の内部は安全になってくる。
ただしこれは、斑食虫についての話。
「もちろん、魔造生物の方は別問題だけどね」
フィーナさんが言葉を続ける。
「八本足の魔造生物、二本爪の魔造生物、巨大な蛇の魔造生物。どっちも新種よ。洞窟の外にも出てきてる。八本足のは動きが鈍いから狭い場所でやり過ごすのは簡単だけど、広い場所で戦う相手としては最悪ね。堅すぎるから、道を塞がれると厄介」
「あの八本足、私の爪と同じくらい堅いです。できれば武器じゃなくて、魔法で攻撃した方が良いと思います」
シアラが両腕の爪を見せる。ぼろぼろになって、腕の甲殻まで所々欠けていた。
「その腕は治るのか」
「ええ、まあ。脱皮すれば元通りになりますよ。脱皮の季節まではこのままですけれど」
脱皮……。そうか、シアラは脱皮するのか……。脱皮する時は全裸だったり、脱皮したあとはいろいろ敏感だったりするんだろうか。
「で、二本爪ね。あいつは話を聞く限りだと、洞窟の外にしか現れてない。動きが速くて、二本の長い爪を持ってる。こっちが動きにくかったのは八本足のせいだけど、死者の大半は二本爪によるものよ。遺跡組がどうして二本爪に遭遇していないのかはわからないけれど……」
二本爪の魔造生物。俺とドロシーとユーリさんはその姿を見ていない。遺跡の内部で遭遇したのは主に八本足の蜘蛛みたいなやつで、長い爪を持ったやつなんていなかった。
「逆に私たち地上組に分からないのが、蛇ね。ただこっちは今の所一匹しか目撃されてないし、他にもいるのかは不明だけど……。魔造生物である以上、生産は可能だと思っていた方が良いでしょうね」
魔造生物は条件さえ揃えばいくらでも生産可能なのか。だとすると、あの蛇が再び生まれてくる可能性がある……のか?
造器。魔造生物を作る魔法具。
「……材料はどうなるんですか? 具体的には、魂の材料」
人体錬成……じゃないけど、生物を生み出すために魔法具を使っているならば、それは原則的に呪文であるはずだ。呪文でゼロからものを生み出すことはできない。既にあるものの力を強めたり、増やしたりなら可能だけれど、それにも限度がある。
生物を生み出すには魂が必要だ。《呪文の王》でそのことは分かっていた。ならば、造器であっても魂をどこかから調達しなければ、生物を作ることはできないんじゃないのか? ……俺の知らない別の方法があるのかもしれないけれど。
さまざまなものから肉体と精神を作ることはできる。ただ、魂の製造は呪文だけでは困難だ。
苦痛好む真理のメンバーの一人、若い男性が言う。
「それにはいくつか方法があるよ」
灰色の髪の、柔和な顔立ちの人物だ。名前は確か……ケルディムだったか。
「いくつかと言っても、大きくは二つだね。一つは永続魔法……祝福や呪いと呼ばれるものを組み込む方法。そしてもう一つは、魂を集める手段を組み込む方法だ。前者は魔法的なアプローチ、後者は呪文的なアプローチだね」
永続魔法……そうか、そんなのもあるのか。
「それぞれ利点も欠点もあるけど、今回の遺跡にある造器は魂を集める機構を組み込んでいるタイプだろうと私たちは予想している。理由は、魔造生物の生産ペースが一定じゃないからだ」
「生産ペース、ですか?」
「ああ、そうだ。この洞窟内部に分布する魔造生物の個体数は、斑食虫を初めとしたこの洞窟全体の生物数と関連性が認められている。具体的には、洞窟内部で多くの生物が死ぬほど、魔造生物が増えるんだ」
「ま、要するに洞窟内部の生物の死骸から、魂を回収してるってことね」
フィーナさんがケルディムさんの後に続く。
なるほど、つまりこの洞窟の至る所に、魂を回収するための魔法陣のようなものが存在するのだろう。そして、それが周辺で死んだ生物の魂を即座に回収し、そして魔造生物の生産に回す。
だとしたらあの遺跡は、生物が比較的豊富なこの洞窟に、狙って建てられたのだろうか。
「それで、魔造生物の材料がどうしたのよ。何か気になるんでしょう、研究家さん」
「え、ああ。えっと、もし遺跡にある造器が呪文的な方法で魂を収集しているのなら、つまりその魂の収集地点と造器とは繋がっているわけですよね。だから、魔法陣を辿れば造器の場所って簡単に分かったりしないかな、って」
「そ、そんなことができるのかい!?」
大声を出したのはケルディムさんだ。びっくりした。
「いえ、やってみないとできるかどうかは分かりませんが……」
「一体どうやって? フィーナさんに研究家とか呼ばれているが、君は何者ーー」
「ストップ」
ドロシーがケルディムさんの言葉を遮って、俺と彼の間に立った。
「それ、今すべき話? それに、私たちみたいな冒険者が、自分の手札を簡単に話すと思うの?」
「い、いや、そうだったな。すまない」
「コースケも、今はここから出ることを考えてよ」
「あ、いや、違うんだよドロシー」
柔和な目にじっとりと睨まれる。怖い。
「何が違うのよ」
「あのさ、もしそうじゃないのを誰か目撃してたら教えてほしいんだけど。魔造生物って、人間は襲うけど斑食虫は襲わないよな」
……沈黙。フィーナさん以外の全員が、一瞬考え込み、そして息を呑む。
「確かに、斑食虫が襲われたのは見ていないわね。補食が目的なら、人間だけを襲うのは不自然かも」
ドロシーが頷く。
「逆のケースは何度も見ています。魔造生物が斑食虫に補食されているのは。だとすると、魔造生物は人間を襲うために作られたということ、でしょうか?」
「その可能性が高いでしょうね。……ですが、その、すみません。だからなんなのでしょう?」
ユーリさんとケルディムさんが、いや、シアラ以外の全員が俺に、続きを促すような視線を向ける。シアラからはなんか熱い視線を感じる。俺が目立ってる状況に興奮しているのかもしれない。
この子、ちょっと依存的だからな。仕方ないと言えば、仕方ないんだけど。
「結論から言えばーー」
俺は言葉を続ける。
「ーーこの洞窟周辺の魔造生物を、一掃できるかもしれません」
投稿時間まちがえたよ!!!
やっと主人公がチートしはじめたよ!!!




